白い部屋。
どこでもない場所。
舞台袖のさらに裏。
机を挟んで二人が座っている。
一人はスーツ姿の男。
もう一人は仮面を外したブラックスワン。
彼女は髪を掻き上げ、小さく溜息を吐く。
「今回も盛況でしたね」
スーツの男が淡々と告げる。
ブラックスワンは仮面を机に置いたまま、答えない。
「死者は三体。処理班が回収済みです。例の男も、予定通り」
その言葉にブラックスワンは頷く。
「……予定通り、ね」
スーツの男はただ事実を言う。
「正義は勝ちました。観客満足度も高い」
タブレット端末に表示された、アンケートの結果を指さす。
「観客は何を見たの?」
彼女の問いに、男は笑う。
「見たいものを」
「違う」
ブラックスワンは机に指を叩く。
「見せられたものを、見たいものだと思わされただけ」
沈黙。
「悪は滅びる。そういう筋書きにしたのは、あなたたちだ」
スーツの男を見つめる。
「それが秩序」
「秩序?」
彼女は乾いた笑いを漏らす。
「私たちに役を与えて、殺して、拍手を浴びせて、秩序?」
だが男は一切揺れない。
「彼らは”悪”として生まれた」
ブラックスワンは首を横に振る。
「……違う。悪に“された”」
少し間。
男は資料をめくる。
「あなたは正義側です。立場を忘れないでいただきたい」
資料をファイルの中へ仕舞う。
「立場?」
彼女は立ち上がる。
「私も、次に役が変われば処分されるのに?」
男は沈黙。
「正義も悪も、ただの配役。でも観客は知らない。本物の悪が誰なのか」
ブラックスワンの言葉に、男の眉がぴくりと動く。
「それ以上は」
「ねえ」
ブラックスワンは仮面を持ち上げる。
「私たちはヒーローなの? それとも屠殺人?」
その問いに、男は答えない。
ただ言う。
「次回の公演は明後日です」
スーツの男の言葉に頷く。
ブラックスワンが立ち上がり去ろうとしたとき、部屋を訪れる者がいた。
~~
「やあ。ショー、お疲れ様。ごめんね、邪魔をしちゃったかな、
深緑色の長髪、紅い目の、黒いスーツを着た女性がブラックスワンに挨拶をした。
「ミライ様? 私になにか御用でしょうか」
ミライと呼ばれた女性こそが、自分たちの創り手。二人いる任命者のうち、ひとり。
突然の登場にブラックスワンは努めて冷静に、ミライへ用を問う。
「ブラックスワン、単刀直入に言おう」
ミライの静かな一言。
ブラックスワンの脳内にイヤな言葉が過る。
(もしかして、この役は終わり? いやだ、それはあんまりにも)
ミライが紡ぐ言葉を待つあいだ、嫌な妄想が増す。
「君の相方が、そう呼んだジャバウォックはどのくらい強かった?」
”ジャバウォック”という単語。相方、ウィングスワンが勝手に命名した被害者。
「……あまりにも脆弱でした。しかし人間にしては、妙な感じが」
記憶の糸を辿る中で感じた違和感を口にする。
「妙な感じ? それはなんだい?」
「ノータイムで盾を取りだしたり、それを小さくしてナックルダスターのようにしたり……そういうのも違和感の一つでもあります」
ミライはブラックスワンの言葉に相槌を打つ。
「レヴィアやデザートウルフが凄惨な死を遂げたというのに」
ピタリと言葉が止む。
「遂げたというのに? ん、どうした。青い顔をして。部屋の空調が効きすぎた?」
ブラックスワンは両腕を抱いて、真っ青な顔で下唇を噛んで俯く。
ミライの心配に感謝しつつ、ゆっくり口を開いた。
「一瞬だけ、ヘルムの中の表情が見えました。それは悦楽に浸る、狂気を望む者のものでした」
ミライから視線を外したまま、話す。
「へえ、ジャバウォックの役の彼はそんなんだったんだ。でも死んじゃったよね?」
ミライは映像越しに見たジャバウォックの行動を思い出す。ショーの幕引きと共に死んだことを残念に思う――ふりをした。
「はい。上半身に致命傷を与えました。仮に生きていたとしても、じきに失血死するかと」
再びミライに顔を見て応える。真面目な表情で告げるものだから、思わず「ぷっ」と吹き出した。
「ミライ様!? 何か面白いことがおありでしたか?」
慌てるブラックスワンを無視し、ミライはひとしきり笑う。
「ふふ。まったくブラックスワン、君はほんっとに真面目だ。相方を見習え――とは言わないけど、もう少し肩の力を抜いたらどうだい?」
ミライはここを訪れる前に、向かったウィングスワンの部屋の光景を思い出す。
煌びやかな装飾、何人もの美人に囲まれ、高い酒を仰ぎ、武勇伝を自慢する。
正義の味方の役を与えた結果、狂人の道を歩んだ。彼をそのままにしているのは、特別な事ではない。人間のようだから、そのままにしている。
(欲に溺れた醜い、酷い人間そのものだ)
汚れた情報を浄化するように、ミライはブラックスワンをまじまじと見つめる。
「な、なんですか? そんなに見つめられると困ってしまいます、ミライ様」
困ったような、照れたような表情をして、ミライから視線を外す。
いじらしい表情をするブラックスワンをからかう。
更に顔を赤くして、泣き出しそうな声になったとき、黙っていたスーツの男が割って入る。
「ミライ様、お戯れはそこまでにお願いします。彼女はショーの疲労が抜けきっていないのです」
スーツの男が毅然とした態度で申すと、ミライは「ちぇ~」と言いながらブラックスワンから数歩離れた。
「君のバディの言う通り、か。まあ私は聞きたいことを聞けたから、それじゃ行くね」
手を振るミライに対し、彼女は頭を下げる。
~~
ブラックスワンへ挨拶をし、扉へ向かう。
ドアノブへ手を伸ばしたとき、スーツの男へひとこと。
「君も罪な人だね~」
愉快そうに言い、そのまま部屋を後にした。
スーツの男は黙り込む姿に、何か思ったブラックスワンは駆け寄り、励ます。
「お気遣いありがとうございます。……雑談もこのあたりで締めましょうか」
素直に感謝し、ブラックスワンも微笑む。
彼の意見に賛成するように、頷くと彼女もまた部屋を後にするのだった。