とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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※人によっては、少し不快な表現があります。ご容赦ください。



1章 10話『ついてきた』

「芙二殿はすぐにお帰りになられますか? 作戦開始の前にお時間をいただけるなら、今からお取りしたいです」

 

 部屋を出た芙二の後ろで声をかけるあきつ丸。

 

「無理ならば連絡先の交換をしましょう」

 

 彼女は隊服の胸ポケットから黒い色のフィーチャーフォンを取り出す。

 操作をし始める前に一声かけた。

 

「構わない。だが、朝までには戻りたい。今は無理をする時ではないからな」

 

 あくびをして言い返す。彼は目尻からこぼれる涙を手で雑に拭う。

 

「はい。お時間をとって頂きありがとうございます。では、あの場で話した、具体的な内容を教えていただけないでしょうか」

 

 あきつ丸の言葉に、芙二は小さく頷いた。

 

「人災だろうが、災害だろうが被災者には必ず支援は必要になる。(オレ)の案はあの施設で被害に遭った人間を隔離する施設の提供だ」

 

 芙二は話を始める。

 彼女は肩にかけてある小さな鞄から手帳と黒鉛筆を取り出した。

 

 手早い動きで内容を書き残そうとしている様子。

 聞きこぼさないよう、必死さが読み取れる。

 

「戦時中とはいえ、これだけインターネットが栄えているところを考える……と、どこかで情報が漏れだして被災者が望まない現実の再来だと考えている」

 

 芙二の言葉に頷きながら、カリカリとペンを走らせる音が聞こえた。

 

「場所は陸軍でも海軍でもいいから、発言権のある上官が決めてほしい。よほどじゃない限り、その決定に反発しない。案自体を否定するならばこちらは勝手にやらせてもらう、と伝えてくれ」

 

 

「了解であります。他の案はありますか?」

 

 黒鉛筆の動きが止まる。

 芙二を見上げるような姿勢で聞く。

 

「他だと難しそうだが、被災した家族への説明だな。重度の記憶障害、精神的な障害を抱えたと医者から診断が下りたのならそれに伴う賠償金みたいなものも必要じゃないか?」

 

 芙二の言葉にあきつ丸は相槌を打つ。

 

「賠償金……家族への説明。この二つが一番重そうですね。公に話してしまえば国家権力への不信へ繋がり、政治の支持率が大幅に下がるでしょう」

 

 彼女の言葉に芙二は頷き、再び口を開く。

 

「重度の障碍者の家族が望むなら、(オレ)は施してやりたいと考えている。まずは会話ができない場合の話だが」

 

 階段に腰を下ろすと、つられてあきつ丸もしゃがみ込む。

 彼女の様子に、虚空へ手を伸ばして椅子を取り出した。

 

「なっ!? 今、どこから取り出したんですか?!」

 

 驚く彼女の様子に、「ぷっ」と笑う。

 両手をひらひらとさせ、「手品だよ。手品」と誤魔化した。

 

「会話不可だとすべてが始まらないので、拘束する。そしてちょっと触診してどこが悪いのかを見つつ、会話できるようにします。そこからは面談タイムだ」

 

 その言葉とは裏腹に、彼の目には一切の冗談がなかった。

 芙二はあきつ丸の顔の前で、右手の人差し指をくるくると回す。

 

「もしかしてモルヒネでも使うんですか? でも医者ではない芙二殿がそんなことをしてもいいとは思えません。それにぼかした部分に怪しさを感じますよ」

 

 右手の人差し指をあきつ丸の口元に当て、小さな声で言った。

 

「そんなもの最初から分かってらぁ。断言する、合法では決して解決はしない。そして非合法で、罪に問われるかもしれないが、それでもいいかと聞くんだよ」

 

 からからと笑う芙二。

 突然の行動に彼女は何も言い返せない。

 

 あきつ丸は、知っていた。

 調べていくうち、消えた艦娘や女性がどういう末路を辿ったのか焼き付いている。

 

 

 一枚目の映像資料は薄暗い部屋の中のものだった。

 

 短くなった手足、赤子のように躾けられたであろう成人女性。

 

 彼女は本物の赤子のように泣き声を出し、ときに粗相をする。

 心を完全に破壊された女性の嘆きが、耳の奥にまで染み込んでくるようだ。 

 

 赤子が入る籠の中で「おぎゃあおぎゃあ」と野太い女性の声が響く。

 

 映像の終わりにはウェイトレスに似た恰好をした男が現れて、赤子を抱きかかえ、部屋の外へ連れて行かれていった。

 

 二つ目は全身に青紫の打撲痕が目立つ映像。

 

 それが、かつて艦娘だった痕跡だけが残されていた。

 小麦色の肌に似つかわしくない、青白く脈動する。

 

 傷口からは青い血が噴き出す。

 首から先は付け替えられたと思われる、深海棲艦の頭がついている。

 

『オ ね ガい。 わたし を殺シシシシシシ……テェエエエ!!』

 

 無機質な白い部屋の中で彼女は発狂死した。

 

 びちゃっと床に散る紫色の血。

 おもわずあきつ丸はスクリーンから目を逸らす。

 それでも音は耳に届く。

 

 気になり、再び映像に目を向けた。

 

 くちゅ、くちゅ、くちゅ、

 水っぽい音を立てながら死体から蛆が湧く。

 発芽した植物のような白い芽が、死肉を食い破って出てくる瞬間であった。

 

 

「……アンタがどう考えているか分からない。だが高額な代金を、なんてちっとも思ってないからな」

 

 人差し指を離すと、呪縛が解けたかのように、彼女は顔を逸らした。

 

「そ、そうですか。分かりました」

 

 あきつ丸は目深に帽子を被りなおし、立ち上がる。

 椅子を折りたたむと、「話はこれで終わりですか?」とか細い声で言った。

 

「終わりではない。だが、続きはまた連絡しよう。そんな表情のアンタに続きを話すほど、鬼畜ではないからな」

 

 折りたたまれた椅子を虚空の中にしまい、連絡先を交換する。

 

 

 階段を上がっていく芙二を見送ったあきつ丸。

 織間の居る部屋へ戻ろうと一歩踏み出す。

 

『あきつ丸さん……? どうして、あの時、私たちを』

 

 ふと彼女は明後日の方向を見て、動きを止める。

 いないはずの誰かの言葉が聞こえた。

 

 非常灯の外は薄暗い廊下が続くだけ。

 そこには目で見る限りは誰もいない。

 耳をそばだてても、もう聞こえない。

 

 カタン

 

 あきつ丸は心臓がきゅっと握り潰された錯覚を覚え、織間のいる部屋へ急いで駆け込んだ。

 

「おや、そんなに急いでどうしたんだ。ヴェルダー……芙二君とは十分な会話はできたかな?」

 

 資料から目を離し、息を切らす彼女に声をかける。

 頬は熱を帯びたような赤色を帯び、顔色は全体的に青い。

 

 織間は芙二と彼女の間に何かあったのでは、と考えた矢先――

 何か重い物を引きずる音が部屋中に響き渡った。

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