武田(コードネーム:ブラッドオウル/作中:オウル)
筧(コードネーム:ハイラビット/作中:ラビット)
ジーク(コードネーム:キラーアント/作中:アント)
芙二(コードネーム:ストレンジ・ヴェルダー/作中:ヴェルダー)
時刻は一九○○(イチキューマルマル)。定刻通りに芙二は武田たちの居る部屋の扉を開けた。部屋の中はぼんやりと明るい。それぞれが丸椅子に腰かけており、残るは芙二だけだった。
どこか満足した様子の筧が室内へ入るよう、手招きをする。武田が芙二の顔を見て、「楽しんできたようで、なにより!」と屈託のない笑顔を見せた。
「待たせてしまい、すみません」
芙二の淡々と謝罪する姿を見て、眉を顰めたジークが鼻を鳴らす。彼なりにクールダウンできたようで、と少しだけ肩の力が抜ける。
(あのままキレっぱなしだったら、大変だったな)
内心でホッとして、椅子に腰を掛ける。芙二が座ったのを確認した後、武田は小さく咳ばらいをし、今後の活動方針を話し始めた。
その瞬間――場の空気が変わるのを肌で感じる。ただの一般人ではなく、訓練された兵隊のような、光を宿さない眼。命令に忠実で、冷酷に下す
「では、今度の活動について話す」
~~
まずオウルは、目的の再確認を行い、全員に復唱させていた。全員の意識を統一するため、他の部隊との連携ミスを抑える意味もある。
「最後はヴェルダー、君だ。君の場合は特殊だが、この作戦に関わる都合上優先順位を間違えないように」
重々しい口調で釘を刺す。ヴェルダーは頷き、他の二人に続いて復唱する。
「一つは、行方不明者リストの該当者の発見、保護。一つは、この施設の非健全運営の証拠。あと
内容にオウルやラビットは頷くなか、アントは傲慢な態度でハッ、と鼻で笑う。
「あれもやる、これもやる……海軍のお坊ちゃんはずいぶん強欲なようで。ヴェルダー、いいか? オレたちのやることは二つだけだ。おまえの仲間の事なんてハナから勘定に入っちゃいねえ」
顔に影を差し、ギロリ、と恨みのこもった目でヴェルダーを睨む。椅子から立ち上がり、ヴェルダーの前まで近づき、続けた。
あきつ丸の配った行方不明リストの束で、ヴェルダーの頭を叩きながら言う。
「あのな? おまえンとこの艦娘より、このリストに書かれている二十万人の命の方がずっと重い。そんなことより」
二人の様子を見ていたオウルとラビットだが、段々ヒートアップするアントを諫めようと割って入ろうとしたとき、ヴェルダーが立ち上がる。
「
そう静かに言った。底冷えするような威圧的な声。彼と目が合ったアントは、動けずに固まる。否、固まったのはオウルもラビットも変わりない。
「アント。アンタが言うように、
目を細め、彼はアントを見つめる。ニィっと尖がった歯を見せて不気味に笑う様子に、オウルとラビットは思わず後ずさりをした。
「はっ……はっ……」
気が付けば、異様な空気が部屋を満たす。いつにまにか、アントは浅く早い呼吸を繰り返しているのか、素早く胸が上下していた。ぼたぼた、と珠のような大粒の汗が床に落ちる。
次第に、彼の目から涙が溢れ、頬を伝う。口も半開きに、ただ涎を垂れ流した。
「もう懲りたか」
その言葉を皮切りに、ヴェルダーはアントの胸を軽く押す。外からの衝撃に、よろめきながら元居た椅子の傍へ転げる。
「はぁっ、はぁっ オレはいったい……?」
正気を取り戻したアントは、ラビットからタオルを貰い顔を雑に拭く。ヴェルダーも大人げないか、と後悔して椅子に座りなおす。
こほん、とオウルが再び咳ばらいをし、アントに注意をする。ヴェルダーへの言及は何もない。申し訳なさそうに謝るアントに、理解したように頷く。
「話が逸れたな。今後は、明後日にプラチナ会員のみが招集される場へ向かう。施設長のカブラギが登壇すると情報を得た。客に扮して、怪しまれないよう、各々行動せよ」
開かれたメモ帳を手に、オウルは続けて言う。
「人の欲望が満ちる場だ。くれぐれも足元を掬われるな」
その言葉にアントは昼間を思い出したのか、拗ねた様子で頷く。ヴェルダーとラビットは「了解した」と声を揃えて言う。
最後にオウル自身も「わしも気をつける。他人事ではないからな」と言い締める。
三人の前で軽く会釈をすると、重々しい態度から一転。
「以上、これにて解散。これからは一般人に扮してくれ。くれぐれもコードネームで呼び合ったり、そう取られても仕方ない行動は慎むように」
パン、と手を叩く。その後の武田は姿勢の低い一般人のように、筧へ話しかける。
ジークはぶっきらぼうに一人で部屋を後にする。ヴェルダーもとい芙二はコキコキ、と関節を鳴らし、二人へ夜の挨拶をして部屋を去る。
~~
適当にホテルの夕食も済ませ、軽くシャワーに入り、一日の汗を流す。部屋の中で派手なスーツから薄い青色のワイシャツに、白い長ズボン、黒い色の靴を取り出して着替える。
今夜は肌寒いとフロントマンが噂していたのを思い出し、茶色のコートを肩にかけて外へ出た。芙二は出て早々、コートを羽織った事が正解だと感じた。九月の半ばにしては、妙に寒い。
「これは肌寒いというレベルじゃないな」
冷たい風、雲一つない星空。澄んだ空気。一息吸うごとに芙二は、前世での記憶を思い出す。山梨の祖母の家。家を出るまでの年の瀬、兄や妹たちと連れられて来ていた。
今思えば、ああいう場所があったから自分は外道に堕ちて尚、胸に温かなものが残ったのだと悟る。決断したことをどう思われていたのか、なんてことは既にどうでもいい。
(あっちに
目的地を決めず、適当に散歩を行う。腕時計の針は二十二時を指す。あれだけいた人の群れは嘘のように無い。ぼんやりと外灯が照らす、道で夜景を見に訪れるカップル数組とすれ違う。
互いの手を恋人繋ぎで繋ぎ、甘い愛を囁きながら歩く組。スマホのライトで特大のパンフレットを照らし、次の目的地を話し合う組。白鳥のカチューシャやグッズを手に、記念撮影を行う組。
「ケイやアキたちにもそういうグッズ買ってやればよかったか」
昼間、迷子の修学旅行生と共に売店を巡ったことを思い出す。だが、彼女たちとの会話の中で四泊五日の二日目ということを思い出した。
そのことを元にひとつ思いつく。逆に自分が余計なことをしなくてよかった、ということ。
(学友とはしゃぎながら、買い物をした方がよっぽどいい)
適当に見つけた自動販売機の前に立ち止まる。財布から小銭を取りだし、入れた。
適当に選び、ボタンを押す。商品が落ちる音がした。
芙二はしゃがみ込み、青いラベルのペットボトルを手に再び歩き始める。
しばらく歩き、昼間に腰を下ろした長椅子を見つけ、再び座る。ペットボトルの蓋を捻って開けた、直後に一口だけ飲む。
(さて、全員無事であることを祈りつつ、確認しますか)
芙二はコートの内側に手を入れ、虚空と繋げてタブレット端末を取りだす。提督だった頃に、艦娘の練度や状態を確認していた名残で持ち歩くようにしている。
干渉する能力でタブレット端末を改造し、練度や状態の他に魂の記録まで確認できるようにしていた。本人には許可を取っていないGPSのようなもの。
艦娘をひとり、ひとり見ていく。誰も消失していないことを祈るばかりだ。
「……全員の生存確認。まだ手を出されていない、か」
タブレット端末の電源を落として、コート裏の虚空へ仕舞って項垂れる。あのとき、織間の手を取ったことを後悔する念が湧きだす。
自分を信じてくれた者を助け出せずにいる、ことを責める声が聞こえる。目蓋の裏にはキメラのような深海棲艦とまるゆの姿がこびりついていた。
(みんな、絶対に生き残っていてくれ。
後悔の念を押しつぶし、ペットボトルの残りを一気に飲みきる。昼には見えなかったが、すぐ近くにくずかごが目に入った。空のペットボトルをそこめがけて放り投げ、入ったことを目視する。
芙二は長椅子から立ち上がり、ホテルの自室へ戻るために来た道を辿るのだった。