とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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3章 12話『賭博会場の隅で』

 芙二が立ち去るとき、場が騒然となる。現地の警備員やクローンのスタッフでも倒せない存在をいとも簡単に殺した。

 

「な、なんっ」

 

 コンは一連の出来事を理解できない。現代兵器でも傷一つない相手を、たった一振り。手品のように、大鎌を取りだす所作にも無駄がない。

 

 暴走した人魚が塵となって、消えていく。その時、ようやく地べたに座ることができた。身体の震えも収まり、乱れていた呼吸も落ち着いてきた。

 

(あれが、特殊部隊の人間……)

 

 傷を受けても、脅威に怯まず、立ち向かう。

 鎮圧後の静けさを破るように様々な役職の人たちで溢れかえる。

 巻き込まれた客の救護を行う者もいれば、現状復帰作業へ入る者も視界に入った。

 

「私は、なんて」

 

 情けないんだ、と呟く。とある存在により、創られた人種。人間を超越したと、天狗になっていたツケが、今になって回ってきた気がした。

 あの人間は不甲斐ない自分を二度も守り、敵前逃亡しかけた自分を鼓舞したのだ。

 

「うう、ぐすっ」

 

 誰も労わない。「よくやった」と褒めもしない。コンは、孤独を感じていた。

 既に終了した人魚鎮圧戦にひとり、取り残されたような気持になり、目尻には涙が溜まる。

 

 彼女がすすり泣く中で、未だ現場は忙しなく。誰一人として、声をかけない。

 どうしてか、分からないけど涙が出る。コンは、理由を探そうにも気力がなかった。

 

~~

 

 芙二は人気のない所を探して歩く。先の介入を反省したい、という気持ちからであった。

 

(やっべ~……流れで殺しちゃったけど、自分から正体をバラしたようなもんじゃん)

 

 脳内では、事の経緯を知った三人から責められるのが容易に想像できる。うん、うんと唸りながら彷徨う。たまに人に当たりそうになるが、相手から避けてくれるので問題ない。

 

「あっ!」

 

 ふいに大声をあげる。否、現在地が不明になった訳ではない。さっき殺した中に、仲間がいたかもしれない。その重大な事実に気が付いた。

 

 急いで、タブレット端末を取りだして錨マークのアイコンをタップしてアプリを起動する。その中の【東第一泊地 艦娘一覧】をタップし、ずらりと並ぶ名前をひとつひとつ押す。

 

「……よかった。誰も欠けていないみたいだ」

 

 ほっ、と安堵の息を漏らす。心なしか、肩の力が抜けていく気がした。

 所属艦娘の名前を押していく中で、不安を無限に煽られて狂いそうだった。

 

「と~りあえず、どうするか」

 

 反省会をするのは、いいとして。

 カメラで追従されていそう、という考えが付きまとう。

 

 特に特殊部隊が潜入しているのは、相手に知られている。

 極限まで気配を消す案は、それはそれとして何か感じるものがある。

 

(負けたみたいで、なんか癪に障るんだよな)

 

 ならば、導き出される答えはただ一つ。芙二はおもむろにぱさり、と黒いコートを羽織る。

 ≪黄昏(たそがれ)孔雀(くじゃく)の外套≫の効果を使い、見続ける対象を幻惑状態にさせようと画策する。

 

(オレ)の姿を見よ」

 

 コートの面から開く孔雀の羽根のような飾りの目。黒と黄色の目が一斉に開き、覗いている者がいれば、効果を発揮する。残念な点は、こちらから見られているかを把握できないところ。

 

 二十秒ほど開眼したが、どうだろうか。

 一人くらいは幻惑されていてくれ、と思っていると何処からか言い争う声を拾う。

 

「……ん? 誰か、喧嘩をしているのか?」

 

 芙二の聴力は、地獄耳と言っていい程に優れている。以前は能力に依存していたが、龍神として覚醒したことで常時発動のスキルと昇華された。

 

「女性同士の争いか? まあ珍しくもないか」

 

 言い争う声色で、相手を判断していく。

 他の雑音に混じり、聞こえる喧嘩に意識を集中させる。

 

 喧嘩の発生源を目指して進む。辿り着くと、金切り声で叫ぶ長髪の四十代くらいの女性がいた。

 

 その傍らで縮こまるスーツを着込む小柄な女性とその女性を庇うような茶髪の、長身の女性。彼女はなぜか、割烹着を着ていた。

 

「――このッ!」

 

 顔を真っ赤にした女性が、割烹着を着た女性へ拳をあげた。小柄なスーツの女性は怯え、割烹着を着た女性にしがみつく。

 

 芙二が”止めろ!”と声を出そうとするとき、小柄な女性と目が合う。

 彼女の頭上でひとり興奮している女性は、余計に恐ろしく見えるのか、

 

「……て」

 

 そう一言だけ吐いた。

 彼女が何を言おうとしたのか、理解できてしまった。潤んだ茶色の瞳で見つめる、彼女の名は――。

 

 瞬間、芙二の怒りは最高潮に達した。声を張りあげる前に、興奮していた女性は青ざめたまま、こちらを見つめる。振り上げた拳は、ゆっくりと下ろされる。

 

 割烹着を着た女性も小柄な女性も芙二を見つめたまま、微動だにしない。

 

「見つけた」

 

 芙二は彼女たちへ向かって、一歩ずつ踏みしめる。

 探していたものをようやく見つけた。それもガワを変えられて。

 

~~

 

 私の五十年という人生の中で、色々な事が起きた。恋愛、結婚、倒産、起業――そしてこの場にふさわしい人間に。

 

 妻や娘には内緒でこの施設に訪れている一般客。あの化け物騒動のときも、上級国民として、クローンたちから熱く蕩けた接待を受けていた。

 

「は~あ、また下々が破滅していくのぅ……」

 

 何度もVIP席でワインの肴として映像を見ている。ふかふかなソファに、どっかりと腰をかけ、隣には娘と歳の変わらなそうな選り好みのクローンを置いて。

 

「いやん、旦那様。手つきがいやらしいです♡」

 

 私の手は自由勝手に、クローンの乳を揉みしだく。

 しかし私の意識は言葉を発するだけの()()()()ではなく、画面の中心へ寄せられる。

 

 いつもの光景とは違う、と思わせる人物に見入っていた。

 その人物は、何もない所から大鎌を取りだして、紙を破るように化け物を駆逐した。

 

「なんと……!」

 

 周囲が死に、絶望に染まる中で輝くそれを――、

 私はその人物が欲しい、と思ってしまった。

 

 ――彼もクローンの一人なのだろうか。

 ――もし金や誓約書で解決できるのであれば、必ず!

 

「おい、これをしてくれ」

 

 傍に立つクローンに対し、画面の操作を頼み込む。彼女たちは、きょとん、とさせながらも忠実に、己が主人に従う。

 

 クローンたちにカメラでピックアップさせ、私は画面を食い入るように見た。端正とまでは、いかないが、迫力のある顔立ち。藍色髪の、オールバック。珍しい縦長の瞳孔、緋色の瞳。

 

「ほしい、ほしぃい」

 

 見れば見るほど、コレクションに追加したくなる。そう思わせるほど、完璧であった。 

 年甲斐もなく、子供のような駄々をこねてしまった。

 

 ――それが破滅を招くとも知らずに。

 

 一瞬、画面が切り替わる。切り替わった画面には、追っていた人物は映らない。びっくり系の動画でありそうな、黒と黄色の目が一斉に開く演出が入る。

 

「ひぃい!!」

 

 私は思い切り、腰を抜かしてしまった。何度も瞬きをしても、頬をつねっても、クローンの乳や尻に顔を埋めても視界には黒と黄色の目が入り込む。

 

 何が起こったのか、分からない。

 そう思っていると、一人のクローンが私を乳の海に沈めた。

 

「ダダダ、旦那サま? わわわったしが、お守りっりっりりりします」

 

 深くまで埋もれているので、うまく聞き取れない。

 温かな体温、果物のような甘い香りに包まれていく。

 

 私は意識を手放した。彼女たちに包まれたまま、眠りについた。

 

~~

 

 VIPルームにて。

 

 照明も割れ、薄暗い室内で蠢く存在が確認された。血と香水のまじる地獄の中で、複数の咀嚼音が響く。

 

「アハッ! 旦那様って柔らかいのね!」

 

 その後、一人の人魚が男性の肉を嚙みちぎる姿が目撃された。

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