とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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1章 12話『見知らぬイ級』

 ――ガタン。

 

 何かの外れる音が聞こえた。

 イソップ寓話に登場する精霊のように、彼女は現れる。

 

「お久しぶりです、マスタ―。詳しい話は彼から聞いております」

 

 芙二の元へ歩き、最後に跪く。

 

 久しぶりに見た彼女は背が高く、体つきも女性特有の姿だ。

 異世界で邪神に創造されたパラディーゾとは異なり、仮面は口元だけない。

 

「久しぶりだね、レイニーナ。私が去った後もあの国は大丈夫か? すぐに駆け付けることはできないが、君たちがこうして来てくれたのだから報いよう」

 

 と、申し訳なさそうに言う。

 パラディーゾは二人の会話に耳を傾けているようだった。

 

「はい。特に問題はありません。……ただ帝国の中で傭兵団が作られていましたね。なんでもあの愚者の信者が呼び出したのだそうです。結果はお察しの通りですが」

 

 そう失笑する。二人が頷く中で、彼女は一回咳ばらいを挟んだ。

 

「今度こちらへ遊びに来るときに是非寄っていかれてはどうでしょうか。それにあの娘たちもとても喜ばれると思いますよ」

 

 口元を微笑ませて提案をした。

 その案に対し、

 

「その時はよろしく頼むよ。……大変な時、いつも傍にいてやれなくてすまないね」

 

 笑みを返すように口を開く。

 だが、終わりは申し訳なさそうに締めた。

 

「そんなことはありません。貴方が居てくださるのは、とても心強いです。ですが、彼らもあの地で成長する生物です。貴方の手を煩わせるまでもありません」

 

 レイニーナは胸に手を置いて言い切る。芙二の目には彼女の態度こそが、黄金郷に置いてきた仲間たちのことを信頼し、想っている様に見えた。

 

「そうですよ。レイニーナの言う通りです。マスターは彼らに宿題を渡したではありませんか。今度、彼らと答え合わせしましょう。きっと望まれるものを得られるかと」

 

 パラディーゾは、彼女の隣に並ぶように立つ。かつての大戦で心無い音で蹂躙した相手とは思えぬほどの成長に芙二の心は温まる。

 

「ねえ、貴方? そんな顔をするだなんて。……私たちについて何か思うことがあるの?」

「マスター? 目尻に涙を溜めてどうかしたのですか?」

 

 相手を想う反応を見せる彼らに対し、感極まった芙二は勢いよく抱き締める。

 レイニーナは小さな悲鳴をあげ、パラディーゾは驚きのあまり硬直させた。

 

「二人はとても良いやつだな。本当にありがとう」

 

 芙二の少し涙ぐんだ声色を耳にした二人。仮面のせいで互いの顔が確認できないが、息ぴったりに自らの創造主の頭を優しくなでるのだった。

 

 

 芙二が落ち着きを取り戻して、本題に入るとき、携帯が着信音を鳴らす。

 

 携帯の画面には非通知と表示されていた。私用の携帯に直接かけてくる人物は数は少ない。しかし先日の一件といい、心当たりしかない。

 

 だからこそ、相手が誰であろうと応じる気持ちで出た。

 

「はい、芙二です。どちら様でしょうか?」

 

 冷たい声色。なにが相手でも動じない心の現れ。

 

『わぁっ?! 本当につながった。神城さん、神城さん! 本当にこの人を頼ってもいいの? なんかすっごい面倒そうな顔してそうだもん!』

 

 電話口から聞こえたのは、少女の声。繋がることに驚きつつも、知り合いの名を呼ぶ。

 

「要件はなんだ? ないなら、切るぞ」

 

 要件を問うも、相手からは返事がない。

 それにヤクザではない事実に警戒をひとつ解く。

 

 報復の通告だったら、話は別だが。

 

『ちょっと待って! 話はまだ終わってない!』

 

 相手が必死な態度で叫ぶ声がひびく。

 

「繋がるか、そうじゃないかの試験だったらもうクリアでいいだろうよ」

 

 芙二の言葉を無視して、少女は話しを始めた。

 

『東第三鎮守府と東第四泊地の境に見たことのない深海棲艦がいるの! 撃滅しようとしても、復活するって報告が来て……あいつらもダメコンを積む時代になったってこと?! 冗談じゃない』

 

 あちらは悪態をつき、次から次へと舞い込んでくる情報に叫ぶ。

 少女がいる位置は執務室のような、通信機器が揃っている環境だろうと勘づく。

 

「ふぅむ、復活する深海棲艦? おい。ちゃんと物理的に頭を潰し、胸に風穴を開けたか?」

 

 復活する深海棲艦。彼女の言葉に妙な疑問を感じた。

 なにせ戦闘中の通信。会敵中の部隊は敵を倒したと思い込んでいるだけ、かもしれない。

 

 他にも不審な点はないかと、問おうとしたとき、

 

「はぁ!? もげた腕が再生するどころか、カニのような鋏も追加で増えた!? あなた、幻覚でも見せられているんじゃないの!?」

 

 彼女の言葉が確固たる証拠になった。

 

”戦闘でもげた腕が生える” ”カニの挟みも増えた”

 

 あっちで通信を飛ばしてるやつの幻覚ならまだいい。

 それ以外だったら、確実に戦線が崩壊する。

 

「場所はどのあたりだ。教えてくれ」

 

 少女に場所を聞き出すのと同時に、二人にテレパシーを飛ばす。

 

(ついてこい)

 

 たった五文字。されど五文字。

 改めて彼らとの関係を表すには十分だった。

 

『えっと、東第三鎮守府から南西に六十キロ! うちの哨戒部隊は敵と交戦を始めて、既に四十五分が経過! 応援部隊はまだ到着してない!』

 

「あいわかった」

 

 短い返事だけを伝え、通信を終える。少女が何か伝えようとしていたが、気にも留めない。

 

 二人へ向き直り、口を開いた。

 

「行くぞ。おまえたちのゲリラセッションを待ち望む観客たちがいるらしい」

 

 彼の存在たちは、片膝をつき命令に従う。

 

『我が創造主の仰せの通りに』

 

 その言葉を皮切りに教えられた位置へ転移する。

 

 

 東第三鎮守府管轄境界にて。

 陸翔と数名の艦娘によって決められた哨戒部隊は、またの名を試用部隊と呼ばれた。

 

 あの激戦からまだそれほど時間は経ってないない。日夜、湾岸を侵略せんと迫る深海棲艦を迎撃するには人員を効率よく活用するか――それが要であった。

 

 本日の天気は晴れ。風は無く、波も穏やか。絶好の航行日和というべきか。

 

 旗艦は暁。紺色の髪の駆逐艦。少し前に改二となった。随伴艦の島風は暁型の制服に腕を通していた。電、雷の彼女らは激戦から奇跡を目の当たりにした艦娘。

 

 他にも陸翔から頼られている艦娘が部隊の中にいる。

 

「レーダーに反応が出た! 私から見て、二時の方向に深海棲艦あり!」

 

 暁が声を張りあげた。 

 穏やかな天候と真逆に艦隊の纏う空気は殺気そのもの。

 

「――いた! 数は三! あの形、色、主砲の数……敵はイ級と推定! これより戦闘に入る!」

 

 通信機を用い、鎮守府へ連絡する。

 哨戒部隊の面々はノイズ交じりで聞こえる、『了解』という二文字に安心感を感じていた。

 

 たかがイ級が三体。

 すぐに片づけて帰り、間宮アイスを食べながらの反省会。皆の姿かたちと声に心を休めることは叶わない。

 

「このっ! なんで、死なないの!?」

 

 雷がイ級に致命傷を与えた。横腹を砲弾で吹き飛ばす。しかし患部から筋繊維が伸びてきて、腕を形成する。自分たちと変わらない人の形をした肌を持つ腕。指もあり、伸びた爪も見える。

 

 気色悪い変化に動じつつ、任務遂行に向けて手順を踏む。ついでに本部へ新しい情報を送る。

 

「倒せば倒すほど、あいつらはヒト型になっていくわ!?」

 

 旗艦の暁が、絶望を叫ぶ。

 戦闘を開始して、早三十分が経つ頃、ようやく哨戒部隊の全員が理解した。

 

 既に消耗戦が始まっていた。

 未知の深海棲艦をそのままにできないが、自分たちの命には代えられない。

 

「島風! 本部にいる司令官を頼るしかない! 今すぐに連絡して!」

 

 危険を察知した暁が叫ぶ。島風は、言われるがままに報告した。

 ありのままの事実を、淡々と。

 

 返事はひどいものだったが、ひとまずは安心した。

 暁も応援部隊が来れば、こんなやつなんてことないと信じている風だった。

 

「ね、ねえ……こいつら、いったいなんなのよ!」

 

 もはやイ級と呼べるのは、首だけ。

 自分たちよりも低い背は高く伸び、人の身長さえも越した。

 

 黒い首から下はヒト……乳房を丸出しにさせた巨大な雌型の異形。青白い血管が脈を打ち、触手を伸ばす。獣のように跳ぶ奇妙な生物が見下ろすよう佇む。

 

 顔を吹き飛ばされた個体は顔がイ級ではなく、白い長髪に、赤い眼が多くある異形。巨大な雌型の胴体を持つ。

 

「ダメだッ! 逃げよう! あんなの応援が来ても勝てるわけがない!」

 

 目の前の怪物に対し、冷静な判断を下す。

 しかし足は思うように動かない。

 

 恐怖で震えているわけではなく、物理的に拘束されていた。

 

「なによ、この!」

 

 ぬるぬると滑る体表は掴めない。

 恐怖と焦りが生む、恐怖は確実に伝播する。

 

「みんな、暁を引っ張って! 私が気を引くから、その隙に!」

 

 島風が前へ飛び出し、異形の気を引こうとする。

 暁も皆も彼女を心配する声を上げるが、本人は満足げに笑った。

 

「彼女たちを鎮守府に帰す。それまでの時間を私が稼ぐんだ!」

 

 異形の視線は島風の方を向いた。赤い眼が光り、いくつもの触手が蠢き始める。

 

 ぴくりと止まった一瞬で伸びた触手は海面を這いずり、島風の足元へ伸びていく。

 啖呵を切ったが、恐怖は消せない。

 

 艶めかしくテカる触手が、島風の身体に触れそうになる。

 きゅっと目を瞑って少しでも和らげようとした。

 

「――その覚悟は今使う時ではないな」

 

 晴天に雷鳴が轟く。

 迫力のある音に思わず、悲鳴をあげてしゃがみ込む。

 

「なんだ、こいつ」

 

 芙二の目つきが変わる。

 後者である線が濃厚となったから。

 

「まったく、気に食わないな」

 

 一瞬の出来事に、島風たちは何もできなかった。

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