執務室の空気が裂けるように、発砲音が弾けた。
「い、五十鈴……! お前までっ」
言葉の裏には、長門が堕ちる瞬間が再生されていた。
次から次へ起こる事態に陸翔は理解しきれなかった。
頭がパニックになり、様々に思考するも死との距離は、目と鼻の先。
咄嗟にしゃがもうとするが、うまくいかない。
(ああっくそ、弾道がスローモーションに見えてきた。このままじゃ死ぬ)
反射的に、目を閉じた。
身体を丸めることしか、できなかった。
「させんよ」
なんて、短い言葉と同時に、甲高い音が弾けた。発砲音が聞こえなくなり目を開けると、眼前には芙二が立っていた。
両腕には、血が滲む茨が巻き付いた盾をつけて。その滲みは、守るたびに代償を要求しているようだった。
「≪
芙二は盾を粒子状に霧散させて、凄む。
不意打ちを防がれた五十鈴は、下唇を噛み不服そうに黙りこくった。
「いつの間に取り出したんだ……?」
衝撃のあまり、陸翔は本音を呟く。ふと口をついた疑問へはパラディーゾが「あなたがまばたきをした、あの一瞬です」と静かに答えた。
説明を聞く陸翔だが、理解が追いつかず、ただ頷く。
突然訪れた死の恐怖は、当たり前に実感したことを忘却させる。
「とりあえず……ありがとう、凌也殿」
その言葉に険しい表情を解き、二人の演奏家たちに指示をする。
「パラディーゾは、癒しの旋律を五十鈴が眠るまで行え。レイニーナは、魔眼使用の許可を出す。彼女を反抗意思を削ぎ落せ。申し訳ないが、唄の披露は次の機会だ」
両者、頷くと行動を開始する。はじめにパラディーゾは、空中に青色の冊子を取り出すとペラペラと項を捲りだす。
「癒しの旋律ですか……これなどはどうでしょうか?」
少し残念そうな表情をしつつ、黒いヴァイオリンを虚空から取り出す。
彼は弦を軽く弾き、音を確かめたのち、演奏を開始した。
奏でられたのは、静かだが揺るぎない旋律。
その音は闇を裂くように広がり、やがて傷ついた心に小さな灯かりを刻んだ。
演奏の中心にいた陸翔は、ゆっくりと腰を下ろして胡坐を搔いた。
「音楽の力ってすげーな。なんだか、うとうとしてきた」
こっくり、こっくりと微睡みの中に落ちかけ、
「そう言ってもらえて何よりだ」
陸翔の隣に芙二が腰を下ろしながら笑みを浮かべて言う。
心地よい音楽に抗えず、右側に身体を倒し、眠気に負けていく。
そのとき、芙二は耳元で囁く。
「魂に語りかける旋律だ。間違っても依存はするな」と。
「――やっぱり裏があると思ってた」
いじけた様子で言うと、再び身体を起こし背中を伸ばす。
遅れて欠伸もし、目を擦る。
「魂に語りかける旋律なら、ただの鎮守府の癒し要因じゃなさそうだな」
「勘が鋭くなってきたな? ご明察の通りだ。非情派が横柄な態度をしたとき、あるいは深海棲艦の艦隊が攻めてきたときの秘密兵器――と言ったところだ」
秘密兵器。その言葉の響きは陸翔の目を輝かせる。
「彼らが秘密兵器か。ならば凌也殿はリーサルウェポンだな!」
芙二は「違いねえな」と笑う。
彼に釣られて陸翔も笑っていると、後ろから倒れる音がした。
「マスタ―、ご命令通りに終わらせました。五十鈴様は気を失っております。そのままお運びしたほうがよろしいでしょうか」
淡々と告げるレイニーナの顔には再び仮面が付けられており、服装も戻っていた。
彼女の言葉に対し、陸翔が「俺が連れて行く」と、答える。
髪や肌に色が戻りつつある五十鈴を背負い、扉を蹴破った。
「そんな顔をしないでくれ。手が塞がれているから、仕方ねーよ……パラディーゾ殿、レイニーナ殿、また後で会おう」
首を若干傾げ、執務室から去る。
芙二と二人の演奏家は、顔を見合わせて頷き、セーフハウスへ戻ることを決めたのだった。
~~
午前十時二十七分 セーフハウス門前にて。
東第三鎮守府で新たな契約を結んだ芙二は、現在の拠点へ転移する。ついさっき、海風が鼻をくすぐっていたが、今は清涼な森の香りを感じ取っていた。
「ここの空気もいいな」
芙二は門前に立ち、軽く押して扉を開ける。中へ入ると、眼前には目を丸くした紅雪がおり三人を見つめて、
「何かとてつもない気配を感じたので、来てみれば……芙二さん、貴方だったのですか」
焦って損をした、そう言いたげな表情をした。
出迎え、とは程遠い様子だが来てくれた紅雪に彼らの自己紹介をする。
「彼らは遠い所から遠路はるばる来てくれた助っ人さ。生命を象徴する緑髪の、彼の名前はパラディーゾ」
紹介を受けた彼は、胸に右手を当て軽く会釈をした。
「マスターから紹介を受けました、パラディーゾと申します。以後お見知りおきを」
長髪の緑髪、顔には仮面をつけ、白黒の紳士服に身を包む。芙二や自身よりも背が高いと実感する。視線は自然と、青髪に混ざる橙色の髪が見える長身の女性へ。
「隣にいる、星瞬く夜空のような青髪の、彼女の名前はレイニーナ」
仮面をつけた婦人は静かにお辞儀をする。芙二やパラディーゾと呼ばれた人物よりも背の高い彼女。紅雪の目には、シルエットが全体的に白く、背が高く恵体である彼女が八尺様に見えてきた。
「パラディーゾさん、レイニーナさん。私の名は紅雪。芙二さんの友人……のようなものです。これからよろしくお願いします」
彼らを見て思ったことを、口や表情に出さないよう冷静に努める。
「紅雪さん、叢雲は今起きてるか? 彼女に用があるんだが」
「叢雲さんですか? はい、起きていらしてるかと。つい一時間前に朝餉を皆さんと食べておられましたので」
その言葉に、笑みを浮かべて頷く。
「用とはいったい……?」
困惑と警戒の入り混じった表情をする紅雪に対し、
「なあに、そんな警戒するようなことじゃない」
心配は不必要とでもいいたげに、彼女のいる場所へ進む。
ずんずんと前を行く芙二の後をパラディーゾとレイニーナは追う。
砂利を踏み、草木を掻き分ける音が遠くなった頃。
「あっ そういえば、芙二さんに伝えることがあったのでした」
少し前にうちの組の若頭――
が、しかし居場所は知れている。
そのため急いで追いかける必要はない、と判断して屋敷の掃除を行うのだった。