賭博場が大いに盛り上がる中、芙二はお手洗いの看板を探して歩く。それを探す理由は一つ。口をゆすぐため。
(流石にキスはやりすぎたか?)
蕩けた表情でこちらを見つめる彼女のことを考える。
「おーい! そこの悪ガキ~!」
適当に歩いていると、後ろから声が掛かる。しかし無視して進む。見知らぬ人から悪ガキ呼ばわりされる所以はない。
「ちょ、ちょっと待てよ! おい、なんで無視するんだ!」
芙二は背後から肩を掴まれ、嫌でも静止させられる。
首を四十五度捻り、掴まれた手を払う。
「漏れそうなんだ。その後だったらいくらでも付き合おう」
すぐに顔を戻し、一瞥もせず進む。だが、それでも相手は食い下がる。
しまいには芙二の隣に立ち、話しかけてきた。
「さっきのバニーの嬢ちゃんがどうして持っているって分かった?」
黒髪、白いスーツの上下を着る男にしつこく絡まれる。芙二はシカトして、お手洗いを目指す。
「それだけでもいいから、教えてくれよ!」
酒に酔っているのか、紅潮した頬。にやけた表情で、掴みかかる。
「しつこい!」
芙二は強めに手を払う。バチン、と音を立て男性は尻もちをつく。
「いってえな~! そこまで怒ることないだろうっ!!」
怒っているのか、笑っているのか、分からない様子で芙二の後を追う。
とうとうお手洗いまで付いてきた。急いで追いついたのか、男は両膝に手をつき息を整える。
「やぁっと、はぁーっ……はぁーっ。追いついた、なぁ早く教えてくれよ。どうすれば、ソレを封じれるんだ!?」
顔を上げ、へらへらしている男を前に、芙二は低い声で言う。
「本当にしつこいな。
眉間に皺を寄せ、吐き捨てる。汚物を見る目で、見つめる。芙二と目が合った男は少しずつ、笑顔を失い、最後にはガタガタと震え始めた。
「ひっひぃっ! アンタは、いったい何者なんだ……? もしかして、奴らが盛った薬が効かないのも」
腰を抜かした男が言い切る前。
「黙れ」
芙二の、赤く光る眼が――増える。気が付けば、周辺にも目の模様が現れ、一点に男を見つめていた。等しくそれは赤い輝きを魅せた。
「ひぃいい~!!」
その動きに男はビクっと震えて、その場に崩れた。顔を青くさせ、泡を吹く。
気絶を見届け、芙二はお手洗いに消える。
その後、芙二は気絶した男を担いで、インフォメーションへ向かう。そこで出迎えたのは、スリングショットを着た長髪、長身の男性スタッフ。
「すみません。この人、倒れていました。……手熱い保護をお願いします」
そのスタッフは芙二と伸びている男を交互に見て、
「あら~? わざわざ届けてくれたの? ありがとうねぇ~ボウヤ♡」
男性スタッフは、伸びている男に肉食獣の目を向ける。
芙二から男性を受け取るや否や、男性スタッフはお姫様抱っこをして奥へ消えていく。
(バニーは予想ついてたけど、マッチョマンのスリングショット姿か~)
凄まじいインパクトに罪悪感は消え去る。
世界は広いなぁ、などと思っていると先ほどの男性スタッフが顔だけを見せ、
「改めてありがとうねぇ~」
パチン、とウィンクをしてきた。
それに対して深々と頭を下げる。そして芙二はインフォメーションを後にした。
~~
芙二は適当に施設内を歩く。ルーレット、ブラックジャック、バカラ、ポーカー、パイゴウ、スロットマシーン。どれも一度は遊んだことがあるものばかり。
(といっても、勝率は五割程度。失ってばっかりだったな)
朧げに思い出す。大勝が続き調子に乗り、全チップをベットした瞬間の側近の顔。慌てふためき、止めようとするのを無視して、賭けに出た結果――敗北。
苦笑いをし、その場から逃走を図るもあっけなく捕まった、その時のことを。
(あんな顔は初めて見た。冷徹な男と思ったのにな)
当時の自分より二回り年上の男性。いつもは冷徹ぶりを発揮していたのに、と思い出に浸る。
(
そんなとき、フロアに響く大声を耳にする。この場では珍しくない怒号。
小一時間前に人の死を目の当たりにした為か、対して気にも留めない。
(今度は誰が命を張っているんだ?)
野次馬根性で、怒号の方へ向かう。
他の客も芙二と同じような理由で集まり、一世一代の博打に熱狂していた。
「おい、こいつは担保になり得るって最初に説明してただろ!!」
芙二がその場に到着するときには、既に勝敗は決していた。賭博台に拳を叩きおろし、叫ぶ男の姿が目に入る。彼は――白いひげを蓄えた、皺の多い、老人のような恰好。
「ですから、お客様。何度もご説明したとおり、お持ちのクローンは担保の代わりにはなります。しかし、あなたは最初に命をベットしたではありませんか」
ディーラーは至極冷静に対応した。顔を真っ赤に叫ぶ男性の傍には、綺麗な身なりの女性が佇む。彼女は一言も発さず、ただ男を見つめる。
「うるさい、うるさい! おい、奴隷1号! 話が分からない、この若造に思い知らせてやれ!」
男性が持っていた杖でクローンを叩きながら、命令を下す。しかし奴隷1号、と呼ばれた綺麗な身なりの女性は首を横に振る。
「その命令は承服しかねます。私は接待型クローン。故に、お客様方を傷つける術は持ち合わせておりません」
毅然とした様子で答えるクローンに気おされたのか、男性は俯き、黙りこくる。二人のやり取りを見たディーラーは、一度ゲームを締める。
「では、これより――」
周囲を巻き込むように、宣言しかけたとき。
「だまれ、だまれぇええ!! このっ私が、まだ負けを認めていないのにっ! 勝手にゲームを進めようとするなぁあ!!」
今までで一番怒気の籠った叫び声が静寂をもたらせた。鼻息荒く、血眼になって続きを望むその姿勢にディーラーは溜息を吐く。
「あなたは賭けられるものを何も持っていないではないですか。ルーレットの勝負を行うのはいいですが」
様子のおかしい男性は、その言動を待ち望んでいたように口角を上げる。
「今、言ったな!? 勝負を行うのはいいと! おい、奴隷1号ッ! おまえもちゃんと聞いていたよな!?」
唾を飛ばす勢いで、同意を求める。彼女は一度だけ首を縦に振り、男性を見つめた。
「ならば――この勝負、無かったことにさせてもらおうか」
そう低い声で呟き、持っていた杖で自身のクローンの腕を傷つけた。瞬間、肉が裂けて青い血が飛び散る。
クローンの女性は顔を僅かに歪め、男性から距離を取る。
「なんのつもりですか」
男性は笑いをこらえた様子で、こう言う。
「おまえの醜い正体を、明かせ! そして皆殺しにしろ――セーフティ、解除!」
(おいおい、マジかよ?! ただのクローンじゃないっていうのか)
勝ちを確信した男性。そして芙二とディーラー以外の者はざわめき、散らすように逃げ始める。ディーラーは慣れているのか、落ち着きを払い、無線機を使用していた。
べちゃり、と人からは聞こえない音と筋が伸びゆく音だけが周囲に伝わる。数分が経つ頃には、綺麗な身なりの女性はおらず。鱗に覆われた青白い肌、下半身は魚のような形を得た。
青黒い髪は長く、貞子のように見え、野次馬根性を発揮した者を縮み上がらせる。
その姿に満足したのか、男が声を張りあげ叫ぶ。
「さあ、暴れろ! 奴隷いち――」
言い切る前に、頭部は潰れてぺちゃんこになった。
「……ま、すたぁ?」
自分の行いを理解していないように、きょとんとさせる。赤い血に沈む男性に寄り添う、その姿に芙二は、
「まだ理性があるのか……?」
と言い、観察し続ける。
しかし無言のまま、両手を伸ばし男を喰らい始める。その光景すら、別ベクトルのスパイスになったようで、盛り上げる者も出てきた。
(これは大事になったな。さて、どうするか)
芙二はただ一人、傍観していた。
その頃には、他のスタッフと警備員が集合して鎮圧陣形を取り始める。
「全員、よく聞け! あいつに傷をつけられるなッ! つけられたら、感染するぞッ」
ひとりの警部員はそう言い切る。
他の者は「了解しました!」と頷き、対象への攻撃を開始していく。