とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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1章 6話『事件の収束後、起きた悲劇について』

                                 セーフハウス前にて  

 

 紆余曲折の末、芙二の案内で冷葉たちは、一軒家の日本家屋、セーフハウスの門前に立つ。

 瓦屋根に和風の門構え。

 その佇まいはまるで余所者を拒むかのような厳かさを放っている。

 

 夜になり、門の両端から暖色の照明がぼんやりと灯り、柔らかな光が敷地を包んでいた。

 その姿に芙二は思わず口元でつぶやく。

 

「うっわぁ……こりゃすげえな」

 

 まるで禁足地に踏み込むような緊張感。そんなとき――

 

「人感センサーが反応したから猫でも来たのかと思えば、芙二さん? 門の前で立ち止まってどうかしました?」

 

 玄関の脇の小さな扉が開き、懐中電灯を手に現れたのは、昼に芙二と合流した後に、あの虹のかけ橋で悲惨な目に遭った少女――(りん)

 

「凛さん。こんばんは、今日から少し客人と共に宿泊する予定だ。冷葉、いるか?」

 

 芙二は後ろを振り返って仲間を呼ぶと、凛の目が輝いた。

 

「軍人? その制服はまさか、海軍の!? 後ろにいるのって……艦娘の方々ですか!?」

 

 ライトの光が叢雲たちの姿を照らすと、凛は喜びの悲鳴を上げ、腰を抜かしてしまった。その異様なテンションに、一同は困惑して表情を引きつらせる。

 

「悲鳴が聞こえたから来てみれば……凛さん。推しに会えたからって叫ぶのは控えてください。見てください、皆さんの顔、『変質者か?』と本気で思ってますよ」

 

 そう告げたのは、黒い袴風スーツを身にまとい、長い黒髪を揺らす紅雪。白月組に属する若衆の一人だ。砂埃を払うと、芙二たちに軽く一礼した。

 

「う、うわぁ……生の艦娘の方……っあいたぁ!? だ、誰ですか――って紅雪ちゃん!? ごめんなさい! お客様の前で取り乱して!」

 

 咄嗟に土下座を見せる凛に、

 

「もういいです。ほら、早くお客様を離れまで案内してください」

 

 そう紅雪は呆れ顔でため息を吐く。

 

「はいぃ! 艦娘の方々と将校様は、私についてきてください! お部屋まで案内させていただきますっ!!」

 

 凛は少し照れながらも、叢雲たちを先導しながら歩き出す。

 

「明かりはありますが、ちょっと広くて薄暗いです! 迷子にならないようにしてください~!」

 

 夜の帳が降りた空間に彼女の明るい声色がこだまする。

 

「……夜になると、人の印象も変わるもんだな。凛さんはあれが素なのか?」

 

「はい、素です。年頃の子供のように、何かに憧れて必死に前へと進む姿。彼女の人を想う心がなければ、もっと拗れていたでしょう」

 

 紅雪は思い返す。

 

~~

 

 かつて幼い凛とその母、菜央に出会ったときのこと。

 

 不衛生な外見に窪んだ眼――まるで野良犬以下の扱いを受ける母子。生ゴミと何かが混ざったすえた臭いが周囲に漂い、紅雪はゴミ屋敷の中にいるような気持になった。

 

 周囲の大半はえずき、距離を取ったが、組の頭かしらの水那月みなづき 厳げんは言った。

 

「組で保護する。こいつらに何かあれば、儂がすべて責任を取る。文句は受け付けん」

 

 その言葉に従い、凛は白月組の保護下で育ち、今の彼女になった。

 

~~

 

 気がつけば一行は離れに到着していた。紅雪は芙二に言い残す。

 

「では、これで失礼します。夕食の準備が出来次第、お呼びします。フタヒトマルマルには整うかと思います」

 

 頭を下げ、母屋へ歩き去る。

 

(フタヒトマルマル……二十一時か。今は一九時五十五分)

 

 スマホを見て時刻確認する芙二。そのとき――ブルル、と着信が鳴る。

 

「誰だ? もしかして織間さんか?」

 

 陸翔からの連絡だった。

 

『こんばんは、凌也殿。夜分遅くに失礼する。冷葉殿と叢雲たちはうちで預れる。だから貴殿は任務に集中して構わない。あと特殊なゲストも問題なしだ』

 

 心強い後押しだった。

 

(ありがとう。でも、もし叢雲たちが「否」と言ったら――)

 

 ネガティブな思考を振り払い、芙二は襖を開け、室内へ向かう。 

 

~~

 

 芙二が部屋に入ると、凛は冷葉の隣で手を握っていた。

 その震えた肩が、ただ事ではないと伝えてくる。

 

「遅くなってすまない。叢雲、総意を――っえ? なんで冷葉も凛さんも泣いてるんだ?」

 

 室内は寒色の照明に照らされ、どこか物悲しい空気が漂っていた。

 正座していた冷葉が、涙をぬぐいながら語り始める。 

 

「……時雨が話してくれた。あの作戦終了後、泊地へ来た連中が、深海化を克服した時雨を見て物珍しさから連れ去ろうとした。抵抗していたけど、数の暴力にあっという間に……」

 

 叢雲もサラトガも、唇を噛んで俯く。

 

「続けろ」

 

 芙二の声には怒気が混じる。

 

「しかも全員が今回の事件で轟沈しちまってる。艤装も無しの状態でおかしな艦娘や深海棲艦と戦っていた。それに谷部提督の部下は艦娘の急所を知っていんだ」

 

 冷葉は拳を畳に叩きつけ、嗚咽しながら叫ぶ。

 

「俺が――あんな奴らを、無神経に敷地内へ通さなければ! 今頃、こんな……思いを、みんなにさせずに済んだのに……ッ! 作戦終了後、轟沈したけど蘇生されたみんなは、おまえの帰りを待つその時間も、互いを褒め称えていたというのに、俺はっ」

 

 彼の言葉に被せるように、時雨が言った。

 

「冷葉さんは悪くはない。仲間を守れなかったのは僕たちの責任さ。だから――ボクは冷葉さんを責めない」

 

 静かな室内に、時雨の低い声が響いた。

 

 その瞬間、周囲を走る青白い稲妻――小さなピリリという音が感情の高まりを告げる。

 

 彼女の身体が一瞬、深海化を克服した姿へと変化する。身体にも、周囲にも青白い電気が迸る。

 

「でも、だからこそ――奴らから仲間を取り返したい。周りとは少し異なるボクたちを一番の戦力だと言って逃がしてくれた彼女たちの思いを踏みにじることだけ絶対に……!」

 

 そして彼女は元の姿に戻り、芙二をまっすぐに見据える。

 

「だから、お願い。スペシャリストに全て任せてしまおうと思うんだ。皆がいる場所を知っているでしょ、芙二さん」

 

 全員の視線が彼へと集中する。希望、信頼、祈り――すべては彼に届く。

 

「そうだな」

 

 芙二は静かに頷いた――『ここからは(オレ)が受け持つ。誰ひとり欠けさせず連れて帰る。全員、我が宝だ』

 

「冷葉も時雨……ありがとう。嫌な記憶を思い出させて……けほん。さて叢雲、総意とやらを聞かせてくれ」

 

 叢雲は姿勢を正し、言葉を紡ぐ。

 

「私たちは凌也さんが特殊任務に就く間、セーフハウスへ身を置かせてもらおうと思っているの。ただし艦娘としての役目もある。だから東第三鎮守府へ一時的な配属を希望するわ」

 

 誰も反論しない。冷葉も真っ直ぐ芙二を見つめている。

 

「了解した」

 

 芙二は凛に振り向き、指示を出す。

 

「凛さん、後で使用人の方々に簡単な言伝を頼めるか。

『艦娘たちと冷葉の滞在費は別途請求してくれて構わない。領収書もあると助かる』と」

 

 凛は復唱し、元気よく母屋へ戻った。

 

「これで、ひとまず問題は整理された。東第三鎮守府への一時配属は後日、陸翔殿から正式に承諾を得てから詰めよう」

 

 その一言に、皆は肩の力を抜いた。沈んでいた空気に、少しだけ、温もりが戻る。

 

 時雨は膝の上に手を置いて小さく息を吐き、冷葉もこめかみに残る熱を静かに抑える。叢雲は黙って頷き、立ち上がる。

 

――その時。

 

「皆さま、遅くなりました。夕餉の用意が整いました」

 

 襖が静かに開き、紅雪が現れる。淡々とした様子だったが、わずかに目元が和らいでいた。

 

「母屋へどうぞ。今夜は季節のものを中心に、胃に優しい献立です」

 

 誰からともなく立ちあがり、移動を始める。廊下を歩きながら、どこか気まずさが残っていた空気は、誰かが笑えば一気にほぐれるだろう。

 

 そんな予感が、確かにあった。

 芙二は最後に一度、離れの部屋を見返す。

 

(まだ問題は山積みだ。それでも、まずは今日という日を生き残れた)

 

 灯りが照らす廊下の先に、小さな温もりが待っていた。そして、明日もまた、歩みを止めない者たちがいる限り――彼もまた歩みを止めない。

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