とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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3章 9話『青い血』

 賭博場が大いに盛り上がる中、芙二はお手洗いの看板を探して歩く。それを探す理由は一つ。口をゆすぐため。

 

(流石にキスはやりすぎたか?)

 

 蕩けた表情でこちらを見つめる彼女のことを考える。

 

「おーい! そこの悪ガキ~!」

 

 適当に歩いていると、後ろから声が掛かる。しかし無視して進む。見知らぬ人から悪ガキ呼ばわりされる所以はない。

 

「ちょ、ちょっと待てよ! おい、なんで無視するんだ!」

 

 芙二は背後から肩を掴まれ、嫌でも静止させられる。

 首を四十五度捻り、掴まれた手を払う。

 

「漏れそうなんだ。その後だったらいくらでも付き合おう」

 

 すぐに顔を戻し、一瞥もせず進む。だが、それでも相手は食い下がる。

 しまいには芙二の隣に立ち、話しかけてきた。

 

「さっきのバニーの嬢ちゃんがどうして持っているって分かった?」

 

 黒髪、白いスーツの上下を着る男にしつこく絡まれる。芙二はシカトして、お手洗いを目指す。

 

「それだけでもいいから、教えてくれよ!」

 

 酒に酔っているのか、紅潮した頬。にやけた表情で、掴みかかる。

 

「しつこい!」

 

 芙二は強めに手を払う。バチン、と音を立て男性は尻もちをつく。

 

「いってえな~! そこまで怒ることないだろうっ!!」

 

 怒っているのか、笑っているのか、分からない様子で芙二の後を追う。

 とうとうお手洗いまで付いてきた。急いで追いついたのか、男は両膝に手をつき息を整える。

 

「やぁっと、はぁーっ……はぁーっ。追いついた、なぁ早く教えてくれよ。どうすれば、ソレを封じれるんだ!?」

 

 顔を上げ、へらへらしている男を前に、芙二は低い声で言う。

 

「本当にしつこいな。(オレ)にその気はない。それに婚約者もいる身だ、同性に浮気など言語道断だ」

 

 眉間に皺を寄せ、吐き捨てる。汚物を見る目で、見つめる。芙二と目が合った男は少しずつ、笑顔を失い、最後にはガタガタと震え始めた。

 

「ひっひぃっ! アンタは、いったい何者なんだ……? もしかして、奴らが盛った薬が効かないのも」

 

 腰を抜かした男が言い切る前。

 

「黙れ」

 

 芙二の、赤く光る眼が――増える。気が付けば、周辺にも目の模様が現れ、一点に男を見つめていた。等しくそれは赤い輝きを魅せた。

 

「ひぃいい~!!」

 

 その動きに男はビクっと震えて、その場に崩れた。顔を青くさせ、泡を吹く。

 気絶を見届け、芙二はお手洗いに消える。

 

 その後、芙二は気絶した男を担いで、インフォメーションへ向かう。そこで出迎えたのは、スリングショットを着た長髪、長身の男性スタッフ。

 

「すみません。この人、倒れていました。……手熱い保護をお願いします」

 

 そのスタッフは芙二と伸びている男を交互に見て、

 

「あら~? わざわざ届けてくれたの? ありがとうねぇ~ボウヤ♡」

 

 男性スタッフは、伸びている男に肉食獣の目を向ける。

 芙二から男性を受け取るや否や、男性スタッフはお姫様抱っこをして奥へ消えていく。

 

(バニーは予想ついてたけど、マッチョマンのスリングショット姿か~)

 

 凄まじいインパクトに罪悪感は消え去る。

 世界は広いなぁ、などと思っていると先ほどの男性スタッフが顔だけを見せ、

 

「改めてありがとうねぇ~」

 

 パチン、とウィンクをしてきた。

 それに対して深々と頭を下げる。そして芙二はインフォメーションを後にした。

 

~~

 

 芙二は適当に施設内を歩く。ルーレット、ブラックジャック、バカラ、ポーカー、パイゴウ、スロットマシーン。どれも一度は遊んだことがあるものばかり。

 

(といっても、勝率は五割程度。失ってばっかりだったな)

 

 朧げに思い出す。大勝が続き調子に乗り、全チップをベットした瞬間の側近の顔。慌てふためき、止めようとするのを無視して、賭けに出た結果――敗北。

 

 苦笑いをし、その場から逃走を図るもあっけなく捕まった、その時のことを。

 

(あんな顔は初めて見た。冷徹な男と思ったのにな)

 

 当時の自分より二回り年上の男性。いつもは冷徹ぶりを発揮していたのに、と思い出に浸る。

 

(オレ)が消えた後、どこで何をしているんかねえ~?)

 

 そんなとき、フロアに響く大声を耳にする。この場では珍しくない怒号。

 小一時間前に人の死を目の当たりにした為か、対して気にも留めない。

 

(今度は誰が命を張っているんだ?)

 

 野次馬根性で、怒号の方へ向かう。

 他の客も芙二と同じような理由で集まり、一世一代の博打に熱狂していた。

 

「おい、こいつは担保になり得るって最初に説明してただろ!!」

 

 芙二がその場に到着するときには、既に勝敗は決していた。賭博台に拳を叩きおろし、叫ぶ男の姿が目に入る。彼は――白いひげを蓄えた、皺の多い、老人のような恰好。

 

「ですから、お客様。何度もご説明したとおり、お持ちのクローンは担保の代わりにはなります。しかし、あなたは最初に命をベットしたではありませんか」

 

 ディーラーは至極冷静に対応した。顔を真っ赤に叫ぶ男性の傍には、綺麗な身なりの女性が佇む。彼女は一言も発さず、ただ男を見つめる。

 

「うるさい、うるさい! おい、奴隷1号! 話が分からない、この若造に思い知らせてやれ!」

 

 男性が持っていた杖でクローンを叩きながら、命令を下す。しかし奴隷1号、と呼ばれた綺麗な身なりの女性は首を横に振る。

 

「その命令は承服しかねます。私は接待型クローン。故に、お客様方を傷つける術は持ち合わせておりません」

 

 毅然とした様子で答えるクローンに気おされたのか、男性は俯き、黙りこくる。二人のやり取りを見たディーラーは、一度ゲームを締める。

 

「では、これより――」

 

 周囲を巻き込むように、宣言しかけたとき。

 

「だまれ、だまれぇええ!! このっ私が、まだ負けを認めていないのにっ! 勝手にゲームを進めようとするなぁあ!!」

 

 今までで一番怒気の籠った叫び声が静寂をもたらせた。鼻息荒く、血眼になって続きを望むその姿勢にディーラーは溜息を吐く。

 

「あなたは賭けられるものを何も持っていないではないですか。ルーレットの勝負を行うのはいいですが」

 

 様子のおかしい男性は、その言動を待ち望んでいたように口角を上げる。

 

「今、言ったな!? 勝負を行うのはいいと! おい、奴隷1号ッ! おまえもちゃんと聞いていたよな!?」

 

 唾を飛ばす勢いで、同意を求める。彼女は一度だけ首を縦に振り、男性を見つめた。

 

「ならば――この勝負、無かったことにさせてもらおうか」

 

 そう低い声で呟き、持っていた杖で自身のクローンの腕を傷つけた。瞬間、肉が裂けて青い血が飛び散る。

 

 クローンの女性は顔を僅かに歪め、男性から距離を取る。

 

「なんのつもりですか」

 

 男性は笑いをこらえた様子で、こう言う。

 

「おまえの醜い正体を、明かせ! そして皆殺しにしろ――セーフティ、解除!」

 

 (まじな)いのような言葉を掛けた。その瞬間、クローンの動きが止まる。野次馬でも見えるくらいに、苦しみ悶える。全身を掻きむしり、血の涙を流す。

 

(おいおい、マジかよ?! ただのクローンじゃないっていうのか)

 

 勝ちを確信した男性。そして芙二とディーラー以外の者はざわめき、散らすように逃げ始める。ディーラーは慣れているのか、落ち着きを払い、無線機を使用していた。

 

 べちゃり、と人からは聞こえない音と筋が伸びゆく音だけが周囲に伝わる。数分が経つ頃には、綺麗な身なりの女性はおらず。鱗に覆われた青白い肌、下半身は魚のような形を得た。

 

 青黒い髪は長く、貞子のように見え、野次馬根性を発揮した者を縮み上がらせる。

 

 その姿に満足したのか、男が声を張りあげ叫ぶ。

 

「さあ、暴れろ! 奴隷いち――」

 

 言い切る前に、頭部は潰れてぺちゃんこになった。

 

「……ま、すたぁ?」

 

 自分の行いを理解していないように、きょとんとさせる。赤い血に沈む男性に寄り添う、その姿に芙二は、

 

「まだ理性があるのか……?」

 

 と言い、観察し続ける。

 

 しかし無言のまま、両手を伸ばし男を喰らい始める。その光景すら、別ベクトルのスパイスになったようで、盛り上げる者も出てきた。

 

(これは大事になったな。さて、どうするか)

 

 芙二はただ一人、傍観していた。

 その頃には、他のスタッフと警備員が集合して鎮圧陣形を取り始める。

 

「全員、よく聞け! あいつに傷をつけられるなッ! つけられたら、感染するぞッ」

 

 ひとりの警部員はそう言い切る。

 他の者は「了解しました!」と頷き、対象への攻撃を開始していく。

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