芙二が立ち去るとき、場が騒然となる。現地の警備員やクローンのスタッフでも倒せない存在をいとも簡単に殺した。
「な、なんっ」
コンは一連の出来事を理解できない。現代兵器でも傷一つない相手を、たった一振り。手品のように、大鎌を取りだす所作にも無駄がない。
暴走した人魚が塵となって、消えていく。その時、ようやく地べたに座ることができた。身体の震えも収まり、乱れていた呼吸も落ち着いてきた。
(あれが、特殊部隊の人間……)
傷を受けても、脅威に怯まず、立ち向かう。
鎮圧後の静けさを破るように様々な役職の人たちで溢れかえる。
巻き込まれた客の救護を行う者もいれば、現状復帰作業へ入る者も視界に入った。
「私は、なんて」
情けないんだ、と呟く。とある存在により、創られた人種。人間を超越したと、天狗になっていたツケが、今になって回ってきた気がした。
あの人間は不甲斐ない自分を二度も守り、敵前逃亡しかけた自分を鼓舞したのだ。
「うう、ぐすっ」
誰も労わない。「よくやった」と褒めもしない。コンは、孤独を感じていた。
既に終了した人魚鎮圧戦にひとり、取り残されたような気持になり、目尻には涙が溜まる。
彼女がすすり泣く中で、未だ現場は忙しなく。誰一人として、声をかけない。
どうしてか、分からないけど涙が出る。コンは、理由を探そうにも気力がなかった。
~~
芙二は人気のない所を探して歩く。先の介入を反省したい、という気持ちからであった。
(やっべ~……流れで殺しちゃったけど、自分から正体をバラしたようなもんじゃん)
脳内では、事の経緯を知った三人から責められるのが容易に想像できる。うん、うんと唸りながら彷徨う。たまに人に当たりそうになるが、相手から避けてくれるので問題ない。
「あっ!」
ふいに大声をあげる。否、現在地が不明になった訳ではない。さっき殺した中に、仲間がいたかもしれない。その重大な事実に気が付いた。
急いで、タブレット端末を取りだして錨マークのアイコンをタップしてアプリを起動する。その中の【東第一泊地 艦娘一覧】をタップし、ずらりと並ぶ名前をひとつひとつ押す。
「……よかった。誰も欠けていないみたいだ」
ほっ、と安堵の息を漏らす。心なしか、肩の力が抜けていく気がした。
所属艦娘の名前を押していく中で、不安を無限に煽られて狂いそうだった。
「と~りあえず、どうするか」
反省会をするのは、いいとして。
カメラで追従されていそう、という考えが付きまとう。
特に特殊部隊が潜入しているのは、相手に知られている。
極限まで気配を消す案は、それはそれとして何か感じるものがある。
(負けたみたいで、なんか癪に障るんだよな)
ならば、導き出される答えはただ一つ。芙二はおもむろにぱさり、と黒いコートを羽織る。
≪
「
コートの面から開く孔雀の羽根のような飾りの目。黒と黄色の目が一斉に開き、覗いている者がいれば、効果を発揮する。残念な点は、こちらから見られているかを把握できないところ。
二十秒ほど開眼したが、どうだろうか。
一人くらいは幻惑されていてくれ、と思っていると何処からか言い争う声を拾う。
「……ん? 誰か、喧嘩をしているのか?」
芙二の聴力は、地獄耳と言っていい程に優れている。以前は能力に依存していたが、龍神として覚醒したことで常時発動のスキルと昇華された。
「女性同士の争いか? まあ珍しくもないか」
言い争う声色で、相手を判断していく。
他の雑音に混じり、聞こえる喧嘩に意識を集中させる。
喧嘩の発生源を目指して進む。辿り着くと、金切り声で叫ぶ長髪の四十代くらいの女性がいた。
その傍らで縮こまるスーツを着込む小柄な女性とその女性を庇うような茶髪の、長身の女性。彼女はなぜか、割烹着を着ていた。
「――このッ!」
顔を真っ赤にした女性が、割烹着を着た女性へ拳をあげた。小柄なスーツの女性は怯え、割烹着を着た女性にしがみつく。
芙二が”止めろ!”と声を出そうとするとき、小柄な女性と目が合う。
彼女の頭上でひとり興奮している女性は、余計に恐ろしく見えるのか、
「……て」
そう一言だけ吐いた。
彼女が何を言おうとしたのか、理解できてしまった。潤んだ茶色の瞳で見つめる、彼女の名は――。
瞬間、芙二の怒りは最高潮に達した。声を張りあげる前に、興奮していた女性は青ざめたまま、こちらを見つめる。振り上げた拳は、ゆっくりと下ろされる。
割烹着を着た女性も小柄な女性も芙二を見つめたまま、微動だにしない。
「見つけた」
芙二は彼女たちへ向かって、一歩ずつ踏みしめる。
探していたものをようやく見つけた。それもガワを変えられて。
~~
私の五十年という人生の中で、色々な事が起きた。恋愛、結婚、倒産、起業――そしてこの場にふさわしい人間に。
妻や娘には内緒でこの施設に訪れている一般客。あの化け物騒動のときも、上級国民として、クローンたちから熱く蕩けた接待を受けていた。
「は~あ、また下々が破滅していくのぅ……」
何度もVIP席でワインの肴として映像を見ている。ふかふかなソファに、どっかりと腰をかけ、隣には娘と歳の変わらなそうな選り好みのクローンを置いて。
「いやん、旦那様。手つきがいやらしいです♡」
私の手は自由勝手に、クローンの乳を揉みしだく。
しかし私の意識は言葉を発するだけの
いつもの光景とは違う、と思わせる人物に見入っていた。
その人物は、何もない所から大鎌を取りだして、紙を破るように化け物を駆逐した。
「なんと……!」
周囲が死に、絶望に染まる中で輝くそれを――、
私はその人物が欲しい、と思ってしまった。
――彼もクローンの一人なのだろうか。
――もし金や誓約書で解決できるのであれば、必ず!
「おい、これをしてくれ」
傍に立つクローンに対し、画面の操作を頼み込む。彼女たちは、きょとん、とさせながらも忠実に、己が主人に従う。
クローンたちにカメラでピックアップさせ、私は画面を食い入るように見た。端正とまでは、いかないが、迫力のある顔立ち。藍色髪の、オールバック。珍しい縦長の瞳孔、緋色の瞳。
「ほしい、ほしぃい」
見れば見るほど、コレクションに追加したくなる。そう思わせるほど、完璧であった。
年甲斐もなく、子供のような駄々をこねてしまった。
――それが破滅を招くとも知らずに。
一瞬、画面が切り替わる。切り替わった画面には、追っていた人物は映らない。びっくり系の動画でありそうな、黒と黄色の目が一斉に開く演出が入る。
「ひぃい!!」
私は思い切り、腰を抜かしてしまった。何度も瞬きをしても、頬をつねっても、クローンの乳や尻に顔を埋めても視界には黒と黄色の目が入り込む。
何が起こったのか、分からない。
そう思っていると、一人のクローンが私を乳の海に沈めた。
「ダダダ、旦那サま? わわわったしが、お守りっりっりりりします」
深くまで埋もれているので、うまく聞き取れない。
温かな体温、果物のような甘い香りに包まれていく。
私は意識を手放した。彼女たちに包まれたまま、眠りについた。
~~
VIPルームにて。
照明も割れ、薄暗い室内で蠢く存在が確認された。血と香水のまじる地獄の中で、複数の咀嚼音が響く。
「アハッ! 旦那様って柔らかいのね!」
その後、一人の人魚が男性の肉を嚙みちぎる姿が目撃された。