とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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1章 16話『一蓮托生②』

 午前十時四十一分 離れ 臨時艦娘寮にて。

 

「誰か、いないか?」

 

 離れはさほど広くなく、誰かいれば扉の方へ来るだろう、と考えていた。芙二は扉を三回ノックし、呼びかける。されど待てども誰も応対はしない。

 

「困ったな。入れ違いになったか?」

 

 紅雪の話通りならば、彼女はここに皆といるはず。あと屋敷の主なのだから問答無用で押し入ればいい、と自分勝手な考えまで出てくる。

 

(ええい、そんなことをしてはダメだ!)

 

 首を横に振り、自分勝手な考えを否定した。

 今やここは艦娘たちが気を休める唯一の場。

 本来の家や共に暮らしてきた戦友を失っている中で、憩いの時間を奪うわけには……と葛藤していた時。

 

「あら? もう帰ってきたの?」

 

 背後から声が聞こえ、振り返ると探していた人物――叢雲がいた。

 彼女は頭にバスタオルを乗せ、濡れた長い髪を首に巻き付けている。麻色の部屋着を着ており、後で使用人へ感謝を伝えようと思った。

 

「うむ、特殊部隊の人らと自己紹介を済ませてきた。流石に少数精鋭と言ったところだ。ぱっと見ただけだが、凄まじかったよ」

 

 頷き、話す中で芙二は叢雲に近づいて髪を乾かすのを手伝う。虚空から、新しく乾いたものを取り出して使う。時折、優しい風と温かな熱源を用意して簡易ドライヤーを作り出した。

 

 部屋の中へ移動しても髪を乾かす作業は終わらない。叢雲と会ってから二十分後、ようやく終えることができた。

 

「……ありがと。いつもは時雨やヴェールヌイが手伝ってくれるものだから油断していたわ」

 

 座布団の上で正座をし、灰褐色の湯呑を持ち、温かな緑茶を啜る。芙二が叢雲の髪を乾かしている間に、パラディーゾが淹れたものだ。

 

 レイニーナは、というと虚空へ上半身を入れて異世界のお茶請けを取ってきていた。

 

「どうぞ、叢雲様。お口に合うか、わかりませんが……私の故郷の生菓子になります」

 

 背の高い彼女が、おずおずとした様子で淡い青色の羊羹のようなものを皿に乗せて出す。

 

「へえ? 澄んだ清流のような色合いね。どれ、ひとつ戴こうかしら」

 

 セットで付いていた、爪楊枝を摘まむ。皿の上の淡い青色の生菓子の一切れを丁寧に切り分け、そっと口の中へ入れた。

 

 彼女が目を瞑り、無言で咀嚼するあいだは誰も言葉を発さなかった。

 真剣な表情で味を吟味している叢雲の邪魔をしない、と三人の中で以心伝心となっている。

 

「――ふう。アンタ、名前はなんていうの?」

 

 生菓子を飲み込み、ティッシュペーパーで口を拭いながら、名を問う。

 レイニーナは、少し驚いた様子で名乗る。

 

「私の名前はレイニーナと申します、叢雲様。マスターに、いえ芙二様に創られた全自動人形(フルオートマタ)でございます」

 

 ワンピースの端を摘まみ上げ、丁寧にお辞儀をした。口元だけ露出されているので、口角がわずかに上がり微笑んでいるのだと知る。

 

「ふぅん、レイニーナ。ちなみにどこであの人に造られたの? この国? それとも海外?」

 

 温くなった緑茶を啜る。

 湯呑を置き、空いた手で生菓子を刺してつまむ。

 

「簡単に違法入国できそうな人ですもの。それに、未知の生命体はどこで造られても変だなんて思わないわよ? 魂なんて不可解なものを巧みに扱うものね」

 

 芙二を見ながらぶっきらぼうに言う。

 当の本人は、目を逸らし恥ずかしそうに頬を掻いている。

 

「……黄金郷です。またの名を」

 

 そう言いかけたところで芙二が、レイニーナの口を塞いだ。彼女の口元には、黒い包帯のようなものが伸びており、口と喉に巻き付いている。

 

「その名をここで出す事を禁ずる。叢雲、彼らの出生は今度話そう。今言えるのは、この世界ではないということだけだ」

 

 芙二の言葉を聞いた、叢雲は立ち上がると彼の傍まですぐに寄る。

 

「驚いた。私の想像を超える規模ね。じゃあなに? 死んでいた時に別の場所にいたとでも言うのね? ……そこで何をしていたか、今は聞かないでおいてあげるわ」

 

 顔をぐぐっと近づけ、目を合わせた。

 芙二は何度もまばたきをした後に、目を細めて「ああ、助かるよ」そう返事をした。

 

 

~~

 

 

 時間はさらに流れ、十三時過ぎ。

 芙二は昼食を食べに行く際、擦れ違った使用人たちに部屋着支給の感謝を伝え、また二人の簡単な自己紹介をした。

 

 二メートル近く、あるいは超えている二人に対し、頭を上にしてじっくり見ていた。

 パラディーゾはともかくレイニーナは気恥ずかしそうにして、芙二の後ろへ引っ込んだ。

 

(いつもは毅然とした態度なのに、珍しいな)

 

 屈んで、少しでも身体を小さくさせようとしてる彼女を横目に違いを考えていた。

 叢雲以外の艦娘たちへ彼女の自己紹介を軽く行う。

 そして短期間であるが、東第三で共に働く者同士と説明をする。

 

「そこで器用に茶を啜っている者と私は同じ存在です。短い間ではありますが、よろしくお願いします」

 

 席を立ち、改めて頭を下げる。

 声のあがった当の本人は、静かに湯呑へ入れられた茶を嗜んでいた。

 

 視線を感じたのか、湯呑を置き、

 「皆さん、よろしくお願いします」と挨拶をする。

 

 艦娘の何人かはパラディーゾに挨拶を返した。

 

「挨拶もそこそこに、本題へ。それは今後について、だ」

 

 真剣な芙二へ視線が集まる。”今後について”という言葉を聞き、表情が変わった。

 

「まずはセーフハウスで寝食をし、交代で東第三鎮守府へ勤務をしろ。パラディーゾとレイニーナも皆と同じだ」

 

 誰からも反論はない。ただ皆が頷く中で叢雲だけは不服そうにしていた。

 

「あのクソッタレな所へ攫われた者を見つけ次第、ここへ送る。時間とタイミングは予測できないから、必ず二人は離れにいるように」

 

 誰もが、その言葉に頷く。しかし叢雲は腕を組み、険しい表情をする。

 

「もう一つ伝えるとしたら、基本的に艦娘は連れて行かない。特殊部隊云々の前に、そもそも同行させるつもりはない」

 

 誰かが声をあげる前に、叢雲が声を張りあげた。芙二の視線は彼女へ向く。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 同行させるつもりはない……ってあの時の約束は嘘だったの?」

 

「嘘ではない。ええい、落ち着け叢雲! 取り乱すな、話は最後まで聞け!」

 

 叢雲の髪の一部に金色が混じり始める。深海化の兆候。目尻に涙を浮かべる彼女に静止を呼びかけ、言い聞かせた。

 

「そこで考えた。――連れて行けないのなら、安心材料を物理的(スピリチュアル)に創り出せばいい」

 

 誰もが言葉を失う。真面目な話をするかと思えば、予想だにしない方向へ行ったからである。

 

 芙二は徐に胸に手を置き、ずぶりと入れる。その光景に一部からは悲鳴が聞こえ、叢雲は目を丸くさせる。二人の演奏者は動じず、互いに顔を見合わせた。

 

「これが(オレ)の魂の結晶だ」

 

 そう見せてくるのは、眩い輝きと怨嗟の闇が共存する不定形。

 恐怖より興味が勝った冷葉は手を伸ばすが、すり抜ける。

 

「無駄だ。冷葉は触れないよ」

 

 混沌を内包した魂を、胸へ押し込む。

 突然のことに、理解できていない。一人を除いて。

 

「……そこで提案だ、叢雲。(オレ)の魂をアンタの魂を混ぜてもいいか?」

 

 叢雲へ持ちかける。周りは未知の出来事に対し、不安を口にする。だが彼女は両手を胸に置き、疑問を問う。

 

「そうしたら、私は二度とあの思いをしなくて済むの?」

 

 想い人の死は胸を切り裂かれる痛み、よりも辛い。

 行かせた後悔を忘れぬ叢雲の魂は揺れる。

 

 芙二は力強く頷く。叢雲はぐっと涙を堪える様に、提案を受け入れた。

 

「いいわ、その提案。それで私は何をすればいいの?」

 

「自分の胸の前に手を差し出せ。そしたら肉体と精神に干渉して、魂を取り出す。魂の融合を終えるまで、意識を保て。無理だったら、座りながらやろう」

 

 頷く叢雲は芙二の手を受け入れた。

 ずぶりと、幻影のように胸へ手を入れる。温かさと冷たさが混じる感触に一瞬、戸惑う。同時に自分の中から何かが抜ける気がした。

 

「これが私の」

 

 二の句を継ぐ前に、眼前にある淡い青の光を放つ不定形に視線が行く。

 海底の青さ、炎のように揺らめく魂。

 

「準備完了だ」

 

 そう言う芙二へ視線を向ける。そこには眩い光を放つ不定形が手のひらの上に。

 綿毛を飛ばすように吹き、手のひらを離れて叢雲の魂へ溶ける。

 

 芙二がそっと優しい手つきで魂を裡へ入れた。誰もが見る事しかできなかった。

 

「ぅ゛ん!?」

 

 突然、強烈な刺激が叢雲の胸に伝わり、変な声が出た。恥ずかしさから頬と耳が赤く染まっていく。胸の奥が灼けるように疼き、身体の輪郭が曖昧になっていく。

 

「はぁっ……はぁ、ああ」

 

 叢雲は意識を保てず、前のめりに倒れ込む。

 難なく芙二が受け止め、優しく頭を撫でて彼女の耳元で囁く。

 

「よく耐えた、偉いぞ。その痛みも恐怖も、(オレ)が引き受ける。だからもう、一人で抱えるな」

 

 意識が朦朧としている叢雲は、言葉の意味を理解できず眠りに落ちた。

 芙二はサラトガに彼女を預けると、奏者と共に離れを去る。

 

(まさか婚約指輪よりも先になっちまうなんてな)

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