とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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1章 11話『召喚準備』

 場を変えて、午前四時二十七分 セーフハウスにて。

 

「さてと。ちょっと早いけど二人を呼びだす準備をしましょうかね~」

 

 陸軍棟からセーフハウスまでの距離を扉一つ跨いだ。

 芙二は戻ると、皆を起こさないよう慎重に次の支度に取りかかった。

 

「準備と言っても、パラディーゾを呼び出した時の魔法陣で二人とも来るか」

 

 小さな雑木林のような庭を、足音ひとつ立てず歩き回る。

 高コストを使わずに済む分、別の思考が頭をよぎる――が、それもすぐに霧散した。

 

「あの二人が居れば、特に問題はないか。とりあえず呼び出してみよう」

 

 芙二は陸翔の前に召喚したパラディーゾと同じ魔法陣を描こうとする。

 適当な枝を拾い、空中に幾何学模様を描く。

 

 枝を振るう様はそれとなく指揮棒に見え、演奏に応じるかのように黒い影が伸びる。

 

「お久しぶりです、我が指揮者マスター。素晴らしい演奏でした」

 

 黒いスーツに身を包む、緑髪の長身細身の男性が姿を現す。

 仮面をつけ表情は見えないが、声色はどこか嬉しそうだ。

 

「朝早くにすまないね、パラディーゾ。素晴らしい演奏だなんて、(オレ)は何も奏でちゃいないよ」

 

 伸びた影に対し、笑いかける。

 描き途中の枝を止めて、恥ずかしそうに頬を掻く。

 

 パラディーゾは首を横に振って、

 

「あなたが指揮棒を振るうことに意味があるのです」と言った。

 

「……おまえさんはこちらを乗せるのが上手いな。だが、今回は二人のデュエットが見たい。もし足りなかったら、他の演奏者をよこそうか」

 

「結構と言いたいところですが、あなたがそれを望むのであれば……仰せのままに」

 

 渋そうな様子でお辞儀をする。

 演奏が始まると暴徒は手を止め、聞くだけで天上へ至らせる音色。

 

(彼女とのデュエットで終わる方がきっといいでしょうに)

 

 彼はこれから呼び出される相方の苦労が思い浮かぶ。

 芙二は異世界で行った三人での演奏風景を思い出す。

 

 神経を刺激する演奏会。

 甘美な音色は劇毒にして、狂気に満ちる。

 過剰な興奮を引き起こし、観客すら楽器に変えるほど。

 

 

 ――その後。

 

 枝を振るうのを止めて、十二分が経つ頃。

 

 この場に似つかわしくない風体の二人は起き始めた者たちの視線を浴びた。

 

「パラディーゾ、場所を変えよう。ここで彼女を呼ぶにはゲストの注目を集めすぎてしまう」

 

 傍で佇むパラディーゾに対し、両手で輪を作り、内緒話風に耳打ちをする。

 彼はマスターの言い分に頷く。

 

 しかしセーフハウスを離れる前に、彼が初めて相方とマスター以外の名を口にした。

 

「そこの、サンディブロンドのあなた。確か、サラトガさんでしたね。どうですか、少し朝の散歩を私共としませんか」

 

 彼の言葉を聞いたサラは顔を青ざめ、びっくりした様子だった。

 

「あれ、サラじゃないか。おはよう。……もしかして起こしてしまったか?」

 

 パラディーゾの言葉で気が付く。

 木陰の奥に立つ彼女へ朝の挨拶する。

 

「え、はい。提督……いえ芙二さん、おはようございます。今帰ったのですか?」

 

 彼女の言葉に頷く。

 

 二つ目の質問をする前に、芙二が先に会話を始めた。

 

 サラトガは何か言いかけたが、口を閉じて彼の言葉を待つ。

 

「パラディーゾの誘いもあるが……サラ。これから少し散歩に行かないか。少しだけ遠くの場所に。しかし起きたてのように見える。だから無理に、とは言わないよ」

 

 そう言いながら、重厚感を放つ巨大な扉を作り出す。

 扉は開くが、とても遅く、そして奥は白く輝いて見えない。

 

 「お先に行きます」とサラトガに会釈をして、扉の奥へ消える。

 

 芙二はパラディーゾを見送り、再び同じ言葉を口にした。

 

 二度目の言葉。

 

 その言葉の節々からは遠慮に似たニュアンスが含まれていることに気づく。

 

「私は……」

 

 サラトガは答えを出す。

 その言葉を聞き、頷いた芙二は扉の奥へ消えた。

 

 

 サラトガは考える。

 この一週間足らずで、様々な事があった。

 

 安全だった場所は危険地帯になり、温もりを奪われた。

 そして急激に環境が変わり、緊張や将来の不安で寝るに寝れず。

 

 同じ体験をした娘たちは、必死に離れまいと固まって寝ていた。

 多少寝づらくとも関係ない、といった風に。

 

『うう~ん』

 

『ちょっと誰か、私のおなかを蹴ったでしょ!!』

 

(こんなことがいつまで続くのでしょうか)

 

 そうして気が付けば朝となり、部屋着のまま散策へ。

 芙二の声へ近寄り、低木の陰から顔を覗く。

 

 白と青を基調とした軍服から黒と赤の軍服へ変わっていた。

 表情も知らない他人といった様に見え、凍てつく空気を纏っているようだった。

 

 一歩踏み出すか迷っているとき、ふと視線を感じて見渡す。

 仮面を被った男が、こちらを真っすぐ見ていた。

 

 背筋に氷を流し込まれたような感覚が走る。

 見ているだけで胸が締め付けられ、思わず口を押さえた。 

 

 ――怖い。

 

 深海棲艦と対峙したときでさえ、こんな感覚はなかった。

 体の震えが止まらない。冷たい汗が背中を伝い、鳥肌が指先まで駆け抜けていく。

 

 見ているだけで不安感が増す。

 

 どうして……。どうして提督は、あんな存在と共にいるのですか。

 もう私たちのことなど、何も思っていないのですか。

 

 胸の奥から負の感情が溢れ出す。

 声にならない叫びを飲み込みながら、涙がにじんだ。

 鼻の奥がツンと痛む。

 

「そこの、サンディブロンドのあなた。確か、サラトガさんでしたね。どうですか、少し朝の散歩を私共としませんか」 

 

 ひとつの提案。

 

 仮面の男が、まるで舞踏会の招待のように丁寧な言葉で差し伸べてきた。

 

 提督もまた、あの日と変わらない優しい笑顔を向けてくれる。

 

 ――けれど私は、慄いてしまった。

 彼が深海棲艦を超える怪物を倒したからではない。

 もっと別の、説明のつかない恐怖がそこにあった。

 

 

 そして東第一泊地内の工房に、芙二とパラディーゾはいた。

 

 テロ事件前の空気が満ちる。

 パラディーゾは、せっせと物をどける芙二を見ながら室内を見渡す。

 

 床には、刀剣や鎧の残骸。

 手に取り、質感を確かめる。

 

 傍から見ればおもちゃのようなもの。どれも軍事施設には相応しくないものだ。

 これらの品々が、堂々と置かれている状況を見てここでも地位が高いと感心していた。

 

「……こんなものかな。それじゃあ彼女を呼び出すぞ」

 

 芙二はパラディーゾを呼んだ時の要領で、書こうと動く。

 落ちていた針剣を使い、印を刻みつけるように彫る。

 

 彼女専用の印が刻まれた床が青く輝きを放つ。

 目の前が見えなくなり、しばらく経つ頃には元に戻っていた。

 

「あら? 彼女に拒まれた?」

 

「いえいえ。そんなことはないでしょう。彼女はあなたに会うのをとても楽しみにしていらっしゃいましたよ」

 

 パラディーゾが首を横に振りながら言う。

 言葉を聞いた芙二は、不思議そうに周囲を見渡した。

 

 ふいに、屋根へ雨が当たる音が耳に届く。

 次第に雨音は静かな曲を奏で始める。

 

 パラディーゾは椅子に座り、その音色に耳を傾けていた。

 芙二は少々焦りを見せ、急いで泊地全体に強固なバリアを展開する。

 演奏の最後で召される命を守るために。

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