とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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3章 5話『←地上 地下→』

 九月 某日 アミューズメントパーク内にて。

 

 芙二は次の命令が下るまでの間、適当に過ごしていた。腹が減れば、腹を満たし、何か興味を引けば行動に移し、欲を満たす。

 

 そうして一日を終えた。特に仲間の情報を得るわけでもない、無駄な時間。

 もどかしさを胸に秘めたまま、眠りにつく。

 

(……朝か。と言うことは)

 

 部屋の壁に掛けてある時計を見る。時刻は五時二十分を示し、芙二は身体を起こして洗面台の方へ向かう。

 

(武田さん……いやオウルからの命令が下る日。確か集まって、会員様限定の場所へ――)

 

 などと、思考して朝の身支度を整える。眠気も飛ばし、寝ぐせも直して。

 

 部屋に戻り、ジークを起こさない様、気配も音も遮断して続きを行う。

 

 黒と青のスーツに身を包み、鏡を見ながらネクタイを締める。

 藍色の髪も掻き上げる様にオールバックへ。

 

 最後に楕円形の金縁眼鏡を掛けて、準備完了。

 あとはオウルの命令待ち。しかし芙二は苛ついた様子で「はぁ」と短く溜息を吐く。

 

「……ずっと見ているなら声をかけてくれよ、なあ。――ジーク、いや。アント」

 

 芙二の視線の先には、窓側の椅子に腰を掛け、凝視する姿があった。

 憑りつかれたように目をかっぴらき、沈黙を貫く。

 

「黙ってちゃあ分からない。文句があるなら、言えよ」

 

 ジークの方へ一歩踏み出した瞬間。

 彼の瞳孔がバツ印のように変化する。

 

「あのときのやつか、これ」

 

 以前に一瞬だけ見た、あの状態。

 夜目が効き、ジークの瞳以外の変化も理解した。

 

 肉体が徐々に膨張している点。

 もう少しで服を引き裂きそうなほど、筋肉や骨が盛り上がっていく。

 

 上半身は大きく、太く。下半身は細く強靭に。

 全身の毛が銀色に染まり、尻の辺りからは尾が見えた。

 

「これは何かまずい気がする!」

 

 ジークの変化に伴い、部屋自体が小刻みに震える。固定されていない家具は倒れ、窓は音を立てて揺れた。

 

 事態を重く見た芙二は変装を解き、龍神形態へ移行するとき――

 

「おい、いるか? 武田だ。 起きていたら扉を開けろ」

 

 そう言い、扉を叩く音が三回聞こえた。

 芙二は慌てて、応答しようとするがジークが動く。

 

「タ、ケダ……サン」

 

 名前を復唱するように、うわ言を呟く。

 のし、のしと音を立てながら扉へ近づいていく。天井に届く彼の背は徐々に縮み、伸びた毛、色も元に戻る。

 

 衣類は少しだけ伸び、そのまま扉を開けて応対した。

 

「おお、起きていたのか。感心だな!」

 

 ジークは武田と視線を合わせない。

 しかし武田は扉の奥にいる準備万端な芙二を見て、軽く室内へ入る。

 

「おっ! 芙二も準備完了じゃないか、偉いぞ! ただジーク、お前は身支度を整える時間を与えるからしてきなさい」

 

 武田が軽くジークの肩を叩くと、素っ頓狂な声を上げる。すぐに自覚したのか、見る見るうちに顔を赤く染めた。

 

「うぇ!? たた武田さん?! もうそんな時間でしたか――すすすみません! すぐに準備します!」

 

 慌てて、洗面台とシャワー室の方へ駆けこむ。勢いのある水の音を耳にしながら、武田と芙二は談笑を始めた。

 

 芙二は思っていたことを率直に伝える。

 

「そろそろ、か。そういえば荷物はどうするんだ?」

 

「集合前にホテル側へ預けろ。任務を終えたら、取りに行けばいい。それか郵送してもらうように手配しよう」

 

 武田の言葉に頷く。

 すると、武田が小声でこんなことを聞いてきた。

 

「昨日確認した中に、君が蘇生を行ったという箇所があっただろう。クローンたちの反応を聞いていれば分かるのだが、凄そうだな」

 

 その言葉に、芙二は静かに笑う。

 

「機会があればお見せする。門外不出の秘術を、ね」

 

 武田は秘術、と興味深そうに頷く。

 ジークの支度が終わるまでの間、芙二と武田の談笑は続いた。

 

~~

 

「お待たせして申し訳ございませんっ!」

 

 ジークは武田の前で頭を下げる。声量は小さく、勢いは強い。ビシっと九十度、直角を維持したまま武田の言葉を待っていた。

 

「うむ、よかろう」

 

 武田が発した言葉はジークの姿勢を戻すには十分だった。

 その後、小さく咳ばらいし、二人へ命令を下す。

 

「マルキュウ……イチゴーくらいか。ホテルのエントランスへ集合だ。荷物は預け、プラチナ会員証だけ持ってこい」

 

 武田の言葉にふたりは頷く。

 彼らの様子を見て、武田は「時間厳守だ。遅れるなよ」そう告げる。

 

 武田は部屋を後にし、残った二人は預ける荷物を選別し始めた。

 

 特に会話はなく、荷物はまとめ終わる。

 武田との談笑で荷物をどこに預ければいいか、知っていた。なんとなくジークに教えるが、彼は眉間に皺を寄せつつも感謝を口にする。

 

 荷物を預ける時、ホテルの人間は芙二の荷物の少なさに目を丸くさせた。

 

~~

 

 マルキュウイチゴー エントランスにて。

 

 一昨日と打って変わり、今日のエントランスは人が少ない。修学旅行生もおらず、かといってカップルや親子連れもほとんどいない。

 

 集合時間に間に合うように向かった二人を迎えたのは、武田。

 隣には初日と同じ格好の筧もいた。

 

「素晴らしい。時間通りだな」

 

 規律を守る姿勢に感心、と言うように頷く。

 筧が分かりやすく咳ばらいをする。

 

「すまんすまん。いいか、続けて一般人に扮するようにしろ。そしてカブラギの挨拶を終えたら、一度集まろう」

 

 武田の一言にジークは頷く。

 ジークの目は輝き、今朝とは別人であった。

 

(やっぱりコイツ、なんか変だ)

 

 違和感を探っていると、筧が声を掛ける。

 

「どうしたんだい、眉間に皺を寄せて」

 

 すぐに筧の方を向いて、口を開く。

 

「本格的に事にあたるんだなって思ったら、寒気が」

 

 つらつらと嘘が出る。

 芙二の言葉を聞いてか、筧は微笑む。

 

「芙二はほんっとうに真面目なんだから~……一般人に扮する必要があるんだから、肩の力を抜いて、もっと気楽に気楽に」

 

 そう言いながら、芙二の背を軽く叩く。

 二人の様子に武田とジークが声を掛ける。

 

「筧の言う事は最もだが、切り替えも必要だ」

「……まあ背中くらいなら守ってやるよ」

 

 芙二は二人を見ながら、感謝を口にした。

 武田と筧は互いに頷き合う。

 

(アンタらが致命傷を負ったとしても、必ず生きて返すぞ)

 

 決して言葉に出せない呪い。

 重要参考人の疑いを掛けられている今、余計なものを増やしたくない。

 

 和気あいあいとしていく中で、武田は出発だと言わんばかりに足を進める。

 

――ホテルの中へ。

 

 それに目を丸くさせる芙二。

 ジークと筧は武田についていき、出遅れた芙二も駆け足で向かう。

 

「これを頼みたい」

 

 武田はホテルの受付に、プラチナ会員証を見せる。

 フロントマンは、受け取った会員証を機械へ通していく。

 

 プーッという音と共に”clear”と表示されると武田に会員証を返す。

 

「ほら、お前たちも早くしなさい」

 

 武田に促されるまま、受付に会員証を渡す。

 機械音と”clear”の表示を見るとそれぞれに会員証を返した。

 

「お客様、どうぞこちらに」

 

 声の方を向くと、マスカレードマスクを着けた、黒いスーツのスタッフが二名立っていた。

 

 武田と共にスタッフの方へ歩き、その後は彼らと共に扉の奥へ。

 

「地上では味わえない、至上の極楽をどうぞ」

 

 その一言と共に扉はゆっくりと閉じる。

 煌びやかな輝きのエスカレーターに乗り、目的地までゆるりと進む。

 

 ひとりのスタッフが先に行き、続いて武田、筧、ジークが乗る。

 芙二は何となく後ろを振り向く。

 

(ああ――……始まった)

 

 四人を挟むように、スタッフが並ぶ。

 芙二と目が合ったスタッフの表情は悦に歪み、口角が上がっていた。

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