とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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インフルから復活しました。今年も終わりますが、よろしくお願いします。


第1章 北へ
1章 1話『踏み出した一歩』


 陸翔が帰ると冷葉は張り詰めていた体から力を抜き、深く息を吐いた。

 

「はぁ~……ほんっとに慣れない。特に上官の前は――候補生の頃を思い出して、ゾゾゾって鳥肌が立つ」

 

 小さく呟きながら身震いする冷葉に、見かねた芙二が近づき、軽く背中を叩いて言った。

 

「そういうもんだよ。(オレ)が人間だった頃は、もう大変で大変で。胃はキリキリするし、眩暈や吐き気、精神的なショックもデカかった。けど、まぁ……」

 

 へらへらと調子よく話していた芙二だったが、最後は言葉を濁し、口をつぐむ。

 

(オレ)なしであいつらの作戦は100%完了ってなってたらいいんだがな。今じゃなくて昔の、ましてや人間の頃だと路傍の石と同じようなもんか。歴史の修正作用であいつらが救われてるといいんだがな……)

 

 冷葉に話しかけるでもなく、視線を逸らしながら、記憶の染みをたどる。

 個人を証明するための最も大事な要素が、今の芙二にはもう役に立たない。

 

 だが、そのなかで色濃く残り続ける男がいた。

 顔も、声も、もう霞の向こう。だが――名前だけは、消えなかった。

 

「九じ――」

 

 声に出した瞬間、喉の奥で何かが軋んだ。その名を思い出してはいけない気がした。

 

「芙二? 急に静かになってどうかしたのか?」

 

「――いや何でもない。少し話し過ぎてしまったなと思っていた。さぁ皆を起こして、向かおうか。(オレ)の新たな拠点へ」

 

 そう言いながら、壊れた壁の向こうで眠っている夕雲たちの方へ歩き出す。

 

「へ? やっぱり向かうのか?! 芙二は良くてもほぼ無関係な俺らが行ってもよい顔はされないだろう」

 

「ついさっきあのような出来事があり、気が進まないと言うのは理解できる。だが現にここにいても何も変わらないだろう? さっきまで案を出すだけだったのに、勇気を振り絞って次へ一歩踏み込んだのは他でもないお前だ。(オレ)はこの勢いを今殺すのは惜しいと感じているよ」

 

 芙二の言葉を聞いて、冷葉は口から出そうな言葉を飲み込む。

 

 決して表情には出さなかったが冷葉の内心は荒れていた。さっきの連中の顔がよぎる。肩がわずかに強張る。……それでも芙二は止まらない。

 

(また向かうなんて、無茶だろ。おまえはいいとして、俺や艦娘が嫌がるかもしれないとは考えないのか!)

 

 そんな冷葉の気持ちとは裏腹に、芙二は一人ずつ肩を揺すりながら、優しく声をかけていく。

 

 皆、気持ちよさそうに眠りながら、あることをうわごとのように呟く。

 

『芙二さん、世界があなたを忘れてしまっても、私たちは決して忘れない』

 

 ほんの数時間前に聞かされた衝撃の言葉を、冷葉は今一度胸に思い出す。

 

 その言葉を耳にした芙二は、寝ぼけまなこの艦娘たちの頭に、一人ひとり優しく口付けを落とした。

 

「むにゃ……芙二さん? 今僕に何かした?」

 

 最初に目を覚ましたのは、時雨だった。口元に手を当てて大きなあくびをし、上半身を伸ばす。

 

「いーや特には。それでパラディーゾのソロはどうだった? 天国へ行けるほど心地の良い休息になっていたらいいがね」

 

 芙二はなんてことのない様にニッと笑って言うのだった。

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