とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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1章 15話『一蓮托生①』

 

 執務室の空気が裂けるように、発砲音が弾けた。

 

「い、五十鈴……! お前までっ」

 

 言葉の裏には、長門が堕ちる瞬間が再生されていた。

 

 次から次へ起こる事態に陸翔は理解しきれなかった。

 頭がパニックになり、様々に思考するも死との距離は、目と鼻の先。

 咄嗟にしゃがもうとするが、うまくいかない。

 

(ああっくそ、弾道がスローモーションに見えてきた。このままじゃ死ぬ)

 

 反射的に、目を閉じた。

 身体を丸めることしか、できなかった。

 

「させんよ」

 

 なんて、短い言葉と同時に、甲高い音が弾けた。発砲音が聞こえなくなり目を開けると、眼前には芙二が立っていた。

 

 両腕には、血が滲む茨が巻き付いた盾をつけて。その滲みは、守るたびに代償を要求しているようだった。

 

「≪禍毒の盾(カース・ファランクス)≫。(オレ)の話を遮るな、五十鈴」

 

 芙二は盾を粒子状に霧散させて、凄む。

 不意打ちを防がれた五十鈴は、下唇を噛み不服そうに黙りこくった。

 

「いつの間に取り出したんだ……?」

 

 衝撃のあまり、陸翔は本音を呟く。ふと口をついた疑問へはパラディーゾが「あなたがまばたきをした、あの一瞬です」と静かに答えた。

 

 説明を聞く陸翔だが、理解が追いつかず、ただ頷く。

 突然訪れた死の恐怖は、当たり前に実感したことを忘却させる。

 

「とりあえず……ありがとう、凌也殿」

 

 その言葉に険しい表情を解き、二人の演奏家たちに指示をする。

 

「パラディーゾは、癒しの旋律を五十鈴が眠るまで行え。レイニーナは、魔眼使用の許可を出す。彼女を反抗意思を削ぎ落せ。申し訳ないが、唄の披露は次の機会だ」

 

 両者、頷くと行動を開始する。はじめにパラディーゾは、空中に青色の冊子を取り出すとペラペラと項を捲りだす。

 

「癒しの旋律ですか……これなどはどうでしょうか?」

 

 少し残念そうな表情をしつつ、黒いヴァイオリンを虚空から取り出す。

 彼は弦を軽く弾き、音を確かめたのち、演奏を開始した。

 

 奏でられたのは、静かだが揺るぎない旋律。

 その音は闇を裂くように広がり、やがて傷ついた心に小さな灯かりを刻んだ。

 

 演奏の中心にいた陸翔は、ゆっくりと腰を下ろして胡坐を搔いた。

 

「音楽の力ってすげーな。なんだか、うとうとしてきた」

 

 こっくり、こっくりと微睡みの中に落ちかけ、

 

「そう言ってもらえて何よりだ」

 

 陸翔の隣に芙二が腰を下ろしながら笑みを浮かべて言う。

 心地よい音楽に抗えず、右側に身体を倒し、眠気に負けていく。

 そのとき、芙二は耳元で囁く。

 

 「魂に語りかける旋律だ。間違っても依存はするな」と。

 

「――やっぱり裏があると思ってた」

 

 いじけた様子で言うと、再び身体を起こし背中を伸ばす。

 遅れて欠伸もし、目を擦る。

 

「魂に語りかける旋律なら、ただの鎮守府の癒し要因じゃなさそうだな」

 

「勘が鋭くなってきたな? ご明察の通りだ。非情派が横柄な態度をしたとき、あるいは深海棲艦の艦隊が攻めてきたときの秘密兵器――と言ったところだ」

 

  秘密兵器。その言葉の響きは陸翔の目を輝かせる。

 

「彼らが秘密兵器か。ならば凌也殿はリーサルウェポンだな!」

 

 芙二は「違いねえな」と笑う。

 彼に釣られて陸翔も笑っていると、後ろから倒れる音がした。

 

「マスタ―、ご命令通りに終わらせました。五十鈴様は気を失っております。そのままお運びしたほうがよろしいでしょうか」

 

 淡々と告げるレイニーナの顔には再び仮面が付けられており、服装も戻っていた。

 彼女の言葉に対し、陸翔が「俺が連れて行く」と、答える。

 

 髪や肌に色が戻りつつある五十鈴を背負い、扉を蹴破った。

 

「そんな顔をしないでくれ。手が塞がれているから、仕方ねーよ……パラディーゾ殿、レイニーナ殿、また後で会おう」

 

 首を若干傾げ、執務室から去る。

 芙二と二人の演奏家は、顔を見合わせて頷き、セーフハウスへ戻ることを決めたのだった。

 

~~

 

 午前十時二十七分 セーフハウス門前にて。

 

 東第三鎮守府で新たな契約を結んだ芙二は、現在の拠点へ転移する。ついさっき、海風が鼻をくすぐっていたが、今は清涼な森の香りを感じ取っていた。

 

「ここの空気もいいな」

 

 芙二は門前に立ち、軽く押して扉を開ける。中へ入ると、眼前には目を丸くした紅雪がおり三人を見つめて、

 

「何かとてつもない気配を感じたので、来てみれば……芙二さん、貴方だったのですか」

 

 焦って損をした、そう言いたげな表情をした。

 出迎え、とは程遠い様子だが来てくれた紅雪に彼らの自己紹介をする。

 

「彼らは遠い所から遠路はるばる来てくれた助っ人さ。生命を象徴する緑髪の、彼の名前はパラディーゾ」

 

 紹介を受けた彼は、胸に右手を当て軽く会釈をした。

 

「マスターから紹介を受けました、パラディーゾと申します。以後お見知りおきを」

 

 長髪の緑髪、顔には仮面をつけ、白黒の紳士服に身を包む。芙二や自身よりも背が高いと実感する。視線は自然と、青髪に混ざる橙色の髪が見える長身の女性へ。

 

「隣にいる、星瞬く夜空のような青髪の、彼女の名前はレイニーナ」

 

 仮面をつけた婦人は静かにお辞儀をする。芙二やパラディーゾと呼ばれた人物よりも背の高い彼女。紅雪の目には、シルエットが全体的に白く、背が高く恵体である彼女が八尺様に見えてきた。

 

「パラディーゾさん、レイニーナさん。私の名は紅雪。芙二さんの友人……のようなものです。これからよろしくお願いします」

 

 彼らを見て思ったことを、口や表情に出さないよう冷静に努める。

 

「紅雪さん、叢雲は今起きてるか? 彼女に用があるんだが」

「叢雲さんですか? はい、起きていらしてるかと。つい一時間前に朝餉を皆さんと食べておられましたので」

 

 その言葉に、笑みを浮かべて頷く。

 

「用とはいったい……?」

 

 困惑と警戒の入り混じった表情をする紅雪に対し、

 

「なあに、そんな警戒するようなことじゃない」

 

 心配は不必要とでもいいたげに、彼女のいる場所へ進む。

 ずんずんと前を行く芙二の後をパラディーゾとレイニーナは追う。

 

 砂利を踏み、草木を掻き分ける音が遠くなった頃。

 

「あっ そういえば、芙二さんに伝えることがあったのでした」

 

 少し前にうちの組の若頭――葉月(はづき)(くろ)からの伝言を預かっていたことをすっかり忘れていた。

 

 が、しかし居場所は知れている。

 そのため急いで追いかける必要はない、と判断して屋敷の掃除を行うのだった。

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