とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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1章 14話『契約』

 黒橡材(ダークオーク)の扉をくぐった先には執務室と繋がっており、陸翔と彼の秘書である五十鈴が出迎える。

 

「凌也殿、急な呼び出しに応じてくれてありがとう。そして哨戒部隊の皆は何があったか、教えちゃくれないか?」

 

 その言葉の後に続く者はいない。

 皆、陸翔と目を合わせない。

 

 だが、陸翔は先ほどの意味不明な通信の意図を知りたがっているように見えた。

 

「その件は(オレ)から話そう」

 

 芙二が発した言葉に、哨戒部隊の面々が申し訳なさそうに頷く。

 

「ふむ、そうだ。島風たちは、艤装を下ろして入渠したほうがいい」

 

 島風たちは、一礼して立ち去ろうとしたところに陸翔が声をあげた。しかし芙二は努めて冷静に、言い聞かせる。

 

「陸翔殿、あれを彼女たちに説明させるのは少しな。(オレ)の話を聞き、そして彼女たちの言葉を聞いた方が理解に苦しまず済む」

 

 と言うと、どこか険しい表情で陸翔を見つめた。

 

「……わかった。あなたがそんな表情をするんだ、きっと彼女たちはそれ以上の思いをしていたんだな」

 

 その男の顔から、いつもの余裕が消えていた。それだけで、十分だった。

 そして『理解に苦しまずに済む』という、言葉の意図を知ることになる。

 

~~

 

 皆が皆、今にも泣きだしそうな表情をし、互いに身を寄せ合っている。

 哨戒部隊や彼女たちを迎えに来た娘たちが執務室を去った。

 

「さてと……」

 

 芙二は息を吐きながら静かに言う。頭の中では、どうやってあの化け物を彼らに見せようかとそれだけを考えていた。口頭で説明していく中で、実物を求められるだろうと予測する。

 

「よかった、本当に。彼女たちの幸せな姿を、この目で見れて……本当にありがとう」

 

 陸翔が、頬と目元を赤くさせ涙声で感謝を口にする。秘書の五十鈴も目尻に涙を浮かべ、深く頭を下げていた。

 

「礼には及ばねえよ。元々そういう約束だったからな……それよりも今はその幸せを再び奪おうとして来てる奴らに焦点を合わせた方がいいぜ」

 

「そうだな。この幸福を奪おうものなら、刺し違えてでも」

 

 鼻をすすり、目を雑に擦りながら物々しい言葉を口にする。陸翔の脳裏には、過去と現在の鎮守府の情景が交錯していた。

 見かねた芙二が口を開ける前に、五十鈴が陸翔の背中を強く叩く。

 

「いっっ」

 

 前のめりによろけ、転びそうなところを芙二が支える。そのままの体勢で背を軽く摩ろうと、するが断られる。せめて傷だけでも、と考えた直後。

 

 彼は五十鈴の方を向いて怒号をあげた。

 

「痛いじゃないか、五十鈴! 急に叩くなんて、酷いな!!」

 

 陸翔の怒った表情に、五十鈴は肩を大きく震わせる。拍子に彼女は何か言おうとしたが、止めて顔を伏せた。両手はぎゅっと握っているようにも見え、陸翔は理解する。

 

「……悪い。刺し違えてでも、なんてお前たちの前で口にする言葉じゃなかった」

 

 気まずそうに、秘書の五十鈴に謝罪をする。

 ほんの1分ほど顔を伏せていた彼女が顔をあげると、ゆっくり口を開いた。

 

「私の方こそ、ごめんなさい。だけど刺し違えてでもだなんて、口にするものだから……」

 

 次の言葉が継げず、さめざめ泣く彼女はしゃがみ込む。

 その体勢のまま、もう一度謝罪の言葉を伝え、陸翔は受け入れた。

 

「マスター、一度お戻りになられますか?」

 

 陸翔と五十鈴のやり取りを見ていた、パラディーゾが小さい声で芙二に話しかける。

 頷きかけたとき、陸翔に呼び止められる。

 

「すまない、待ってくれ。彼女たちが何を見たのか、知りたい。内容によっては総司令部へ報告書を出す事になる」

 

 まだ目を腫らしてはいるが、彼はそう言うと自身の机に向かって走った。急いでノートとボールペンを取り出し、いつでも始められる状態だと暗に見せる。

 

「ふぅ、分かった。だが、話し始める前に彼らの紹介と契約の内容を伝えたいがよろしいか?」

 

 芙二の指先はパラディーゾ、レイニーナの二人へ。陸翔は頷いたが、彼から少し離れたところにいる五十鈴が絶句ていたが、見て見ぬふりをして先に進めた。

 

~~

 

「はじめまして、五十鈴様。私はパラディーゾ。マスターに創りだされた全自動人形(フルオートマタ)の一人です。以後お見知りおきを。陸翔様は久しぶりでございます。あれから――」

 

 五十鈴に一礼をし、陸翔への挨拶は短く済ませる。

 泊地の後の出来事を聞こうとするが、二の句は物理的に防がれた。

 

 レイニーナが彼の頭を軽く(はた)いたからであった。

 

「……分かりましたよ、レイニーナ。次はあなたの番です」

 

 仮面の裏側は見えないけども不貞腐れた態度のまま、番手を譲る。

 レイニーナは軽く咳ばらいをし、陸翔と五十鈴を見ながらお辞儀をした。

 

「お初にお目にかかります。陸翔様、五十鈴様。先ほど紹介に預かりました、全自動人形(フルオートマタ)のレイニーナと申します。彼と共に暫くのあいだ、お世話になります。何か手伝うことがあれば、何なりとお申し付けください」

 

 彼女の挨拶が終わる頃、二人から拍手を受けた。

 彼らの自己紹介が終わり、芙二が本題を切り出す。

 

「単刀直入に言おう。まずはこの二人を短期間だが、正式に鎮守府へ加入させる必要がある」

 

「加入?」

 

 なぜ加入させる必要があるのか、という疑問はすぐに消える。

 

「鎮守府所属及び海軍や陸軍ではない者が、敷地内を闊歩するのはやばいだろ。そこで二人に仮の役職と姿を用意した」

 

 そう言うと芙二は、指を鳴らす。

 ポンと煙に包まれる、パラディーゾとレイニーナ。

 

「り、凌也殿? げほげほ……」

 

 陸翔は咳き込み、手で煙を払う。

 払いのけると、先ほどの二人は背の高い灰色のスーツを着た男女に変わっていた。

 

「すまない、急だったものだから顔まで気が回らなかった」

 

 申し訳なさそうに目を逸らす。

 彼らの素顔は、芙二だけが知っていた。

 別におしゃれで着けさせている、というわけではない。

 

「両目の中に音符がある!? そ、それにレイ、ニーナさんは……」

 

 彼らの素顔を見てしまった陸翔はすぐに口を閉じる。彼女の、レイニーナの魔眼を見た反応でもあった。五十鈴は直視する前に、芙二が手で遮ったので事なきを得る。

 

「彼らのそれは(オレ)の好みを反映させている」

 

 その発言の後、五十鈴の目の色が変わる。陸翔は、未だ硬直したまま動かない。

 

「パラディーゾの瞳孔の形が音符なだけだ。直視し続けなければ、特段害はない。レイニーナの魔眼は、そうだな。慣れろ」

 

 短く伝えると、芙二の後ろにいた五十鈴が声をあげる。

 

「慣れろ。じゃないわ! そんな危険な人たちを鎮守府に置くことなんかできないわ。ただでさえ、みんな消耗しているのに……」

 

 涙ぐむ五十鈴の脳裏には、戦争と疑心暗鬼の爪痕が深く刻み込まれていた。

 

「だからこそ、彼らが必要だ」

 

 芙二は、それ以上言葉を足さなかった。

 その沈黙が、五十鈴には答えそのものに聞こえた。

 

「そんなの口先だけ! 私は認めない、たとえ恩義を感じている芙二さんの言葉でも……!」

 

 彼女は声を荒げて叫ぶ。声は部屋中に響き、硬直状態だった陸翔も元通りに戻る。

 五十鈴は荒い呼吸を何度もする中で、陸翔が話に割って入った。

 

「五十鈴、申し訳ないが……これは決定しているんだ。後は、俺が手続きをすれば、仮加入の手筈になっている」

 

「そんな大事なことをなんで、すぐに決めるの!? 信じられないわ……このあいだもそうじゃない」

 

 裏切られた、とでも言いたげに罵倒する。

 そのとき五十鈴の胸の奥で、細い糸が切れる音がした。それは、もう結び直せない音だった。

 目線を逸らした彼女は独り言を呟き、頭の先から徐々に色が抜けていく。

 

「し、深海化!? 五十鈴、心を強く保つんだ!」

 

 不安定な彼女の魂が揺らいだのか、変化は色が抜けるだけに留まらない。

 空気が淀み、五十鈴の姿が黒い霧に包まれていく。

 

「心を強く、保てですって? あの状況を作った、アナタが一番保つべきだったんじゃない! ワタシは、惣五郎さんの孫でも容赦はしない。非情派もアナタもいるから、皆が傷つくのよ……」

 

 黒い霧が一気に晴れる。淀んだ空気が霧散するが、代わりに彼女の怒気が部屋に満ちた。

 雨雲のような灰色の軽鎧に身を包み、赤い眼で陸翔を睨む。

 

 他人を思いやる温かな指も、熱を失い変わっていく。

 

「嗚呼……! 一瞬で貫いテ、アゲるわ、覚悟シなさい!!」

 

 そう叫ぶと、彼女は銃のような物を背から取り出して、躊躇いなく引いた。

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