とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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1章 9話『顔合わせ』

 

 階段を歩いて降りる中であきつ丸とは一切の会話はない。

 定刻ギリギリで、扉の前へ到着した。

 

(この先に織間さんと他の仲間がいるのか)

 

 最低限の照明しかない、薄暗い通路に面する扉を両手で触れる。

 

 芙二は、「失礼します」と入室の挨拶を忘れずに言い、押し開けようと力を込めた。

 しかし室内から返事はない。 

 

 ――ギィ。

 

 埃と鉄錆びた臭いが鼻腔を通じ、木製の扉は音を立て、ゆっくり開く。

 

 一歩踏み出した瞬間、肌が粟立つほどの冷気がまとわりついた。

 室内の空気は重く、動きを止めたように冷えていた。

 

 窓がなく、白熱電球が熱い明かりを照らすだけ。

 織間の前には身長が異なる男女が椅子に座っていた。

 

「ふむ、時間ぴったりだな。ヴェルダー、そこの席に座りなさい。あきつ丸は私の元に来るように」

 

 芙二の姿に気が付いた織間が、指示を出す。

 視線の先は簡素なパイプ椅子が置かれており、腰を下ろしたとたん、三人から熱烈な視線を受ける。

 

(うっひゃあ……すんげえ見てくるじゃんよ。おっさんとおばさんはまだマシだけど、金髪のあいつ――)

 

 自身へ向けられる歓迎に対し、目を逸らす。

 目を合わせた一瞬で理解できたのは全員手練れと言うこと。

 

 それぞれの能力は未知数だが、特殊部隊というだけのことはあるように感じた。

 

「織間さん、始める前にすみません。この海軍側の将校を仲間だと認めたくはありません。見るからにもうダメ。かなり弱そうだ」

 

 金髪の青年があからさまに睨みつける。

 

「アント。見た目で判断しない。見た目は目つきの悪いガキ――失敬。将校様だとしても、噂じゃあ艦娘と共に最前線へ出向く強者だと聞いている」

 

 巨岩のようにごつい筋肉の妖精が諫めた。

 アントは肩をすくめ、小さく謝る。

 

「でもオウル……私の目にはどうにも、この子は未経験に見えるよ。艦娘と共に最前線へ出向くツワモノがどうして汚れ仕事こんなことをやりたがるんだい?」

 

「ラビット。織間さんがわざわざ声をかけた青年だ。素晴らしい経歴があるからこそ、と考えないか? わしの目には、この青年が穂口に見える」

 

 ラビットと呼ばれた小柄な女性も、オウルに軽く叱られる。

 大男は前のめりに芙二を見つめ、その赤い瞳はまるで宝物を見つけた少年のように輝いていた。

 

「そろそろ本題に入ろうか。全員、私の話に耳を傾けろ」

 

 織間の低い声に、場の空気が締まる。

 

「今回の作戦は一言で纏めると総司令部内の掃除だ。先日、内部の人間が国内最大級の日系マフィア、月波乱樂(げっぱらんがく)と通じ、艦娘や資金、資源を違法に売り捌いているいうことだ」

 

 その名が出た途端、三人は一斉にざわついた。

 

「織間さん、それは本当か!?」

 

 オウルは勢いよく立ち上がり、椅子が横に倒れた。

 

「本当だとも。現に、今回採用したヴェルダーもその被害者だ。彼は目の前で戦友であった艦娘を奪われている」

 

 一気に視線が集中する。織間の言葉通りだと、芙二は静かに頷く。

 

 無言でオウルがドスドスと歩きながら近づき、抱きしめる。

 急な優しい抱擁に、芙二はきょとんと硬直。

 

「おお、ヴェルダーよ。それは辛かっただろう。わしたちが陸で戦い抜いたように、君も海で戦い抜いていたのだな。よくぞ、絶望しなかった。君はとても偉い子だ」

 

 芙二が状況を理解し始めたとき、オウルは背中を軽くさすって慰める。

 

「ありがとうございます。必ずや皆を奪還して奴らを白日の下に引きずり出し、確実に裁きます」

 

 そう言うと、オウルは静かに腕を放し、今度は片膝をついて視線を合わせた。

 

「そこまで……奴らを憎んでいるんだな。大丈夫だ、君を決して道半ばで死なせたりはしない。我々も各々任務はあるが、君の仲間の事も頭に入れておこう」

 

 その眼差しに偽りはなかった。

 芙二も深く頭を下げる。

 

「はい。艦娘を見かけたら、東第一泊地の者かと確認してみてください。情報になり得る欠片一つでもあれば、お願いします」

 

 芙二はオウルたちに頭を下げる。

 アントとラビットは互いに顔を見合わせ、やれやれと言い、オウルの案に同意を示す。

 

「……うんうん。やはりオウル君は素晴らしいものを持っているようだ。さて、続きを話そうか」

 

 織間は腕を組んで、団結した芙二たちに笑いかけた。

 こほん、と一回咳払いをして続きを話す。

 

「場所は――北海道と青森県を結ぶ海中トンネルを抜けて、老舗アミューズメント施設。君たちはこちらが用意したプラチナ会員証を持ち、任務にあたってくれ」

 

  織間の会話を遮って、アントが口を開いた。

 

「それって白鳥? 子供の頃に、姉さんたちとよく行ったけど……あれに裏があるって言うのか?」

 

(ただのゲーセンだったら、全員幸せだったろうに)

 

 ラビットとオウルも彼と同じ反応をする。

 

(あれだけ広大な敷地を、建物の老朽化を修繕し、さらに深海棲艦の空襲による損害も有耶無耶にする。……その金はどこから生み出されると思っているのか)

 

 芙二がゴルヴルチカ戦に参入する前、一度だけ調べたところによると。

 一般の会員費は年間で二千円。

 

 レジャー施設だけでなく、ネカフェやラブホテル、ビジネスホテルまでも敷地内にある。

 ウリにしているのが、年パスを見せるだけで宿泊施設代が四割引きという点。

 

(その他、飲食費、駐車場代は無料というある意味で楽園のような場所だ。この戦時中に百年と栄える老舗施設。何か裏があるというのは通説だが、谷部のおかげですべて暴けそうだ)

 

 内心、くつくつと笑う。

 見た目は真面目な顔して織間の説明に耳を傾ける。

 

「事前に我々が調べた情報によると、あの施設は裏表がある。表は健全な営業だが、裏は真っ黒だ。黒すぎて、白色を混ぜようがない。そしてもう一つ極めて重要な任務がある」

 

 織間は机を強く叩いた。

 

「これを見てほしい。あきつ丸、皆に資料を手渡してくれないか」

 

 あきつ丸は腰のポーチから横に巻かれた紙筒を四つ取り出す。

 

 彼女は、「どうぞ」そう言い、丁寧に一つひとつ配る。

 留め具を外し、縦に広げた。

 そこには【行方不明者リスト】と太字で書かれた項目が目立つ。

 

「織間さん、これはなんですか? 名前、最後に見かけた場所、時刻がびっしり書かれていますが……」

 

 アントの顔色が悪い。彼は青い顔をさせ、紙を持つ手が小刻みに震えている。

 

「見たままさ。近年、急速に行方不明となる人間が増加している。多くは痕跡なく消え、三十年で国内だけで二十五万人に及ぶ」

 

「に、二十五万!? それは国内からですか? それとも海外を含めて――」

 

 驚いたラビットが大きな声をあげる。彼女の続きを掻き消すように、織間は言った。

 

「残念ながら国内で、だ」

 

 重苦しい空気が沈む。

 芙二だけが、怯まず言った。

 

「もしも見つけれたら、どうすればいいですか?」

 

 織間は短く答える。

 

「そうだな、生死は問わない」

 

 続けて「リストの該当者がいたら、連絡をしてくれ。後で支給する無線に私や他の隊員の番号が入っている」と加えた。

 

「了解。仮に生きていたら、被害者に出来る限りの支援を約束してほしい。(オレ)も少なめであるが、支援に協力する」

 

 織間の言葉に返事をし、芙二自らの案を伝える。

 オウルたちは、芙二の物言いに何か言いたげだが、織間が制した。

 

「君の少なめって……仕方ないな。警察本部と海堂に掛け合ってみよう。あきつ丸、後でヴェルダーから具体的な内容を聞いてきてくれないか。作戦の前でも後でも構わない」

 

 あきつ丸は、

 

「承知いたしました。ではヴェルダーさん、後で連絡先を交換しましょう」と言った。

 

 芙二は短く返事をした。そして織間が、「最後に」とまとめる。

 

「一週間後の、朝マルマルロクマル。陸軍棟の入口に集合だ。アミューズメント施設につくまでは私服で活動。その後は先着組からスーツを貰ってくれ。では、解散!」

 

織間の掛け声の後、一同は立ち上がり、上官に敬礼する。

皆が去り、最後は芙二だけとなった。

 

「ヴェルダー! 君の戦果を期待しているぞ。なにせ君は神なのだろう?」

 

「ああ、任せろ。行方不明者も出来るだけ家族の元に返してやるよ。どんな形であれ、区切りはつけないとならんからな」

 

 そう言って、芙二は目を瞑り、顔に影を落としつつ笑う。

 瞳の奥には決して曲げない意思が存在した。

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