とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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※今回はR指定をギリギリ含みます。


1章 2話『秘めたる××の解放』

「……再びまたここに来ることになるとは思わなかったな」

 

 冷葉は芙二が繋げた空間の先で一番最初に立つ。ほんの数時間前までとは違った印象を持つ。

 しかし憂鬱そうな表情で周囲を見渡す。記憶に新しいためである。

 

 茜色の夕日も山々で陰り、所々暗くなっている。時たま心地いい風が吹き、全身で感じながら静かな土地の雰囲気に呑まれていた。

 

「う~ん、この空気感は田舎特有のものだな。人が入らない本来の姿がここにあるのだろうな」

 

「そうですね。きっとこういう場所が心が安らぐ場所なのだと思いますよ。冷葉さん」

 

 突然聞こえてきた言葉に少し驚く冷葉の右脇の下から夕雲が顔を覗かせる。

 

「夕雲でいいんだっけか。すまんな、おまえ達の提督であるというのに未だに姿と名前が一致しないんだ。なるべく早くに覚えるが、少し迷惑をかけてしまうよ」

 

「ふふっ。大丈夫ですよ、冷葉さん。一致しないのは芙二さんの所為ですからあなたが悪いわけではありません。それでも今度は、そうですね……」

 

 うしろ向きな冷葉の言葉を聞いて、モーマンタイだと夕雲は微笑む。だが何か思うところがあるのか、彼女は腕を組み一考し始めた。

 

「こちらの姿の方も出来れば覚えていてほしいですね。今後、戦闘があれば躊躇なく使用いたします」

 

 そう言いながら、腕を組んだ体勢のまま右の親指と人差し指でパチンと鳴らす。音が響くと同時に彼女の足元から白い糸が身体を隠すように、伸びて囲う。

 

「おわーーっ?! ゆ、夕雲、きみは急に何してるんだ!?」

 

 瞬く間に糸が夕雲の肉体を繭状に包む。

 

「そんな事で驚かないでください。芙二さんが言っていました。魔法少女という人たちもこうして不思議な変身をすると」

 

 冷葉の頭には幼い頃、ニチアサで見た記憶が蘇る。

 

「せっかくそういった空想に触れる機会を得ましたのに、実行しないのは惜しいではありませんか」

 

 夕雲が言い終えると同時に白い繭が解けて、中からは深緑色のフード付きのパーカーを着こんだ彼女が現れる。

 

 変身前の制服はワンピースであったのに対し、変身後は黒い袴風ワイドパンツにショートブーツを履いていた。

 

「ふふっこちらの姿もちゃんと見るのは初めてですよね。こちらでは游ゆうとお呼びください。指揮中に混乱なさってしまうのであれば夕雲でも構いません」

 

 左右の五指の先から細く白い糸を出して、冷葉の両手首を拘束する。ぎょっとした表情で視線が夕雲に集中する。そんな様子の冷葉を見て蠱惑な表情を浮かべ、

 

「ダメですよぉ~……冷葉さん。一度深海化した艦娘の前で無防備な姿を晒しては。こ~んな風に捕まって内側から溶かされてしまいますよ……♡ ふふふ……♡」

 

 普段海で戦う艦娘らしくない妖艶な雰囲気を纏う女性のように見えている。

 

 意図せずに自然と視界が彼女だけを占める。微笑む彼女の、深緑の長い髪から蜂蜜のような甘い空気が鼻腔をすり抜けて肺に満ちた。

 

「うっ、うぁっ……ゆ、夕雲。一体何をして」

 

 目の前にいる艦娘に違和感を覚えてひどく動揺する冷葉は腰を抜かして、尻もちをつく。彼の頬は赤く染まり、夕雲から目線を外して慌てたように、

 

「ゆ、夕雲! これから拠点へ行く。恥ずかしくないよう、正装を着ろ! これは命令だッ!」

 

 そう強めの口調で言う。

 しかし夕雲は考えている風な態度のまま、繋がっている冷葉の手首を自分の元へ引っ張る。

 

「うわっ……急に引っ張らないでくれ。ん? あぁご、ごめん! ぶつかってしまっ」

 

「あぁ、熱い。胸の奥に眠っていた何かが、今にもあふれそう。芙二さんから受け取った“何か”を、このまま閉じ込めておくなんて、私にはできません!」

 

 夕雲は照れた様子で身体をくねらせる。自分の世界に入ってしまっている彼女を見て、冷葉はここまでの豹変ぶりに若干芙二を憎む。

 

「……はぁ。(オレ)はそこまで変わる風に仕込んだ記憶はないんだがな。となるとこの個体は元々そういう性質を抱えていたらしいな?」

 

 声の先には冷たい表情で二人が置かれている状況を客観視する芙二がいた。

 

~~

 

 その隣には目を瞑り、額を抑える清霜。件の深海化とは異なる豹変の夕雲を見て、言葉を失っているサラトガの姿があった。

 

「ちょっとアンタ……艦娘を淫らに仕上げたなんて聞いてないわよ? それとも龍神×××で直接××××に××を注いだというの?」

 

 驚愕と怒気の混じる態度で芙二に食って掛かる。が、彼女の口から出た言葉はとてもじゃないが聞くに堪える言葉であり、隣にいたヴェールヌイもまた違った意味で驚いていた。

 

「む、叢雲? どうしてそんな事を急に言い始めるんだい? 司令官、寝ている間私や彼女達に何かした?」

 

 それは、夕雲が撒いた糸に含まれていた“媚毒”の影響だった。施した本人も知らない秘密。

 

「いんやなにも。普通に陸翔殿と話し合っていた。あとはパラディーゾが帰る頃、レイニーナを連れてくる約束を取り付けたくらいだ」

 

 何が何だか理解していない様子の芙二を見て、ヴェールヌイは叢雲に再び訊ねようとするも先ほどと変わらずに放送禁止用語を垂れ流すレコーダーのような挙動をするだけだった。

 

「いつもはツンツンしている叢雲があぁなっているとはな。今まで溜め込んだ感情を爆発させて吹っ切れたか? それでも(オレ)はあのような手は加えんよ」

 

「そっか、そうだよね。私たちの事を簡単に、どうとでも貪れる司令官がそんなことをするわけないよね。ねえ時雨はどう思う?」

 

 かなり辛辣な事を言いながら時雨にも訊く。

 時雨は静かに俯き、両手でスカートの裾を抑えて何かを堪えているよう。

 

「ぐっうぅ……ダメだ、ダメだダメだダメだ! 頑張って抑えろ、ボクの理性ぃいい!!」

 

 そう叫びながら、少しずつ身体が芙二の方へ向く。時雨の顔は恍惚した表情で片手を突き出し、ゾンビのようにのろのろと歩いて近づく。

 

「芙二さ……ん。この気持ちを抑えておくなんて無理、無理無理! 今すぐあなたと一つになりたい……! 頭が焼ける、理性が溶けていくっ!」

 

 熱に浮かされたような叫び、ときおり達したように身体を大きく震わせる。足元に汗が滴り、地面に濡れた跡を残した。

 

「なんだぁ? ヴェールヌイ、これは艦娘特有の感染症みたいなもん? 流石の(オレ)でもドン引きなのだが。ちょっとあちらに行くの遅くなるが、変になってる奴を元に戻すぞ」

 

 奇跡的に人がいない場所な為、誰かが騒ぎを耳にして駆けつける事はないと踏む。

 

 ヴェールヌイは突然豹変した彼女達を見ながら何度も頷く。芙二は正気を保っている者を自分の元へ集めると強力なバリアを貼り、外へ出ないように言う。

 

 それは深海棲艦の一斉砲撃にも耐えうる強度を持つ。夕雲に拘束されている冷葉と自分の位置を入れ替える様に転移した。

 

「あら♡ 芙二さん自らが私に近づいてきてくださるなんて♡ あの子たちと共に密室で睦み事をしませんこと?♡」

 

「いいぞ。でもその前に、(オレ)からの愛を受け入れてもらおうか」

 

 夕雲へそう返答し、彼女が浮かれている間に虚空から懐中時計を取り出し呟く。

 

「≪フェーズ:タイマー≫」

 

 かちり、と小気味いい音を立て懐中時計の短針が一を指す。

 

「≪混沌の特異点(パンドラボックス)≫」

 

 その言葉の直後、芙二を中心に一迅の風が吹きつける。バリア内にいる者以外は耐えようと屈む。三人とも彼が何かをしたことだけは理解できた。

 

「……これで少しは正気になったか?」

 

~~

 

 芙二が何を言ったのか、三人には理解が出来ない。夕雲、叢雲、時雨の目には口パクで伝えようとしている事しか分からない。

 

 一つは音が一切聞こえず。三人はそれぞれ耳に触れる。ちゃんとある、と安堵した。

 ふと視界が影り、空に違和感を持ち、見上げる。

 

 見渡す限りの闇が空を覆う。次第に視界が黒く霧がかる様に見えた。身体に纏わりつく、嫌な煙を払おうとしても払えず、それどころか徐々に周囲を見渡せなくなる。

 

 それは自身が遭難する感覚に近い現象に思えた。

 

 二つは光見えず、触感を失わせる。 

 自分がいるところがどこなのか分からないほどの闇。

 

 黒い煙を払いのけようと腕や指を動かそうにも感覚がない。

 足も力が入らず、その場に座り込む。

 

 暴れようにも感覚がないので気力ばかりが消耗されていく。

 自らの存在を保てなくなり、何か別の“影”に変わり始め――。

 

 ――誰かの奇怪な叫びがこだましたとき、三人の意識は途絶えた。

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