武田たちは壁側へ移動する。
「……」
ジークは何か言いたげな顔をしたまま、黙る。筧も武田も口を固く閉ざす。
カブラギの登壇のあと、静聴を終えた人々は喧騒の中へ戻っていく。
「あれが、ターゲット」
顔に影が差したジークがぽつりと呟く。
その言葉に武田は頷く。
「そうだ。今我々が得ている情報は、ただ一つ。あいつは海軍の非情派と云う派閥の統括と言う事だ」
非情派、という単語に芙二が反応した。これまで非情な行いで、因果を歪めた存在たち。
神城の後悔を、利用され堕ちた艦娘たちの涙を知っている。
「武田さん、それは――」
対フラッシュ用に掛けたサングラスを外し、
「本当か?」
針のような瞳孔、鋭い目つきで問う。
ほんの一瞬、地下賭博場から音が消えた。
「……君は時に、ジークよりも危うい時があるな」
目を細めた武田がため息を吐く。静寂となった空間で鮮明に聞こえる。
気が付けば、周囲の客からの視線を集めていた。
喧嘩をしているように見えたのか、バニー姿のスタッフが近づいてくる。
腰まで長い銀髪、露出の多い服装の立ち姿に周囲の視線は上書きされた。
「話を適当に流すぞ」
武田は小さな声でそう言う。
筧もジークも眉をひそめ、面倒そうにする。
「お客様、なにかトラブルでもございましたか」
そう尋ねてくる。
対して、にこやかに笑う武田は芙二の背を叩きながら、
「お騒がせしてすみません。こいつがスタッフをナンパしてくるというものだから、止めたんですよ。そうしたら、カッとなったみたいで」
ハハ、と笑って誤魔化そうとする。
バニー姿のスタッフはジト目で芙二を見つめた。
彼女の視線に、眉を八の字にさせ、めそめそとすすり泣く。
「……すんません」
謝罪の言葉を聞き、バニー姿のスタッフは腕を組んで唸る。
むむむ、と言いながら顔をきゅっとさせていた。
「あの、何かまずかったか?」
苦悩するスタッフを見ながら、聞いた。芙二は内心面倒だと、愚痴る。
「お客様はプラチナ会員証をお持ちですよね?」
その言葉に頷く。
「当スタッフは、秘密保持契約にサインさえしていただければお持ち帰りすることは可能です。ただナンパはお辞めください。彼女らも接待という名の仕事をしている最中ですので……」
バニー姿のスタッフの言葉を聞いて、芙二以外は口を開けて呆ける。「こいつは何を言っているんだ?」とでも言いたげに。
「彼女たちはどうやって持ち帰るんだ? 金か? それとも賭けの商品か?」
芙二は、”お持ち帰り”という行動に興味を持った。
そのシステムを用いれば、攫われた仲間を怪しまれずに連れ去ることができるだろう、と思ってのこと。
「それも可能ですが……そうですね」
問いに対し、言い淀む。
まだ他になにかあるのか、と構える。
しかしバニー姿のスタッフから発せられたのは、思いもよらない一言。
「言ってしまえば、彼女たちには人権が存在しない。存在するのは所有権だけです。誰の物であるかを示す指標。金や商品で解決、は平和的で私も好きです」
人権がない。つまり、それは人間として認められていないという事。人間以下の証明。
芙二は必死に怒りを抑える。
そんなことは露知らず、バニー姿のスタッフは話しを続ける。
「しかしここは、GAP。人々の欲望が募る魔窟。奪いたければ、奪っていいんですよ。
にこやかに笑うスタッフに恐れを抱く。
武田は先日聞いた、幻獣型クローンの話を思い出していた。
(まさか、こいつら全員――クローンかッ!?)
武田の額から汗が垂れる。
真っ黒どころではない事実に打ち震えた。
隣にいる筧やジークを見ても、同じように緊張した面持ちで固まる。
ただ芙二だけは、異なる反応を見せた。
「ふぅむ、なるほどな? それじゃ仮に目の前にいるあんたを気に入り、契約書にサインした
芙二の言葉を肯定するように、頷く。
「それじゃあ適当な娘を探すかな、夜のお相手をしてほしいし」
能天気な事を宣う。
バニー姿のスタッフはぽかんとしながら、
「てっきり私を選ぶのかと思ってしまいました」
すぐに顔を紅くさせ、頬を掻いた。もじもじとした振る舞いに、芙二が近寄る。
バニー姿のスタッフは素っ頓狂な声を出して、一歩下がる。
「う~ん、あんたは残念だけど好みじゃない。わりぃね」
じっくり顔を見つつ、そう答える。
バニー姿のスタッフは少し寂し気に、笑いながらその場を後にした。
「あはは、そうでしたか。それでは、騒ぎを起こさないよう、気をつけてくださいね」
芙二はスタッフの言葉を考え、武田たちは一言一句取りこぼさないようにメモを取っていた。
~~
バニー姿のスタッフは芙二を思い出しては、頬を手で覆う。
(うわぁ~! あんなイケメン初めて見たよぉ~……立ち振る舞いからして艦隊貴族様の誰かだったりするのかな?)
照れたように、顔を赤らめたまま仕事に戻る。
他のお客様よりも一層存在感の濃い人物に胸の高鳴りが抑えられない。
これは恋というやつではないのか、と自問自答を行う。
ただ一言。
「好みじゃない」
それだけなのに、どんな罵詈雑言よりも彼女の胸に突き刺さる。
好き嫌いで言ったのか、意図が掴めないセリフ。
(私もいつか、素敵な殿方との愛を深める未来が来るのだろうか?)
熱を帯び、蕩けた表情の顔をシャキッとさせる。
気を引き締め、いつもの日常へ足を運ぶのだった。