地下とは思えない熱気が、肌に纏わりついた。
シャンデリアの光、スポットライト、薄布をまとったスタッフの声。すべてが混ざり合って、ひとつの甘い毒になっていた。
賭博台はひときわ明るく照らされ、その周囲には軍属の艦娘、深海棲艦、端正な顔立ちの男女が並ぶ。にこやかに、まるで何も知らないように笑いながら。
武田たちはスタッフに案内されるまま、席へと向かっていく。
芙二だけが、その場に立ち止まった。
(おかしい)
視線を動かす。艦娘が、いる。しかも一人ではない。
この世界の理として、ひとつの泊地に同じ艦娘は生まれない。それが覆るとすれば——攫われてきたか、作られたか。
次に深海棲艦へ目を向ける。鹵獲が難しい相手が、スタッフとして立っている。隷属させられているように見えた。笑顔の形をしているが、目が笑っていない。
(ここは、海軍のルールが届かない場所だ)
芙二は小さく息を吐き、武田たちの後を追った。
~~
ある男の姿が見えたとき、賑やかな会場は静まり返る。
皆が口を閉ざして男を目で追う。武田たちも例外ではない。
――彼らにとっては、目的が現れたのだから。
この施設のCMも他の企業の宣伝も一度止まった。
その中で、芙二だけは席に着いておらず、深海棲艦や艦娘のスタッフへ話しかける。
「これから何が起きるんだ?」
深海棲艦は芙二を見ずに、カブラギの方を見る。
「ここの施設長であるカブラギ様が、挨拶をします」
胸を持ち上げるように、腕を組んで答える。 傍にいた者共は、施設長よりも彼女の仕草の方が気になる様子。
「へえ」
芙二は頷き、再び彼女の方へ視線を向ける。
対して、微笑みを向ける彼女の表情は固定されているように見えた。
(どういう手品で彼女らを隷属させているんだか)
深海棲艦は艦娘とは異なり、人間に対して危害を加えないようにするセーフティがない。
「海に戻りたいか」
元々の故郷、いや戦場へ戻る意思を問う。
しかし彼女は目を細めたまま、
「言っていることが理解できません」
そう返す。
機械的な言葉に、芙二も目を細める。
「いいや、忘れてくれ。あんたらを見ていたら、ふと思い出してな」
そう言いながら、深海棲艦のスタッフの頭を撫でた。
「お客様はスキンシップをお望みですか?」
スタッフは芙二から目線を逸らし、気まずそうに言う。青白い頬が、ほんのり紅に染まる。
「いや望まない。今のこれは……そうだな、感謝のお礼みたいなもんだ」
空いた指で頬を掻き、スタッフの頭から手を離す。
「お礼、ですか? ワタシはまだ何も出来ていませんよ」
虚ろな瞳のまま、きょとんとして言う。
その言葉に芙二は首を横に振る。
「会話の中で答えは得たからな。今からは適当に雑談でもしながら――」
スタッフの肩を抱き、前を見た。
触られ慣れているのか、特に抵抗なく従う。
「施設長の挨拶とやらを聞こうじゃないか」
カブラギの登壇。
拍手もまばらになる頃、
「あー、あー。マイクテスト、マイクテスト」
黒いスーツ、メガネを掛けた、背の低い老人がマイクテストを行う。
ぱちぱちと疎らな拍手が起きる中、カブラギは柔らかく微笑む。
「皆さん、今日もご来場いただきありがとうございます。私、この施設の長を務めております、カブラギと申します」
深々とお辞儀をして、顔を上げる。
「早速ですが、皆さんに聞いてもいいですか。今日、生きていますか?」
会場がざわめく。カブラギは構わず続ける。
「生きていますよね。だったら、楽しむ権利がある。楽しむなら、価値が生まれる。価値が生まれれば、誰かが豊かになる」
一拍置いて、にっこりと笑う。
「それがGAPです。Gold、Alive、Paradise――金と生存と楽園。難しい話じゃない。皆さんがここで楽しむだけで、世界は少しだけ豊かになる」
拍手が大きくなる。
「さあ、今夜も存分に楽しんでいってください。ここはそのための場所ですから」
カブラギは軽く手を振り、壇を降りていく。
~~
話半分で聞いていた芙二は、深海棲艦のスタッフたちと共に話し込んでいた。
「
そう言いかけた時、会場中に響き渡るフラッシュ音。
「うっ」
あまりの光量に目がチカチカする。
スーツの懐からサングラスを取り出し、掛けながらスタッフへ反応を問う。
「いや〜すごいね、フラッシュ」
深海棲艦のスタッフたちは一切の言葉を発さない。
顔を覗き込もうとした時、小さな声が聞こえた。
「あれは、照明弾?」
フラッシュが瞬く間、深海棲艦たちは見上げ、うわ言を呟く。
それも一人だけではなく、皆がそうであった。
「かん、むすを……」
「われらの……いか、りを」
「……様、お許しを」
俯いて目を瞑り、きゅっと口を固く閉ざす様子に芙二も驚く。
(もしかして、洗脳かなにかされたのかもしれないな)
その類を疑う。
今は一時的な反応を見せている、だけ。
鹵獲後に精神的な洗脳を施された、と仮説を立てる。
(その仮説が正しければ――)
視線を周囲に向ける。
深海棲艦だけではなく、艦娘、美男美女が目に映る。
芙二と目が合うや否や、全員の視線が集中した。
(こいつら全員、そういうことになるな)
あくまでも仮説、と考え直す。
深海棲艦のスタッフを見ながら、再度頭を撫でる。
「お、お客様……?」
困惑する様子を無視し、しばらく撫で続ける。深海棲艦のスタッフは、目を潤ませ、もじもじし始めたが、芙二は気にしない。
十分が経つ頃、芙二を呼ぶ声を耳にする。
「時間か、それじゃあスタッフさん、またね」
頭から手を離し、スタッフへ軽く手を振る。そして武田の方へ向かう途中、彼の後ろにはジークと筧が見えた。
「
小声で合図を出す。
芙二は頷き、彼らの後をついていく。
~~
芙二を見送った深海棲艦のスタッフの名は、空母ヲ級。彼女は、撫でられ続けた頭を軽く摩り、小さくなっていく背を見つめた。
(ムネやシリを触ったり、舐めたりしないお客様なんて……変なの)
などと思っているとすぐに弄られる感覚を察知した。
仮面をつけた男どもが下心を丸出しに、無遠慮に触る。
鼻の下を伸ばし、荒い息遣いで群がる。女体を、柔らかい肉を、触られることは何も感じない――はずだったのに。
(なんでココがチクッとするんだろう)
ヲ級は胸を摩る。最も乳房は男どもに吸われていたが、今のヲ級にとってはどうでもいい。
一瞬で消える痛みの謎を抱え、いつもの仕事に戻っていく。