とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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2章 9話『演目の外側』

 白い部屋。

 どこでもない場所。

 舞台袖のさらに裏。

 

 机を挟んで二人が座っている。

 

 一人はスーツ姿の男。

 もう一人は仮面を外したブラックスワン。

 

 彼女は髪を掻き上げ、小さく溜息を吐く。

 

「今回も盛況でしたね」

 

 スーツの男が淡々と告げる。

 

 ブラックスワンは仮面を机に置いたまま、答えない。

 

「死者は三体。処理班が回収済みです。例の男も、予定通り」

 

 その言葉にブラックスワンは頷く。

 

「……予定通り、ね」

 

 スーツの男はただ事実を言う。

 

「正義は勝ちました。観客満足度も高い」

 

 タブレット端末に表示された、アンケートの結果を指さす。

 

「観客は何を見たの?」

 

 彼女の問いに、男は笑う。

 

「見たいものを」

 

「違う」

 

 ブラックスワンは机に指を叩く。

 

「見せられたものを、見たいものだと思わされただけ」

 

 沈黙。

 

「悪は滅びる。そういう筋書きにしたのは、あなたたちだ」

 

 スーツの男を見つめる。

 

「それが秩序」

 

「秩序?」

 

 彼女は乾いた笑いを漏らす。

 

「私たちに役を与えて、殺して、拍手を浴びせて、秩序?」

 

 だが男は一切揺れない。

 

「彼らは”悪”として生まれた」

 

 ブラックスワンは首を横に振る。

 

「……違う。悪に“された”」

 

 少し間。

 男は資料をめくる。

 

「あなたは正義側です。立場を忘れないでいただきたい」

 

 資料をファイルの中へ仕舞う。

 

「立場?」

 

 彼女は立ち上がる。

 

「私も、次に役が変われば処分されるのに?」

 

 男は沈黙。

 

「正義も悪も、ただの配役。でも観客は知らない。本物の悪が誰なのか」

 

 ブラックスワンの言葉に、男の眉がぴくりと動く。

 

「それ以上は」

 

「ねえ」

 

 ブラックスワンは仮面を持ち上げる。

 

「私たちはヒーローなの?  それとも屠殺人?」

 

 その問いに、男は答えない。

 ただ言う。

 

「次回の公演は明後日です」

 

 スーツの男の言葉に頷く。

 ブラックスワンが立ち上がり去ろうとしたとき、部屋を訪れる者がいた。

 

 

~~

 

 

「やあ。ショー、お疲れ様。ごめんね、邪魔をしちゃったかな、正義の相方(ブラックスワン)

 

 深緑色の長髪、紅い目の、黒いスーツを着た女性がブラックスワンに挨拶をした。

 

「ミライ様? 私になにか御用でしょうか」

 

 ミライと呼ばれた女性こそが、自分たちの創り手。二人いる任命者のうち、ひとり。

 突然の登場にブラックスワンは努めて冷静に、ミライへ用を問う。

 

「ブラックスワン、単刀直入に言おう」

 

 ミライの静かな一言。

 ブラックスワンの脳内にイヤな言葉が過る。

 

(もしかして、この役は終わり? いやだ、それはあんまりにも)

 

 ミライが紡ぐ言葉を待つあいだ、嫌な妄想が増す。

 

「君の相方が、そう呼んだジャバウォックはどのくらい強かった?」

 

 ”ジャバウォック”という単語。相方、ウィングスワンが勝手に命名した被害者。

 

「……あまりにも脆弱でした。しかし人間にしては、妙な感じが」

 

 記憶の糸を辿る中で感じた違和感を口にする。

 

「妙な感じ? それはなんだい?」

 

「ノータイムで盾を取りだしたり、それを小さくしてナックルダスターのようにしたり……そういうのも違和感の一つでもあります」

 

 ミライはブラックスワンの言葉に相槌を打つ。

 

「レヴィアやデザートウルフが凄惨な死を遂げたというのに」

 

 ピタリと言葉が止む。

 

「遂げたというのに? ん、どうした。青い顔をして。部屋の空調が効きすぎた?」

 

 ブラックスワンは両腕を抱いて、真っ青な顔で下唇を噛んで俯く。

 ミライの心配に感謝しつつ、ゆっくり口を開いた。

 

「一瞬だけ、ヘルムの中の表情が見えました。それは悦楽に浸る、狂気を望む者のものでした」

 

 ミライから視線を外したまま、話す。

 

「へえ、ジャバウォックの役の彼はそんなんだったんだ。でも死んじゃったよね?」

 

 ミライは映像越しに見たジャバウォックの行動を思い出す。ショーの幕引きと共に死んだことを残念に思う――ふりをした。

 

「はい。上半身に致命傷を与えました。仮に生きていたとしても、じきに失血死するかと」

 

 再びミライに顔を見て応える。真面目な表情で告げるものだから、思わず「ぷっ」と吹き出した。

 

「ミライ様!? 何か面白いことがおありでしたか?」

 

 慌てるブラックスワンを無視し、ミライはひとしきり笑う。

 

「ふふ。まったくブラックスワン、君はほんっとに真面目だ。相方を見習え――とは言わないけど、もう少し肩の力を抜いたらどうだい?」

 

 ミライはここを訪れる前に、向かったウィングスワンの部屋の光景を思い出す。

 煌びやかな装飾、何人もの美人に囲まれ、高い酒を仰ぎ、武勇伝を自慢する。

 

 正義の味方の役を与えた結果、狂人の道を歩んだ。彼をそのままにしているのは、特別な事ではない。人間のようだから、そのままにしている。

 

(欲に溺れた醜い、酷い人間そのものだ)

 

 汚れた情報を浄化するように、ミライはブラックスワンをまじまじと見つめる。

 

「な、なんですか? そんなに見つめられると困ってしまいます、ミライ様」

 

 困ったような、照れたような表情をして、ミライから視線を外す。

 いじらしい表情をするブラックスワンをからかう。

 

 更に顔を赤くして、泣き出しそうな声になったとき、黙っていたスーツの男が割って入る。

 

「ミライ様、お戯れはそこまでにお願いします。彼女はショーの疲労が抜けきっていないのです」

 

 スーツの男が毅然とした態度で申すと、ミライは「ちぇ~」と言いながらブラックスワンから数歩離れた。

 

「君のバディの言う通り、か。まあ私は聞きたいことを聞けたから、それじゃ行くね」

 

 手を振るミライに対し、彼女は頭を下げる。

 

 

~~

 

 

 

 ブラックスワンへ挨拶をし、扉へ向かう。

 ドアノブへ手を伸ばしたとき、スーツの男へひとこと。

 

「君も罪な人だね~」

 

 愉快そうに言い、そのまま部屋を後にした。

 

 スーツの男は黙り込む姿に、何か思ったブラックスワンは駆け寄り、励ます。

 

「お気遣いありがとうございます。……雑談もこのあたりで締めましょうか」

 

 素直に感謝し、ブラックスワンも微笑む。

 彼の意見に賛成するように、頷くと彼女もまた部屋を後にするのだった。

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