とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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3章 11話『瞬く一助 ②』

 肉の間をぞぷり、と刃が滑る。

 狐の少女が表情を変えない。

 

 芙二は、少女の行動に目を丸くさせる。

 だが、すぐに視線を外し一方向だけを見つめる。

 

「おい、よく聞け」

 

 その一言に、狐の少女は静かな圧を感じとる。人間は予測外に弱い、と学んでいた。

 ゆえに狐の少女は、目の前の人間が怒っている、と考えた。

 

「なんです? もしかして命乞い――」

 

 態度を強気に出して、柄を少し内側へ押し込む。

 これ以上、刃が内側へ食い込めば、死ぬ。それは彼女の経験則からくるもの。

 痛みに悶え、泣き叫ぶ顔見たさに、胸が躍る気持ちだった。

 しかし短刀で刺突されたにも関わらず、人間の表情は一切変わらない。

 

「柄を強く握り、そのまま深く突き刺せって言ってるだろうがッ!!」

 

 それどころか、鬼気迫る怒号さえ飛ぶ。

 思わず、少女は目を閉じ、柄から手を離した。

 

「チィッ! 簡単に放してんじゃねえよ!!」

 

 芙二は、少女の離れた手と重ねるように左手で掴み、柄へと固定させる。

 

「ん…ええ? 一体何をさせてるんですか?」

 

 狐の少女は困惑の表情を浮かべ、問う。

 少女の問いに答えない。

 

(まさか死んだ…? いやそのはずはない…)

 

 肉を裂いた短刀の柄まで血が滴っていた。

 反応がないのなら、短刀を回収してしまおうか、と考え始めた矢先。

 

「来るぞッ!」

 

 ずっと一方向だけを見ていた芙二が、少女を見ずに叫ぶ。狐の少女には、なにを言っているのか、理解できずにいると――、

 

「≪禍毒の盾(カース・ファランクス)≫ッ!!」

 

 スキルを詠唱し、芙二は右手に纏わせた茨の盾を振るい、飛来物を弾く。そのとき、真正面に居た狐の少女は刺した人間に守られる。

 

「……は? あなた、一体何をしてる、んです?」

 

 状況がうまく呑み込めず、人間の顔を見上げる。たらり、と頬に汗が伝う人間は何も言わない。「フっ、フっ」と呼吸をし、真正面を向く。

 

「何か言いなさいよ」

 

 ほんの少しだけ、刃を体内へ押し込む。それでも反応はない。

 自身の手に重ねられた、手も既に外れていた。

 

「ただの自殺志願者……?」

 

 狐の少女には、自身を庇う人間が分からなくなっていた。

 短刀を抜こうにも、がっちりと肉に挟まれて抜けない。

 

「とりあえず(オレ)の事はいいから、状況を考えろッ! アンタは、アレを鎮圧しに来たんじゃないのかッ!」

 

 まさか人間に指摘を受けると思っておらず、ハッとして周囲を見渡す。芙二と狐の少女の周りは、比較的綺麗な有様。円を描くように、周囲だけが綺麗だった。絨毯の血痕も、ガラスの破片も一つない。

 

「何が起きて……? い、いや今は仲間のサポートをしないと! ええい、いい加減に私を解放しろ!」

 

 狐の少女は芙二の中から抜け出し、人魚と仲間の方へ視線を向けた。前衛も後衛の数は減っていないように、見える。人魚と仲間たちを凝視し続けると、ひとつの事実にたどり着く。

 

「あれは、もうダメだな。鎮圧失敗だ。お疲れさん」

 

 狐の少女が言葉を発する前に、芙二が諦観の念で呟く。盾を仕舞い、コキコキと肩のストレッチを行う。

 

「うそ、なんで」

 

 彼女の瞳に映るのは、諦めて死を享受する警備員。人魚の攻撃に傷つき、自分もまた人魚へと変貌していくスタッフたち。

 

――ああ、これが終わりか。

――人間の俺たちじゃ、あんな化け物に勝てっこない。

――甘い汁を啜りたい人生だった。

 

 驚異の前に屈し、遺言を呟くやすぐ捕食されていく。最初の一体は猫のような姿勢でグルーミングを行い、次々に自我を失った人魚たちが死体を貪る。

 

――いやぁ! なんで! どうして私がッ。

――止めて、お願い止まって、止まって止まってッ!!

 

 叫びと共に人間の言葉を忘れていく。クローンの化膿した箇所から、黒いひびが生じる。腐臭と共に瞬く間に全身へ広がり、肉や骨を崩していき、再融合し始める。

 

「う、そ……あれが、感染という事なの?」

 

 仲間の壮絶な光景に、口元を手で押さえ、涙目になる。もはや誰であったのか、分からないほど原型を留めていない頭が二つ傾いた。

 

「ねェ? コ、んちゃんも……おィでよ」

 

 ぐずぐずに崩れた肉の隙間から、かつての思い出を想起させる音が生じる。狐の少女――コン、は人間に刺さっていた短刀を抜き取り、切っ先を向けて叫ぶ。

 

 その際、人間が呻いたことは聞かなかったことにする。

 

「……ッ! これは死した仲間の為に捧ぐ、鎮魂歌である。幾たびの戦場を駆け、共に――」

 

 決別の言葉を紡ぐ途中、一体の人魚がコンへ飛び掛かる。人魚の頭部から、胸へかけて縦に大きく開き、赤緑色の粘液が飛び散っていく。

 

「ひっ」

 

 切っ先を向けたまま、絶望に染まる。足が地面にへばりついたように、動かない。声は震え、足は直立不動。次々に増す、死の恐怖が今になって牙を剥く。

 

 いつも死を覚悟していた、はずなのに。

 逃亡は愚か、足元へしゃがみ込み、信仰する神に祈りを捧げていた。

 

「ワボウ様……ッ。どうか、どうか私をお救いください」

 

 コンと人魚の距離がほぼなくなった瞬間。

 

「敵を前にして、簡単に諦めるな」

 

 なんて言葉と共にコンの上に影が差す。一陣の風が吹く。次に気が付いた時には、人魚が前方へ大きく吹き飛ばされていた。人魚の顔面は、抉れて粘液が噴き出す。

 

鉄底海峡(アイアン・ボトム・サウンド)で見た、キメラよりも性質が最悪だ。こいつを設計した存在はゴミだな、ゴミ!」

 

 芙二は憤りを隠さず、口にする。

 

「私を二度、守った……? なんで、敵なのに」

 

 先ほど自分を庇った人間が、両手に茨の盾を装備し、ナックルダスターのように扱っている。さも同類を見たことがあるように、盾の先を向けて嘲笑していた。

 

「ぎ、ぎぎぃい……ど、して」

 

 虚ろな表情で一体の人魚がそう呟く。

 仲間の負傷を見て、心が動いたのか、と芙二は思案する。

 まだ救う手立てがあるのかも、と。

 

「本来なら、参戦しないはずだった。だが、目の前にいる一般人を見捨てて逃げるなど、(オレ)の魂が許さない」

 

 と言いつつも人魚の魂に干渉を試みるが、失敗。拒絶される。

 頼みの綱の警備員もスタッフのこの有様。

 

 コン、と呼ばれた狐の少女も恐怖と絶望で戦えない。

 では、どうするのが正解か。

 

 答えは一つ。

 

「わりぃね。せめて、冥福は祈るよ」

 

 人魚の問答など、無視して虚空から大鎌を取りだす。どこからともなく、出された得物に全員の視線は釘付け。

 

――その致命的な、隙を逃さない。

 

 目にも止まらぬ斬撃を繰り出し、人魚たちを瞬く間に木っ端微塵へ変える。

 

「うん。これで終わりだ」

 

 芙二は虚空へ大鎌を収めるように、静かに腕を下ろした。一瞬の出来事に誰もが、ついていけない中、ただ一人鼻歌を歌いながら現場を去る。

 

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