九月 某日 アミューズメントパーク内にて。
芙二は次の命令が下るまでの間、適当に過ごしていた。腹が減れば、腹を満たし、何か興味を引けば行動に移し、欲を満たす。
そうして一日を終えた。特に仲間の情報を得るわけでもない、無駄な時間。
もどかしさを胸に秘めたまま、眠りにつく。
(……朝か。と言うことは)
部屋の壁に掛けてある時計を見る。時刻は五時二十分を示し、芙二は身体を起こして洗面台の方へ向かう。
(武田さん……いやオウルからの命令が下る日。確か集まって、会員様限定の場所へ――)
などと、思考して朝の身支度を整える。眠気も飛ばし、寝ぐせも直して。
部屋に戻り、ジークを起こさない様、気配も音も遮断して続きを行う。
黒と青のスーツに身を包み、鏡を見ながらネクタイを締める。
藍色の髪も掻き上げる様にオールバックへ。
最後に楕円形の金縁眼鏡を掛けて、準備完了。
あとはオウルの命令待ち。しかし芙二は苛ついた様子で「はぁ」と短く溜息を吐く。
「……ずっと見ているなら声をかけてくれよ、なあ。――ジーク、いや。アント」
芙二の視線の先には、窓側の椅子に腰を掛け、凝視する姿があった。
憑りつかれたように目をかっぴらき、沈黙を貫く。
「黙ってちゃあ分からない。文句があるなら、言えよ」
ジークの方へ一歩踏み出した瞬間。
彼の瞳孔がバツ印のように変化する。
「あのときのやつか、これ」
以前に一瞬だけ見た、あの状態。
夜目が効き、ジークの瞳以外の変化も理解した。
肉体が徐々に膨張している点。
もう少しで服を引き裂きそうなほど、筋肉や骨が盛り上がっていく。
上半身は大きく、太く。下半身は細く強靭に。
全身の毛が銀色に染まり、尻の辺りからは尾が見えた。
「これは何かまずい気がする!」
ジークの変化に伴い、部屋自体が小刻みに震える。固定されていない家具は倒れ、窓は音を立てて揺れた。
事態を重く見た芙二は変装を解き、龍神形態へ移行するとき――
「おい、いるか? 武田だ。 起きていたら扉を開けろ」
そう言い、扉を叩く音が三回聞こえた。
芙二は慌てて、応答しようとするがジークが動く。
「タ、ケダ……サン」
名前を復唱するように、うわ言を呟く。
のし、のしと音を立てながら扉へ近づいていく。天井に届く彼の背は徐々に縮み、伸びた毛、色も元に戻る。
衣類は少しだけ伸び、そのまま扉を開けて応対した。
「おお、起きていたのか。感心だな!」
ジークは武田と視線を合わせない。
しかし武田は扉の奥にいる準備万端な芙二を見て、軽く室内へ入る。
「おっ! 芙二も準備完了じゃないか、偉いぞ! ただジーク、お前は身支度を整える時間を与えるからしてきなさい」
武田が軽くジークの肩を叩くと、素っ頓狂な声を上げる。すぐに自覚したのか、見る見るうちに顔を赤く染めた。
「うぇ!? たた武田さん?! もうそんな時間でしたか――すすすみません! すぐに準備します!」
慌てて、洗面台とシャワー室の方へ駆けこむ。勢いのある水の音を耳にしながら、武田と芙二は談笑を始めた。
芙二は思っていたことを率直に伝える。
「そろそろ、か。そういえば荷物はどうするんだ?」
「集合前にホテル側へ預けろ。任務を終えたら、取りに行けばいい。それか郵送してもらうように手配しよう」
武田の言葉に頷く。
すると、武田が小声でこんなことを聞いてきた。
「昨日確認した中に、君が蘇生を行ったという箇所があっただろう。クローンたちの反応を聞いていれば分かるのだが、凄そうだな」
その言葉に、芙二は静かに笑う。
「機会があればお見せする。門外不出の秘術を、ね」
武田は秘術、と興味深そうに頷く。
ジークの支度が終わるまでの間、芙二と武田の談笑は続いた。
~~
「お待たせして申し訳ございませんっ!」
ジークは武田の前で頭を下げる。声量は小さく、勢いは強い。ビシっと九十度、直角を維持したまま武田の言葉を待っていた。
「うむ、よかろう」
武田が発した言葉はジークの姿勢を戻すには十分だった。
その後、小さく咳ばらいし、二人へ命令を下す。
「マルキュウ……イチゴーくらいか。ホテルのエントランスへ集合だ。荷物は預け、プラチナ会員証だけ持ってこい」
武田の言葉にふたりは頷く。
彼らの様子を見て、武田は「時間厳守だ。遅れるなよ」そう告げる。
武田は部屋を後にし、残った二人は預ける荷物を選別し始めた。
特に会話はなく、荷物はまとめ終わる。
武田との談笑で荷物をどこに預ければいいか、知っていた。なんとなくジークに教えるが、彼は眉間に皺を寄せつつも感謝を口にする。
荷物を預ける時、ホテルの人間は芙二の荷物の少なさに目を丸くさせた。
~~
マルキュウイチゴー エントランスにて。
一昨日と打って変わり、今日のエントランスは人が少ない。修学旅行生もおらず、かといってカップルや親子連れもほとんどいない。
集合時間に間に合うように向かった二人を迎えたのは、武田。
隣には初日と同じ格好の筧もいた。
「素晴らしい。時間通りだな」
規律を守る姿勢に感心、と言うように頷く。
筧が分かりやすく咳ばらいをする。
「すまんすまん。いいか、続けて一般人に扮するようにしろ。そしてカブラギの挨拶を終えたら、一度集まろう」
武田の一言にジークは頷く。
ジークの目は輝き、今朝とは別人であった。
(やっぱりコイツ、なんか変だ)
違和感を探っていると、筧が声を掛ける。
「どうしたんだい、眉間に皺を寄せて」
すぐに筧の方を向いて、口を開く。
「本格的に事にあたるんだなって思ったら、寒気が」
つらつらと嘘が出る。
芙二の言葉を聞いてか、筧は微笑む。
「芙二はほんっとうに真面目なんだから~……一般人に扮する必要があるんだから、肩の力を抜いて、もっと気楽に気楽に」
そう言いながら、芙二の背を軽く叩く。
二人の様子に武田とジークが声を掛ける。
「筧の言う事は最もだが、切り替えも必要だ」
「……まあ背中くらいなら守ってやるよ」
芙二は二人を見ながら、感謝を口にした。
武田と筧は互いに頷き合う。
(アンタらが致命傷を負ったとしても、必ず生きて返すぞ)
決して言葉に出せない呪い。
重要参考人の疑いを掛けられている今、余計なものを増やしたくない。
和気あいあいとしていく中で、武田は出発だと言わんばかりに足を進める。
――ホテルの中へ。
それに目を丸くさせる芙二。
ジークと筧は武田についていき、出遅れた芙二も駆け足で向かう。
「これを頼みたい」
武田はホテルの受付に、プラチナ会員証を見せる。
フロントマンは、受け取った会員証を機械へ通していく。
プーッという音と共に”clear”と表示されると武田に会員証を返す。
「ほら、お前たちも早くしなさい」
武田に促されるまま、受付に会員証を渡す。
機械音と”clear”の表示を見るとそれぞれに会員証を返した。
「お客様、どうぞこちらに」
声の方を向くと、マスカレードマスクを着けた、黒いスーツのスタッフが二名立っていた。
武田と共にスタッフの方へ歩き、その後は彼らと共に扉の奥へ。
「地上では味わえない、至上の極楽をどうぞ」
その一言と共に扉はゆっくりと閉じる。
煌びやかな輝きのエスカレーターに乗り、目的地までゆるりと進む。
ひとりのスタッフが先に行き、続いて武田、筧、ジークが乗る。
芙二は何となく後ろを振り向く。
(ああ――……始まった)
四人を挟むように、スタッフが並ぶ。
芙二と目が合ったスタッフの表情は悦に歪み、口角が上がっていた。