バニー姿のスタッフが立ち去り、武田は、
「はあ」
と面倒な表情で溜息を吐く。
眉間を摘まむ様子に芙二は謝罪の言葉を口にする。
「いや、気にしなくていい。君のおかげで着実に情報が集まっている」
武田はそう言いながら、頭を軽く掻いた。ジークと筧はメモに齟齬がないよう、二人で話し合う。
彼らを見ながら芙二は腕を組み、思考する。
(
あとは仲間を見つけるだけだ、と意気込む。――と言っても、対象の、生体情報が記載されている魔改造タブレットを操作すればいいだけのこと。
(後は反応があれば……)
むず痒い思いに駆られる。強いて言えば、これだけは不可能と言う事はある。
アイリが施したムカデキメラのように、複数の魂が融合しひとつの形として産まれている場合。
そのような悍ましい状況になっていない事だけを祈るばかり。
芙二が思考を終えるちょうど、そのとき。武田の咳ばらいを耳にした。
「私は先行組と落ち合う。そのあと指令を出す。それまでは自由行動だ。間違っても問題行動を起こすなよ。特に芙二とジーク。返事はぁ!」
二人の返事が揃う。
その様子に筧がクスリ、と笑う。「新入りと同類かよ……」と、ジークは嫌そうにするも、へそは曲げていない様子。
筧が「それくらい初々しいってことよ」そう言い、ジークの背を摩りながら謎フォローを入れていた。
一方、芙二は。
深海棲艦のスタッフから貰った地下賭博場のパンフレットを広げる。
(自由行動なんだし、色々見て回るぞ)
そこへ武田が小声で囁く。
「――見つかるといいな」
芙二は目を見開くが、すぐに細め直し頷く。
それから程なく、武田が場を離れたことにより、各々の自由行動が始まる。
~~
賭博台のひとつに、中年の男がいた。
額に汗を滲ませ、チップを握る手が震えている。
周囲の喧騒が耳に入っていないのか、ただ前だけを見ていた。
(おや? 今にも風前の灯火だな、こりゃ)
芙二はその男を、少し離れた場所から眺めた。
男の前に積まれたチップは、もうほとんど残っていない。
「フーッ! フーッ! 頼む、外れてくれるな……ッ!!」
それでも手を止めない。止められない、という方が正確か。
ディーラーが静かに告げる。
「お客様――」
男は最後のチップを台に置いた。全部だった。
結果は、あっけなかった。
「う、うそだろ!?」
イカサマもない。罠もない。ただ、運が悪かっただけ。
「ま、待ってくれ。もう一度だ、もう一度――」
呂律の回らない声で、台にしがみつく。
スタッフが静かに近づく。男は振り払おうとして、床に転がった。
「頼む、頼むよ。もうひと勝負……まだ私は負けられないんだぁあ!!」
気が狂うように暴れていた。男の周りにいた客は怯えている。これから何が始まるか、分かっているような表情。
乾いた破裂音ひとつ。空間に溶ける。
次の瞬間、静かになった。
それだけだった。
波紋のように、周囲のざわめきが広がっていく。
しかし賭博台は止まらない。次の客が、もう席についていた。
ピクリ、と動かなくなった男の身体。慣れた動作でスタッフたちが運び、掃除を行う。しかし血と硝煙の臭いは新たなスパイスとして場を盛り上げる。
(う~わ、酷い盛り上がり方だな)
死体を見て、というよりかはそういう演出。
そう捉えられていそうだな、と思いながらスタッフを呼ぶ。
すぐに飛んできたのは、先ほどのバニー姿のスタッフ。
「またお会いしましたね」
グラスを渡す、彼女の目は熱を持ち、潤む。
芙二は笑顔の彼女に対し、ただ一言。
「そうだな」
緑色のカクテルの入ったグラスに口をつけ、一口飲む。
「お味はどうですか? と~っても甘くて美味しいと思うのですが」
彼女の頬は桜色に染まり、潤む瞳でちらちらと芙二を見る。
「……甘いな、とびきりに」
カクテルを口に含んだまま、立ち上がり、バニー姿のスタッフへ口づけを行う。
芙二は再び視線を集める。だが、そんなことを気にする男ではない。
三十秒にも満たない、甘く痺れる口づけ。
ぷはっ、と互いの吐息が聞こえてくるほどの距離。
「ほら、お返しだ」
芙二は唇を指でなぞり、ハンカチで拭う。一方、バニー姿のスタッフの方は甘く痺れるような感覚に陥り、立つこともままならない。
「毒を盛る相手を間違えたな。
バニー姿のスタッフは言葉を発そうとしても、身体が痺れて叶わない。
やがて、仰向けに倒れるとまた別の意味で場が盛り上がる。
『青髪オールバックの半グレが、強引にバニーなスタッフを射止めた』
様々な声援が上がるなか、芙二はお手洗いを探しに歩き始めた。
~~
一方、警備室。
この地下賭博施設の警備たちは暇を持て余していた。なぜなら、ここには法がない。命すらチップになる場で、ただの暴動は起きない。故に退屈をしのげる出来事を望んでいた。
「ふわぁ~あ……今日も暇ですね」
出勤して、食事をして、たまにクローンを味見して、直帰する。それの繰り返し。
この施設のやっていることだけを除けば、最高の仕事とも言えるだろう。
「そう言うな。好みの女をもらった我々は、この仕事を気楽に過ごせるんだ。これ以上の至福はないだろう?」
四十代くらいの男性が、にやけながら言う。彼の隣には、若く見た目美しい女が座っており、彼の息子を慰めていた。男性は時折来る、快感に身を震わせる。
「シゲさんはいいじゃないですか、ソレがいて。私のは、あと二か月も先なんですよ」
そう言い返し、立ち上がる。
暇、と呟いた二十代くらいの男性は、飲み切った炭酸飲料水の代わりを求め、部屋に備えてある冷蔵庫へ向かう。
「おお、カクテルキスか。催眠ってのは、本当に便利だよな」
青髪オールバック、スーツを着た青年がうちのスタッフとキスをする瞬間がちょうど見えた。
音声は入ってこないが、それはそれとしてエロティシズムを感じる。
顔色を一切変えない青年と徐々に赤くなるスタッフの対比が素晴らしい、とさえ思い始めた。
そのとき、「うひっ!?」と驚いた声を上げる。
シゲさんが、「どうした~?」と場を動かずに聞く。二十代くらいの男は、見たまま説明しようとしたが思い出せない。
「なんでもないです。……少しトイレに行ってきます」
顔を青くさせ、トイレに向かっていく。
その言葉にシゲさんは、「気をつけろよ~」と言い、再び色に耽る。
(なんだ、なんなんだ、あれは!?)
スタッフとキスをしていた青髪オールバックの青年。
彼の目は――確実に”こちら”を覗いていた。
ぶるり、と大きく肩を震わせる。
何かとんでもないものが、ここへ入り込んでしまった、という気持ち悪さが消えない。