とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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※今回は少し長めです。ご了承ください。
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2章 5話『(わらべ)の頃』

 

 アミューズメントパーク滞在二日目 七時〇二分 ホテルの自室にて。

 

 既に起床していた芙二は、身支度を整え、部屋の外へ出る。同室のジークはまだ寝ており、いびきを搔いていた。彼を起こさないよう、気配や音を遮断しての行動を心がける。

 

 朝食はビュッフェ形式らしいが、今日は一人で済ませるつもりだった。

 

(今日は何をしようか。せっかくだから、屋内の遊技場を手当たり次第に)

 

 昨日の昼間に見た特大のパンフレットの内容を思い出しながら、廊下を歩く。ゲームセンター、カラオケ、ボウリング、釣り、ダーツ、バスケットボール、フットサル、賭博。

 

(って、賭博はダメだろ、法に触れないのか? ゲーセンはどの店舗でも同じようなもんか)

 

 規模が違うだけだ、とひとりごちた。廊下の窓から外が見える。海か、はたまた大きな湖か。向こう岸が見えないほど雄大な水平線に心奪われ、立ち止まる。

 

「みんな、元気にしているかな」

 

 とても小さな声で呟いた。セーフハウスや東第三鎮守府での日々を、何事もなく過ごしていることを切に願う。

 

 視線の先にある、水場へ一直線に飛び込もうと考えた、そのとき。

 

「みんな、と言うのはご実家の方たちですか?」

 

 左側から女性の声が聞こえてきた。ゆっくり、声のする方へ向く。そこには昼間頃、手当をした満月色の髪の女性がおり、芙二と目が合うや否や微笑み、会釈をする。

 

「あっおはようございます。そのようなものです。遥か、遠い所から来ていますから」

 

 芙二も女性へ会釈をして、再び窓へ視線を戻し、遠くを見るように話した。

 

「そうなのですね。そういえば、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか? 私はリネ、と申します。私服従業員のようなものです」

 

 リネの自己紹介を聞いた芙二は、ありのままを話さず、偽名を名乗る。コードネームなど以ての外であるが。

 

(オレ)はレンジ。今月入社の社会人で、ここへは先輩社員と休暇で訪れている」

 

 うっかり嘘が出た。しかし特殊部隊の人間だ、なんて話せるわけもない。

 リネは相槌を打ちながら、

 

「そうなのですね。今日も昨日一緒に居た方たちと回られるのですか?」

 

 と、芙二に聞く。その言葉に対し、首を横に振る。

 

「いいや、今日は(オレ)一人で散策コースの予定だ。先輩社員方は、あの長蛇列のアトラクションへ乗ると話していたし」

 

 昨日の様子を思い出しつつ、口に出す。あの特大のパンフレットを眺めている大人二人の姿はまるで、(わらべ)の頃に帰ったみたいであった。

 

 芙二が話しているあいだ、リネは何かを考え込むように唸る。

 

「何かあったのか? (オレ)でよければ、話を聞くが……ここではなんだ、一息つけそうな場所へ移動しないか?」

 

 リネに対し、ひとつの提案をする。その言葉を聞いてリネは、ハッとした表情をし、一言謝罪を口にした。

 

「やめてくれ、別に謝ってほしいわけじゃない。それで、(オレ)の提案を受けるのか?」

 

 ぺこぺこと頭を下げるリネは一瞬だけ迷う素振りを見せたあと、

 

「すみません、レンジさんの提案をお受けすることはできません」

 

 芙二の提案をきっぱり断る。しかし続けて、二の句を継ぐ。

 

「ですが、私もその散策にお付き合いさせていただくことはできますか?」

 

 芙二の顔を見ながら、ねだるような態度で物申す。芙二は了承し、頷く。

 

「ふふ、ありがとうございます。では、九時二十分頃に一階のエントランスでお待ちしております」

 

 約束を取り付け、足早に廊下の奥へ消えていく。彼女の姿は消えたことを見届け、芙二は朝の散歩に繰り出すのだった。

 

 

~~

 

 

 同日 九時二十分 ホテルのエントランスにて。

 

 芙二は昨日と同じような服装をする。流石に下着や中のTシャツは違う。いつもより、ほんの少しだけ意識をして、滅多に使わない香水を首筋へかけた。

 

 芙二はリネとの約束時間を厳守するため、ちょうどに到着した。昨日ほどではないが、観光客はそれなりにおり、リネを探すのに手間取ると直感する。

 

(これはまずいか?)

 

 ごった返す直前のエントランス。観光客よりも学生が列を成している姿が目に付く。

 その中で試しに、

 

「リネさん! どこにいる?! 聞こえたら、手を上げて!」

 

 と彼女を呼ぶが人混みの喧騒に掻き消される。

 ロビーから外へ流れ込むように、出てきては突っ立っている芙二を障害物を見るような目でチラ見していく人たち。

 

(このままじゃ埒が明かねえな)

 

 深呼吸を何度か繰り返し、少々苛立つ自身を鎮める。そして息を大きく吸い込み、叫び声のような声量でリネを呼ぼうと決めた。

 

(……いくぞ)

 

 いよいよと、叫ぶ直前に芙二の背を誰かが小突く。しかも何度も連続して。注意が、視線が背後の誰かに向く。

 

 口を閉じ、後ろを振り向くとそこには――いたずらっ子のような表情をしたリネがいた。

 

「レンジさん、こんなところで突っ立ってどうかしたんですか?」

 

 くすくす、と笑う彼女を見てぽつりと一言が漏れる。

 

「ちょうどリネさんを探そうとしてました」

 

 素直に話す。少し早く来てしまい、もしかしたら待たせているかも、と内心を吐く。気恥ずかしそうな芙二を見たリネは声を上げて笑い、彼女のツボに入ったのかお腹を抱える。

 

「あっはっはっは! ふふ……レンジさんって真面目な方なんですね。私も少しだけ遅れてしまいましたが、まさかそんなに」

 

 続きを話そうにも、リネは思い出し笑いをし、芙二から顔を背ける。派手な見た目をした、如何にもな男性のギャップにやられていた。

 

「あんまり笑わないでくれ。唯一の長所なんだ」

 

 頬を掻き、いじけるように目線を泳がせる。いつのまにか、芙二とリネを避けるように、周囲の人は動くようになっていた。

 

 周囲を見渡すと、眉を八の字にした人たちがなにやら頷く。芙二はその行いを、カップルを生温かく見守る視線だと判断する。お腹を抱えて笑うリネの片手を取り、雑に場から去った。

 

「ちょ、ちょっと! もしかして怒ってるんですか?」

 

 見当違いなことを言い始めるリネを見て、周囲の反応を話した。彼女は目尻に溜まった雫を、そっと手で拭う。だが、気にする様子はなく、口元を手で覆い微笑む。

 

「え~? それはいいことじゃないですか? レンジさんみたいな、誠実で真面目そうな方とカップルに見られているんです。変な虫は寄り付かないと思いますし」

 

 言葉の最後、リネは僅かに視線を逸らした。彼女の言葉を聞き、芙二も胸を張って相槌を打つ。

 

(オレ)の格好を見て、たいていの人間は寄り付くまい。どうだろうか、エスコートでもしてみせようか?」

 

 パチリ、とウィンクをして、手を差し伸べる。リネはレンジという男がウィンクした瞬間、彼の目元から星を見たと錯覚を覚えた。

 

「せっかくのお誘いですが、すみません。このまま、気楽に遊びましょう」

 

 リネは目を細めて、そう言うと芙二の手を引いて、アミューズメントパークの屋内の方へ案内する。芙二は彼女に手を握られ、足早にエントランスを去る。

 

 それを見ていたひとりを除いて。

 

 

~~

 

 

 十時二十分 屋内 ファンシーランドにて。

 

  リネと共にファンシーランドと言う名のゲームコーナーに来た。大きめの自動扉の奥は完全な別世界。少し広めの受付があり、そこから各フロアへの手続きを行うようだ。

 

「レンジさん、どうします? カラオケやボウリングもあるようですけど……それともバスケや卓球のような運動もしますか?」

 

 リネの問いに、芙二は考える。いつ緊急招集が入っても、おかしくないという事。その点を踏まえて、彼女へ話しかけた。

 

「リネさん。(オレ)、カラオケとボウリングをした後に、メダルゲームとクレーンゲームをしたい」

 

 芙二の要望を聞きながら、リネは頷く。彼女はズボンのポケットから水色の手帳を取り出し、頁を捲っては何かを確認している。

 

 水色の手帳を仕舞い、リネは眉間に皺を寄せて唸る。二分ほど皺を寄せていたが、急に芙二を見上げて、小さい子供に言い聞かせるような口調で言う。

 

「う~ん……全部は難しそう。その中だと、レンジくんはなにを一番したいの? リネ()()()()()()に、聞かせて?」

 

 まるで歳の離れた弟妹へ要件を聞くような、優しい声に芙二は戸惑う。

 

「は……、え? リネさん、どうかした? 新手の精神汚染か?」

 

 思ったことが口をついて出る。芙二は、途端に「やってしまった」と口を閉じた。

 

「え? ……あ! ご、ごめんなさい! 急に変なことしてしまって……。私は一人っ子のはずなのに、たまにそんな事が無意識に起きてしまって」

 

 顔や耳を林檎のように赤くさせたリネは、その場に蹲る。彼女が急に大声を上げたせいか、周囲の人間の視線が嫌というほど刺さる。

 

 芙二はしゃがみ、彼女の耳元で言う。

 

「リネさん、とりあえず適当な休憩スペースへ移動しましょ」

 

 立ち上がるリネに対し、

「きっと職業病というやつですよ」そう彼女を励まし、今度は芙二が手を引いて歩き回る。

 

 施設内は様々なゲームの音や喧騒が入り混じる。屋内の空気には、喜怒哀楽が溶け込んでいるようだった。

 

 すれ違う人々は老若男女問わず幸福に満ちた顔をしていた。

 

(これも深海棲艦から民を護る結果なのか。ふふ、どんどんこういう人たちを作っていくぞ)

 

 クレーンゲームの区画へ芙二たちは足を踏み入れる。団地、と呼ぶには語弊があるかもしれない。ただそう思わせるほど、整列された様々な景品を収納したゲーム機が並ぶ。

 

「あ! レンジさん! あの白いウサギのぬいぐるみがほしい! 取れる?」

 

 隣にいるリネが指差す先には、巨大な二頭身ウサギのぬいぐるみ。芙二は、子供の記憶(前世)を思い出しながら、財布からコインを取りだして投入する。

 

「うし、やってみっか」

 

 芙二の隣でリネが子供のようにはしゃぐ。コインを数枚投入しても、なかなか取れない。そこで少し気合を入れる為に、彼女にスーツを預ける。

 

 青白いTシャツに、黒いズボンと革靴。髪型と表情も相まって完全にアチラの世界の人間が必死にクレーンゲームのぬいぐるみを取っている姿は目立った。

 

「やった! やった! レンジさん、ありがとう! これ、大事にするね!」

 

 ぴょんぴょん、と飛び跳ねる姿を見て、芙二は自然と口角が上がる。

 白鳥と黒鳥がプリントされた、ビニール袋の中に白いウサギのぬいぐるみを入れる。それを大事そうに抱き締める姿に芙二は満足気に笑う。

 

「リネさんに喜んで貰えて、よかった」

 

 彼女からスーツを受け取り、羽織る。皺を伸ばし、ボタンを留めた。

 

 芙二はスーツの懐からスマホを取りだし、時間を確認した。現在の時刻は十一時三十八分。そろそろお昼どき。リネを飯に誘おうとしたとき、

 

「そういえば今日、ゲリラヒーローショーがあるって聞きました。後で見に行きませんか?」

 

 と、提案される。今隣にいるリネの瞳は、輝いて見える。

 

 ゲリラヒーローショー、と少し聞きなれない単語に戸惑いつつも子供向けのイベントだろう、と納得させる。

 

 彼女からの提案を受けようと考えたときに、ヴー、ヴー、とスマホが振動する。

 

リネに、

「すまない、今先輩からメールが来た」そう伝えて操作をしていく。

 

『イチゴーマルマル 観覧車前集合 時間厳守』

 

 手短な招集のメールが入り、芙二は武田へ「了解です」と返信をする。

 

「お待たせ。そろそろお昼に行かない?」

 

 芙二の言葉にリネは頷く。だが、巨大なウサギのぬいぐるみを気にしている風に見え、続けて伝えた。

 

「広めの席を確保しよう。食事代は(オレ)が持つから気にしなくていい」

 

 リネはぬいぐるみの入った袋を抱えながら、首を横に振る。

 その様子に笑って、

 

「これも何かの縁。存分に楽しもうか」

 

 と楽し気に言う。再び目を丸くしたリネだが、すぐに正気に戻り感謝を伝えた。彼女は肩にぬいぐるみの入った袋をかけ、芙二と共に飲食店への道を歩き始めた。

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