足音が徐々に近づき、やがて人影が見えた。
薄暗い空間なのに、視界にははっきりと形が映る。
ひとりは黒いヘルムをつけ、黒い外套に身を包むブラックスワン。
その後ろには、水色のショートヘアの子供たち。
「ブラックスワンと誰だ?」
「……その傷でまだ立てるんだな、ジャバウォック」
険しい表情のブラックスワン。芙二は意識して、禍々しい覇気を解放した。二人のあいだの空気は最悪の一言に尽きる。
一触即発の事態に発展しかけたとき、彼女の後ろにいた子供のうち、一人が口を開く。
「ブラックスワンちゃん! あたしたちは喧嘩をしに来たわけじゃないでしょ!」
ぷりぷり、と怒る。ブラックスワンを指さし、子供は頬を膨らませた。
「す、すまない。ミライ様との話に彼が出てきていたものだから、つい」
彼女は申し訳なさそうにして、頬を掻く。
二人のやり取りを見て、芙二も覇気を収める。
「それで君はジャバウォックくん、でいいのか?」
ブラックスワンを叱る子供とは別の子供が、芙二に聞く。
仮称を呼ばれ、声の方へ視線を落とす。
「レヴィアと同じ顔? ――っと、そうじゃないな。
芙二の自己紹介に、水色ショートヘアの子供は首を傾げて言う。
「君の名前はストレンジ・ヴェルダーだと思っていたが、そうじゃないようだ。訂正しておかなければならないな」
子供の発言を前に、芙二の警戒心は最高に達した。一度、収めた覇気を放出して、その身に纏わせる。
(おいおい、
子供から数歩下がり、発言次第で行動できるように警戒を怠らない。問題は数ではない。情報が伝達されることを気に掛ける。
「そんなに警戒しなくたって取って食ったりしないよ。……君は、だがね」
一拍開けたのちの、不穏な物言い。
「表で
空気が張り詰めていく。不穏な空気を察知した、臨戦態勢のブラックスワンも視界に入る。
芙二は、上着のポケットに手を入れて懐中時計を取りだした。
「懐中時計? 時計でも確認するのか?」
ブラックスワンの反応は、至極当然の反応。
水色ショートヘアの子供たちも同様の反応を示す。
「ブラックスワン、発言に気をつけろ」
芙二はいつでも懐中時計のスイッチを押せるよう、指を置いた。
「今の
共にショーを、戦闘を楽しんだ者への最後の忠告。その発言にブラックスワンの喉が、ごくりと音を鳴らす。
懐中時計のスイッチを押そうと、したとき。
「あなたも! おっぱじめようとしない! あたしたちは、レヴィアちゃんの回収に来ただけ!」
その言葉と共に勢いよく頭を叩かれる。体勢を崩し、拍子に衝撃で手から離れ、懐中時計が音を立てて転がった。
「まったく、人間ってすぐに怒ったりして……忍耐ってものがないの?」
呆れたようにそう言う。
芙二の頭を叩いた子供が懐中時計を拾い、そのまま手渡す。
「ありがとう。それで」
「あたしの名前はロン。幻獣型クローンのロン。あなたの知りたいことはこれでしょ?」
芙二の顔を見て、にっこりと笑う。続けて、「よろしくね~」とお辞儀までした。
「呑気に敵に対して、名前を名乗るやつがあるか! 今すぐそこから離れろ!」
ロンの発言に対し、血相を変えたブラックスワンが叫ぶ。
「これはご丁寧にどうも。
丁寧なロンに笑いかける。彼女も笑顔のまま、同じ顔の子供へ手招きをする。
「ロン、君ってやつは……こほん。レンジ、私はリヴァイ。ロンと同じく幻獣型のクローンだ」
ロンの様子に溜息を洩らし、招かれた者はリヴァイと名乗る。芙二の反応を他に、隣にいるロンの額にデコピンをくらわせていた。
「私も特に君をどうこうしようというわけじゃない。だから、勘違いしないでほしい」
「……分かった。そういえば、レヴィアを回収に来たって言ってたよな? それはどういうことだ?」
疑問を口にする。芙二の考えでは、埋葬を想定していた。しかし、思いもよらない言葉が返ってくる。
「食べるんだ。彼女の死体を」
リヴァイの言葉に目を丸くさせる。
「へえ? その行為に意味はあるのか? 食事の意味以外で」
自分の知らない価値観に興味が出てしまい、追考する。
「弔いの意味がある。我々は、人々の幻想から作り出される存在」
芙二は相槌を打つ。
「人々の幻想が詰まった彼女の肉を、臓腑を喰らうことで弔うと同時に生かすこともできる」
そこまで話していたとき、ブラックスワンは芙二の後ろへ向かう。レヴィアの死体を抱え、ロンと話していた。
死体の有効活用法を耳にした、芙二の口からふと考えていた言葉が出る。
「じゃあ蘇生は不要だな」
「蘇生? 彼女はもうとっくに死んでいるよ。現実が見えていないなら――」
ブラックスワンへ視線を送り、気が付いた彼女が近づこうとするのを阻止する。
「大丈夫だ。心臓を抉られて生きているとは思ってない。それに蘇生、というのはこうだ」
横たわっているジークの元まで歩く。死体の隣に胡坐を搔いて座り、準備を行う。
――と言っても、大した準備はいらない。
強いて言えば、心構えくらいだろうか?
「こっちへ来い。これが
三人へ向けて、手招きをした。
これから行うは、不可逆の確定事項。
覆らない事象を覆す行為。
本来なれば禁忌に触れそうだが、詠唱者である芙二は躊躇わない。
「≪
ジークの肉体を柔らかな明かりが包み込む。青白い肌は血色がよくなり、やがて眠っているように、吐息まで聞こえてくる。
あまりの光景に、三人は目を見開き硬直する。
「信じられない」
最初にリヴァイが口を開く。彼はジークの元へ寄り、しゃがんで胸へ耳を当てる。
「……規則的な呼吸音だ。それに温かく、心臓の鼓動まで聞こえる」
リヴァイの発言の後、他の者も彼と同じように寝息を立てるジークへ接触した。そして目を丸くして、言葉を失う。
「信じられないってのは、クローンでも人間でも共通の反応だな」
反応を面白がるように「ククク」と喉を鳴らすように笑う。
芙二はジークを背負うと、三人へ別れの挨拶をする。
「さて、
芙二は手を振りながら、適当に進む。
~~
来た道とは、反対方向へ進む者を三人は呼び止められずにいた。
ある者は、理を覆す存在の報告を考える。
またある者は、ミライへ報告しようと即決した。
最後の者は、同種の死体よりも未知の男への興味が湧いていた。