※今回はR指定をギリギリ含みます。
セーフハウスでの出来事から丸二日間。織間から連絡はなかった。
芙二は就活生のように携帯を手放さず、常に通知に目を光らせていたが、すべて徒労に終わる。
だがその間、やるべき準備は着実に進められていた。
ひとつは、東第三鎮守府への一時的な配属に関する手続き。
翌日は
最初こそは『大物が泊まりに来ている』と騒然となっていたが、半日経つ頃には程よく打ち解け始めていた。
その様子を見た芙二は、どこか安心したような笑みを笑みを浮かべる。
翌々日、芙二は陸翔へのアポイントを取るために連絡を入れた。
応対に出た秘書艦の五十鈴は「すぐに対応可能です」と応じ、芙二は即座に向かう決断を下す。
陸翔を送った時と同じ手順で、東第三鎮守府へ通じる空間の扉を開いた。応接室とセーフハウスの空間を一時的に接続し、芙二を先頭に、冷葉と艦娘たちはその扉をくぐる。
向かう先は、陸翔の待つ応接室。
「こんにちわ、陸翔殿。急に訪問に許可をして頂き感謝する。理由は昨日話した通りだ。本当に叢雲たちと冷葉を任せてもいいだろうか」
既に室内には陸翔と五十鈴の姿があった。二人とも慣れた様子で来訪者を迎える。
「構わない。今日は、日時を決めに来たのではないか?」
陸翔の応じる声に、芙二は小さく頷く。
全員が揃い、用意されたパイプ椅子に腰を下ろした。
「よし、全員揃ったようだ。では、本題に入ろう」
陸翔が会議の開始を宣言し、話し合いは進み始める。
すでに事前調整を終えていたおかげで、大きな滞りはなく、残すは上官の承認だけだった。
「一番イヤなところだけが残ったな。谷部の声なんか、聞くだけで殺意を抑えられない。陸翔殿、代わりにお願いできるか?」
芙二の表情に険をが走る。額には青筋すら浮かんでいた。
「いつになく弱気だな……いや、昨日の今日だもんな。叢雲さんたちも、あいつの声は聞きたくないよな。すまない。五十鈴、彼女たちを連れて一度外してくれ」
陸翔は冷静に促し、五十鈴もすぐに応じる。
「了解。何かあれば、内線をちょうだい」
五十鈴が叢雲たちを伴って退室すると、陸翔はポケットからスマホを取り出し、机の上に置く。
「……では、かけるとしよう。あのクソじじいになァ」
一言呟いたその声には、憎悪が滲んでいた。
「そっちが素か? そういえば陸翔殿も被害者の一人だもんな。もし、その憎悪が過熱して、自分を、あるいは仲間を焦がすようになったら……遠慮なく連絡をしろ。
芙二の言葉に、陸翔はふっと表情を緩める。
「ありがたい。でも俺よりも、艦娘たちを優先してくれ。……戦地へ赴き、戦うのは彼女たちだ」
「馬鹿言うな、指揮官も憎悪に呑まれちゃいけないんだぜ。頭が狂っちまうと全てが狂う。嚙み合わない歯車のように、な。それに
その言葉に思わず、陸翔は豪快に胸を張って笑ったあと、どこか寂し気に目を伏せる。
「……ぜひとも、そのときはよろしく頼むよ」
彼はスマホの画面をタップする。
連絡先の一覧から【谷部提督】の名を選び、スピーカーボタンを押した。
――プルルルル
……ガチャッ
「もしもし? ……東第三鎮守府の神城か、
一発目で繋がった。
声の主、谷部は苛立ちを隠すつもりはない様子。
「お久しぶりです、谷部殿。本日は少しお話がありまして、ご連絡差し上げました。今お時間、よろしいでしょうか?」
「ふむ、手短に言え。儂は今、忙しいのでな」
風呂場にでもいるのか、反響した音がスピーカー越しに響いてくる。
「東第一泊地の艦娘数名を、こちらで一時的に預かりたいと考えております。ご確認だけ、させていただければ」
沈黙。
谷部は言葉を返さない。
陸翔が呼びかけようとしたとき、聞き覚えのない女の喘ぎ声がスピーカーから飛び込んできた。
『あぅ…ッああぁっ♡はぁーッ…んんん…っ! ふか、あ゛ぁ♡ッ』
「ええい、貴様のご主人様が大事な会話をしとるうちに喘ぐな、鳴くな!」
激しい叩打音。
「あ゛っ♡」「ひっ♡♡」
そしてまた、女の嬌声が続く。
「まッ…ま゛ッて゛え゛ッ♡♡ キち゛ゃう゛う゛ッ♡♡」
快感を味わうような嬌声。
谷部も興が乗ったのか、叩打音に罵声も混ざる。
通話は完全に、会話の体を成していなかった。
「……こほん。聞こえているかな、陸翔殿。後で後釜に君へ連絡するように伝えよう。それでは、失礼する」
谷部は早口で言い、通話を切った。
沈黙が支配する部屋。
最初に口を開いたのは、呆れ果てた芙二だった。
「……あれが上官かよ。顔を知っているだけに、なおさら気持ち悪いな」
「全くの同感だ。……結局、了承を得れずか。後釜とやらが連絡してくるまで、待機だな」
陸翔はスマホを回収し、肩の力を抜き、ぐでっと脱力する。
そして脱力した様子で言う。
「今五十鈴たちを呼んでくるから、ちょっと待ってくれ」
「分かった」
芙二が返事をし、立ち上がって軽くストレッチをしようとした、そのとき。
――プルルル
芙二のスマホが鳴る。画面に表示された名は【織間】。
胸がざわめく。
気配を悟られないよう、表情を整えたまま応答する。
「こちら、ストレンジ・ヴェルダー」
『おお、きちんと繋がるではないか。感心感心……っとそうではないな。さて、ヴェルダーよ。手短に伝えよう。決して日時を間違えるなよ?』
織間の声はいつになく低く、どこか威圧的だった。
「はい」
『翌々日の○○二五。陸軍棟、地下三階に集合だ。時間厳守。不安ならば○○一五から入口に案内人を立たせよう。必要なものは、ない。それでは―ー待っている』
プツリ、と通話が途切れる。
その瞬間から、芙二の意識は切り替わった。
今この瞬間から作戦は始まっている。
(……うお、凌也殿。なんか嫌な事でもあったのか? 怒気と殺気がすげえぞ?!)
陸翔は芙二の気迫に押され、そっと姿勢を正す。
真正面に座るのは気が引けて、そっと椅子を右に三つ、ずらした。