「「うひゃ~……あのアトラクション、5時間待ち!?」」
筧とジークの言葉が重なる。絶叫マシンや観覧車、メリーゴーランドなどのアトラクションの待ち時間に驚愕している。
白鳥へ来てから、人の多さに驚いたのも束の間。いちアトラクションに並ぶ人の数で、完全に圧倒されていた。どこを歩いても人、人、人。
端から端まで、人で詰まっているんじゃないかと思うほどだった。
「こりゃ、先にホテル行った方がいいか」
人の波に押され、苦笑いの武田。同意するように頷く芙二。筧とジークはパンフレットを片手に、かつての思い出に花を咲かせ始める。
武田はスマホを使い、誰かと連絡したかと思うと、すぐに終える。
「ありゃあ……変なスイッチ入っちまったか? 筧、ジーク! いったん、宿泊予定のホテルに戻るぞ」
大声で呼びかけ、二人は武田の元へ駆け寄る。年甲斐もなく子供のようにはしゃぐ二人を見てか、武田は懐古の笑みを浮かべる。
「かず……」
何かを言いかける。だが、すぐに小さく咳ばらいをして、言い直す。
「よし、わしについてこい。そこで先着組と落ち合うぞ」
三人を先導し、宿泊先のホテルへ向かった。
~~
ホテルに到着後、エントランスにも人で溢れる。駅前のビジネスホテルと大差ないはずなのに、視界は人で埋まる。この施設を遊び疲れたカップルや親子連れ。または多くの学生でごった返す。
「うわ、修学旅行のシーズンだったか?」
ジークのつぶやきは喧噪で搔き消える。
「むぅ……とりあえずわしが受付へ向かう。筧たちはその場を動くなよ。いいな?」
念押す武田の言葉に頷く三人。そこそこ広いはずのロビーの見る影もないところを見るに、大盛況かと渋い顔をする。
(この施設の外は侵攻と攻防があるってのに……なんだ、こいつら)
だが深海棲艦の戦いで得たものならば、と納得させる。戦争が終結すれば、こういう雰囲気も増えて、次第に慣れていくだろう、と思うのだった。
「おや、芙二。まだ人馴れしていないのかい?」
若干眉間に皺を寄せていた芙二に、筧が声をかける。彼女は自然と芙二の手を握った。
「……筧さん、これが庶民の日常なんですね」
「なんだい、藪から棒に」
芙二は視線を泳がせて、自分の周りを観察する。熱狂が抑えられない若者。アトラクションの感想を言い合うカップル。思い出に浸る老人。
「ああ、いけない。海ばかり見ていた弊害だ。今日の夜頃、
目を細め、静かに笑う。筧は歯を見せて笑い、許可を出す。
「ふふ、海軍の小僧。いい機会だ、この場になじむ為にも夜の散策を許可する。武田へは私から言っておくよ」
短く、「ありがとうございます」と小声で言う。しかし、その声も一瞬で掻き消された。
「にしても、ほんっとに人が多いな」
時折、三人の側に人が飛び出てきては当たる。三人とも軟な体幹ではないので、ふらつくことはない。何度も謝罪を受けては、気にしないで、と伝えるばかりだ。
(まるで満員電車の中に放り込まれたみたいだ)
など、と考えていると芙二の足元に満月色の髪の女性が倒れ込む。
「おお? 大丈夫か?」
すこし驚きはしたが、踏みとどまり、女性の身体を支える。
「いたた……」
女性は足元を気にしている。
視線の先を見ると、誰かが彼女のワンピースを踏んだ拍子に、と見てとれた。
「おいおい、足を捻っているんじゃないだろうな?」
足首を押さえる彼女の手をどけ、芙二がスーツの裏側から、慣れた手つきでチェック柄のハンカチと小さなアイスノンを取り出す。
直接肌に当てないよう処置をして、声を荒げる。
「そこのアンタ! 彼女のワンピースを踏んでる足をちょいとどけちゃくれないか!」
喧噪を塗り替えるほどの大声に、一瞬周囲から音が消える。そして彼女のワンピースを踏んでいた男性が気づくと慌てて足をどける。
「うわ! す、すみません」
男性はぺこぺこ、と何度も頭を下げた。
「芙二、どうしたのか? そんなに声を荒げて」
受付とのやり取りを終えたのか、武田が人の波を掻き分けて、尋ねてくる。
他の二人が口を出す前に、芙二と女性の状況を見て頷く。
「えらいぞ、芙二よ。咄嗟にその判断が下せたのは、いいことだ」
武田は芙二の背を軽く叩いた。そして、身を屈め女性に声をかけようとしたとき。
「姉ちゃん……?」
ジークが信じられないものを見た、と言うような表情で固まる。女性はジークの方を見て、ぽかんとした様子で、
「えっと、どちら様でしょうか?」
と言った。芙二の目には、色白で、青い目の、端正な顔立ちをした女性として映る。確かにジークと同じ国の人かとも思ったが、彼の突拍子もない発言は周囲を困惑させた。
ジークは少しだけ、涙を流しながらその女性の方を掴んで言う。
「やっぱり姉ちゃんだよな? オレだよ、ジークだよ!」
よかった、と安堵の溜息を吐く。女性からは否定的な言葉を言われる。
「あのどうかしたんですか? 勝手に私を姉だなんて……私は一人っ子なので弟も兄もそういった親類は誰もいませんよ。あまりにもしつこいと警備の方をお呼びしますが?」
ギロ、と睨まれる。ジークは目を見開いて、言葉を失う。それは武田たちも同じであった。ジークの急な態度の変わりように、なんと声をかけたらいいかわからない。
「芙二さん。私に応急処置をしていただき、ありがとうございました」
捻挫など気にせず、という風に素早く立ち上がる。軽く会釈をして、人の波に紛れていく。
「ああっ 姉ちゃん、姉ちゃん……やっと会えたのに、どうして」
呆然としているジークへ筧が寄り添い、武田と芙二はホテルの自室へ向かった。自室への道を歩く中で、やけに美人が多いな、と感じたのであった。