十二時 十一分 ホテルの客室にて
自室へ荷物を下ろし、武田はジークの様子を見てしばらくそっとしておくことに決めた。あそこまで取り乱すとは、誰も考えていない。
「ジーク、そういう勘違いもある。そこまでショックを受けることじゃないんじゃないか? またわしたちも探してやるから、元気出せ」
武田の励ましは、彼の耳には届かなかった。ジークは自分が寝るベッドの上で体育座りをして、嗚咽を漏らす。
よほど悲しかったんだろうな、と芙二は思った。武田と筧は共に顔を見合わせると、肩を竦めてジークと芙二へ言う。
「よし、これからは各自自由行動としよう。夕飯前の一九○○頃、再びこちらへ来る。その時に今後の予定を詰めよう」
芙二が頷いた後に、辛うじてジークも頭を下げる。武田と筧は、ドアノブを引いて外へ出ていく。室内に残された芙二は気まずそうに、口を開く。
「ジークさん、少し出歩かないか? お姉さんともう一度会って、もう少し話してみれば……きっと誤解とかそういう」
彼のことを考えての提案。芙二の頭の中は他の事を考えていたが、ジークをそのままにしておけず、意を決した。
「ッ! 黙れよ、新入りッ!」
目にも止まらぬ速さで、芙二の胸元を掴み、壁に押し当てる。鈍い音が鳴るも、芙二は表情を変えない。
「なあ、黙ってさっさと消えろよ! てめえにッ! そんなことを言われる筋合いはねえ!!」
芙二の胸倉をつかんだまま、叫び、大きく揺さぶる。何度も後頭部を打ち付けられるも、やはり表情は変わらない。
「……おまえに、オレの家族の何がわかんだよッ!」
口角の泡を飛ばす勢いで罵る。壁に勢いよく突き放す。芙二は後頭部や背中を摩り、ジークは未だ興奮が冷め止まぬように震えていた。
「……イチキューマルマル! 遅れんじゃねえぞ!」
怒鳴りながら、部屋を後にする。芙二は静かになった部屋で、ひとりスーツの皺を直す。
手で伸ばし、気を取り直して散策へ出た。
~~
十三時 三十分 観覧車乗り場付近にて
ホテルを出て、適当に歩いていたら観覧車乗り場の近くまで来ていた。天気は雲一つない青い空。今日は絶景を楽しむ、絶好の観覧車日和なのかもしれない、と考える。
人々が並ぶ方へ向かう手前、足が踏み出せない。芙二は腕を組み、
(カップル、親子連ればかりに目が行く。むしろ、こんな派手な格好をしている私が並んでもいいのか?)
大した理由もないが、並ばない方がいいと思考するや否や体の向きは逆方向へ。他のアトラクションを探しに行こうか、そう考え直し観覧車乗り場から離れた。
椅子を探し歩くこと、二十分。芙二は長椅子に腰を下ろし、再び腕を組む。頭を軽く下げて次の目的地を思案する。筧やジークがやっていたように、特大のパンフレットを膝の上に広げながら。
(無難にジェットコースターでも乗るか)
何時間待つか分からないアトラクションで時間を潰す術を考えるか、それとも――
(攫われたやつらの安否確認を行うか)
安否確認を行う、その考えに芙二の付近が僅かにブレる。人々の喧騒で賑わう場は、一瞬だけ音と熱を忘れた。人前で決して漏らさないよう、努めていた殺意が漏れたことを意味する。
だがすぐに人々は、テーマパークの魅せる非日常の世界へ帰還していく。
「おっと……あぶねえ、あぶねえ。
特大のパンフレットを畳み、自分の服の内側にしまう。両手を握り合わせ、掌を空へ向けて柔軟体操をする。
「再びここに来るとして、いったん飲み物と食べ物を探しに行くか」
長椅子から立ち上がり、売店を目指して進む。時に人の波を掻き分け、時にコースから外れ、柵や植木を跨ぐこともあった。
テーマパークの敷地の広さに、思わず感嘆の声を漏らし、この世界の住人の健やかさに肝を抜かれる思いをした。
「修学旅行生がこの範囲を移動するってマジ? いや流石に敷地内を循環するバスか何かに乗ってるか」
額や首筋を伝う汗を拭い、途中の自動販売機で購入したペットボトルの蓋を開ける。五〇〇mlの水を一気飲みする。
小さく息を吐いて、口元を拭う。飲み終わったペットボトルの上から圧力をかけて、ぺしゃんこにしてスーツのポケットへしまった。
「ひゃあ! 今の見た? アキちゃん! ペットボトルが一瞬で紙みたいになっちゃったよ!」
声のする方へ視線を向ける。そこには紺色のブレザー、茶色のローファーの修学旅行の学生と思わしき、少女が二人。一人は蜜柑色のツインテールに、橙色の目を輝かせて、親へ自慢する子供みたいに隣の友達へ話しかけていた。
アキ、と呼ばれた黒いショートヘア、糸目の女学生は、
「そうだね、そうだね~……でも指差すのはお兄さんに失礼だからやめときな」
と釘を刺していた。
「あっ! お兄さん、すみません!」
指摘され、顔を恥ずかしさなのか顔を赤らめて頭を下げる。
空色ツインテール髪の女学生の謝罪を受け、芙二は率直な疑問を口に出した。
「いいよ、いいよ。ところでお嬢さんたちは見たところ、修学旅行中の学生かな?」
彼女たちは、頷く。
「ふむ。教えてくれてありがとう。では、
目の前の二人を見て、やっぱり修学旅行の学生だったか、と変に納得した芙二は売店へ向かうためにそのまま進む。
「あ、あの! ちょっと待ってください!」
空色ツインテール髪の女学生に呼び止められる。アキ、と呼ばれた女学生は、彼女のブレザーの裾を掴み、何か言いたげに首を横に振るように見えた。
「どうかしましたか?」
空色ツインテール髪の女学生は、何か言いたそうにするが言葉が続かない様子。芙二は静かに彼女たちを見つめる。三分の逡巡の末、アキが口を開いた。
「実は私たちは迷子なんです。携帯も地図もなくて。それで、ケイはお兄さんに助けてほしい、と言おうとした……と思います」
空色ツインテール髪の女学生――ケイは目尻に涙を溜めて、頷いた。寄り添うケイとアキを見ながら、考える。彼女たちの不安を少しでも取り除く方法を。
「巨大とも言えるテーマパーク内で携帯もない地図もない、となったら心細いか。それに修学旅行の学生だもんな、お嬢さんたち。あ、迷子センターとか係の人に言ってみたんか?」
芙二の言葉を聞いた途端、ケイとアキは目を丸くさせる。そんな発想はなかった、とでも言いたげに見えた。
「ふ、それじゃあ
少しだけ口角を上げて、微笑む。芙二の仕草と言葉に彼女たちは互いの顔を見て、安心したように笑う。
「よし、まずは適当な売店とか飯屋行って腹いっぱい食うぞ! ちなみに
芙二は左右の手で二人の手を握って、繋ぎ止める。人の波に攫われて、二次被害が出ないため。奢り発言が出た時、ケイとアキの二人はその場から動かず、首を横に振る。
「ちゃんと食って、楽しむ! こういうときの非日常的体験は一生の宝となる。ちゃんと五感で味わうのだぞ、若人よ!」
ガハハ、と豪快に笑うその表情を見て、二人は俯いた。恥ずかしさからか、呆れか、それとも。
ケイとアキの手を引き、先導し売店を巡った。道中、彼女たちのクラスメイトと遭遇し、話を聞けば彼らも迷子だという。
なので、迷子な彼らも売店巡りへのメンバーに加え、非日常を存分に味わわせた。
最終的に総勢八名の所帯となり、ある売店でケイたちの学年主任と鉢合わせ、無事彼女たちを送り届けた。
一日を満喫した芙二は、左腕の時計を見る。時刻は十八時三十分。キリのいい時間だと、頷き、ホテルへ向かった。その足取りは賑やかであった。