とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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3章 6話『登壇』

 

 地下とは思えない熱気が、肌に纏わりついた。

 シャンデリアの光、スポットライト、薄布をまとったスタッフの声。すべてが混ざり合って、ひとつの甘い毒になっていた。

 

 賭博台はひときわ明るく照らされ、その周囲には軍属の艦娘、深海棲艦、端正な顔立ちの男女が並ぶ。にこやかに、まるで何も知らないように笑いながら。

 

 武田たちはスタッフに案内されるまま、席へと向かっていく。

 芙二だけが、その場に立ち止まった。

 

(おかしい)

 

 視線を動かす。艦娘が、いる。しかも一人ではない。

 この世界の理として、ひとつの泊地に同じ艦娘は生まれない。それが覆るとすれば——攫われてきたか、作られたか。

 

 次に深海棲艦へ目を向ける。鹵獲が難しい相手が、スタッフとして立っている。隷属させられているように見えた。笑顔の形をしているが、目が笑っていない。

 

(ここは、海軍のルールが届かない場所だ)

 

 芙二は小さく息を吐き、武田たちの後を追った。 

 

~~

 

 ある男の姿が見えたとき、賑やかな会場は静まり返る。

 皆が口を閉ざして男を目で追う。武田たちも例外ではない。

 

 ――彼らにとっては、目的が現れたのだから。

 

 この施設のCMも他の企業の宣伝も一度止まった。

 

 その中で、芙二だけは席に着いておらず、深海棲艦や艦娘のスタッフへ話しかける。

 

「これから何が起きるんだ?」

 

 深海棲艦は芙二を見ずに、カブラギの方を見る。

 

「ここの施設長であるカブラギ様が、挨拶をします」

 

 胸を持ち上げるように、腕を組んで答える。 傍にいた者共は、施設長よりも彼女の仕草の方が気になる様子。

 

「へえ」

 

 芙二は頷き、再び彼女の方へ視線を向ける。

 対して、微笑みを向ける彼女の表情は固定されているように見えた。

 

(どういう手品で彼女らを隷属させているんだか)

 

 深海棲艦は艦娘とは異なり、人間に対して危害を加えないようにするセーフティがない。

 

「海に戻りたいか」

 

 元々の故郷、いや戦場へ戻る意思を問う。

 しかし彼女は目を細めたまま、

 

「言っていることが理解できません」

 

 そう返す。

 機械的な言葉に、芙二も目を細める。

 

「いいや、忘れてくれ。あんたらを見ていたら、ふと思い出してな」

 

 そう言いながら、深海棲艦のスタッフの頭を撫でた。

 

「お客様はスキンシップをお望みですか?」

 

 スタッフは芙二から目線を逸らし、気まずそうに言う。青白い頬が、ほんのり紅に染まる。

 

「いや望まない。今のこれは……そうだな、感謝のお礼みたいなもんだ」

 

 空いた指で頬を掻き、スタッフの頭から手を離す。

 

「お礼、ですか? ワタシはまだ何も出来ていませんよ」

 

 虚ろな瞳のまま、きょとんとして言う。

 その言葉に芙二は首を横に振る。

 

「会話の中で答えは得たからな。今からは適当に雑談でもしながら――」

 

 スタッフの肩を抱き、前を見た。

 触られ慣れているのか、特に抵抗なく従う。

 

「施設長の挨拶とやらを聞こうじゃないか」

 

 カブラギの登壇。

 拍手もまばらになる頃、

 

「あー、あー。マイクテスト、マイクテスト」

 

 黒いスーツ、メガネを掛けた、背の低い老人がマイクテストを行う。

 ぱちぱちと疎らな拍手が起きる中、カブラギは柔らかく微笑む。

 

「皆さん、今日もご来場いただきありがとうございます。私、この施設の長を務めております、カブラギと申します」

 

 深々とお辞儀をして、顔を上げる。

 

「早速ですが、皆さんに聞いてもいいですか。今日、生きていますか?」

 

 会場がざわめく。カブラギは構わず続ける。

 

「生きていますよね。だったら、楽しむ権利がある。楽しむなら、価値が生まれる。価値が生まれれば、誰かが豊かになる」

 

 一拍置いて、にっこりと笑う。

 

「それがGAPです。Gold、Alive、Paradise――金と生存と楽園。難しい話じゃない。皆さんがここで楽しむだけで、世界は少しだけ豊かになる」

 

 拍手が大きくなる。

 

「さあ、今夜も存分に楽しんでいってください。ここはそのための場所ですから」

 

 カブラギは軽く手を振り、壇を降りていく。

 

~~

 

 話半分で聞いていた芙二は、深海棲艦のスタッフたちと共に話し込んでいた。

 

(オレ)の知り合いに深海の姫が」

 

 そう言いかけた時、会場中に響き渡るフラッシュ音。

 

「うっ」

 

 あまりの光量に目がチカチカする。

 スーツの懐からサングラスを取り出し、掛けながらスタッフへ反応を問う。

 

「いや〜すごいね、フラッシュ」

 

 深海棲艦のスタッフたちは一切の言葉を発さない。

 顔を覗き込もうとした時、小さな声が聞こえた。

 

「あれは、照明弾?」

 

 フラッシュが瞬く間、深海棲艦たちは見上げ、うわ言を呟く。

 それも一人だけではなく、皆がそうであった。

 

「かん、むすを……」

「われらの……いか、りを」

「……様、お許しを」

 

 俯いて目を瞑り、きゅっと口を固く閉ざす様子に芙二も驚く。

 

(もしかして、洗脳かなにかされたのかもしれないな)

 

 その類を疑う。

 今は一時的な反応を見せている、だけ。

 

 鹵獲後に精神的な洗脳を施された、と仮説を立てる。

 

(その仮説が正しければ――)

 

 視線を周囲に向ける。

 深海棲艦だけではなく、艦娘、美男美女が目に映る。

 

 芙二と目が合うや否や、全員の視線が集中した。

 

(こいつら全員、そういうことになるな)

 

 あくまでも仮説、と考え直す。

 深海棲艦のスタッフを見ながら、再度頭を撫でる。

 

「お、お客様……?」

 

 困惑する様子を無視し、しばらく撫で続ける。深海棲艦のスタッフは、目を潤ませ、もじもじし始めたが、芙二は気にしない。

 

 十分が経つ頃、芙二を呼ぶ声を耳にする。

 

「時間か、それじゃあスタッフさん、またね」

 

 頭から手を離し、スタッフへ軽く手を振る。そして武田の方へ向かう途中、彼の後ろにはジークと筧が見えた。

 

()()()()()、ここにいたのか。少し場所を変える」

 

 小声で合図を出す。

 芙二は頷き、彼らの後をついていく。

 

 

~~

 

 

 芙二を見送った深海棲艦のスタッフの名は、空母ヲ級。彼女は、撫でられ続けた頭を軽く摩り、小さくなっていく背を見つめた。

 

(ムネやシリを触ったり、舐めたりしないお客様なんて……変なの)

 

 などと思っているとすぐに弄られる感覚を察知した。

 仮面をつけた男どもが下心を丸出しに、無遠慮に触る。

 

 鼻の下を伸ばし、荒い息遣いで群がる。女体を、柔らかい肉を、触られることは何も感じない――はずだったのに。

 

(なんでココがチクッとするんだろう)

 

 ヲ級は胸を摩る。最も乳房は男どもに吸われていたが、今のヲ級にとってはどうでもいい。

 一瞬で消える痛みの謎を抱え、いつもの仕事に戻っていく。

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