とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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3章 13話『(ガワ)

 四十代女性は、近づく存在に声を荒げる。

 

「な、あんたは誰よ! もしかして、この艦娘の主人だっていうの!? 私が先に唾つけたのだから、私の所有物よッ!!」

 

 彼女が叫ぶ度、割烹着の女性とスーツの、小柄な女性は肩を竦める。

 

 興奮気味の女性の勢いは止まらない。

 比例して、芙二の視線は鋭く、冷たい。

 

「……はぁ」

 

 芙二は女性を見て、呆れた様子で溜息を吐く。

 一歩、踏み出した時、女性は更に顔を真っ赤にさせて拳を振り上げた。

 

「人の顔を見て、溜息を吐くなんて……失礼な人ね!」

 

 だが、芙二は目もくれず、二人の方へ進む。

 

「私の所有物を奪おうっていうの!?」

 

 割烹着の女性が、目を丸くして口を開けかける。小柄な女性は顔を青ざめさせ、芙二をよけさせようと、手を伸ばす。

 

「――黙れッ」

 

 一喝。

 聞く者の命の危機を感じさせるような、禍々しさを秘めて。

 

「そこで大人しくしていろ」

 

 女性を、じっと見つめる。拳を下ろす間もなく、しゃがみ込む。

 たった一言で、場を制圧していた。

 

 改めて向き直り、割烹着の女性とスーツの小柄な女性を交互に見る。

 

「久しぶりだな。……間宮、伊良湖」

 

 芙二は彼女たちの名を告げ、優しく抱きしめた。抱きしめられた女性たちは目を丸くして、固まり、声も発さない。

 

(もしかして、記憶まで改竄されているのか?)

 

 目を丸くさせ、芙二を見つめる彼女たちに対して不安が募る。先ほどの助けて、という言葉の中で彼女たちの魂を見た。怯えるような、小さく青い命。

 

「急にすまないな」

 

 一度抱きしめるのを止め、スーツの懐からタブレット端末を取りだした。念入りに確認していたように、二人の名をタップする。

 

 ピコン、ピコン。

 

 タブレット端末から、レーダー音が二つ聞こえる。

 端末上の名と目の前の存在が一致した。

 

「……もしかして、記憶がないのか?」

 

 割烹着の女性――間宮は首を横に振る。

 スーツの、小柄な女性――伊良湖も同様の反応をした。

 

「それでは……こほん。二人とも、迎えに来るのが遅くなってごめんな」

 

 安堵を顔を出さず、言葉を紡いだ。

 彼女たちを安心させたい一心で、笑顔を取り繕う。

 

「芙二さん。なんで、私たちが分かるんですか?」

 

 伊良湖が芙二の目を見て、真剣な表情で問う。

 一目で自分たちと分かる理由を知りたい気持ちからくるもの。

 

「そらもう、仲間であり家族だからよ」

 

 あっけらかんと言う。

 間宮が小さな声で、

 

「仲間であり、家族ですか?」

 

 予測外の言葉を反芻する。その言葉に芙二は頷き、口を開く。

 

「そう。後は変えの効かない宝物。(オレ)の大事な、な」

 

 そこまで言い、もう一度二人を抱きしめる。今度は、彼女たちも芙二の背中へ手を回す。

 今回、作戦に参加した理由は宝物を奪い返しに来た。それに尽きる。

 

 姿が変わっても、魂は同じだと分かった。

 龍神と結びし、縁は簡単には断ち切れない。

 

(まずは二人)

 

 二人の体温を確かに感じつつ、存在(ガワ)を作り変える術に警戒を、と誓う。こっそり、と間宮と伊良湖の核に干渉しようとしたとき。

 

「ちょ~っと油断しすぎじゃない? あんたも見た感じ、客だけど――ここでは、人殺しも許容されてるってことお忘れ?」

 

 先ほど、芙二に気圧された女性が腕を組んで、意気揚々と告げる。彼女の周りには、黒いスーツの、ガタイの良いガードマンが六人。六人全員、スキンヘッドでサングラスを装着している。

 

 間宮と伊良湖は怯え、芙二の後ろへ回る。

 しかし芙二は、上から目線で言う。

 

「たった六人でいいのか?」

 

「ふん! そんな強がりはさっさと止めて、大人しくあの艦娘たちを渡しなさい!」

 

 芙二の忠告を鼻で笑い、間宮たち二人を指さして”艦娘”と言い切る。その様子に、芙二の怒りのボルテージは二段階上昇した。

 

「艦娘、と言い切るその根拠は何だ」

 

 努めて冷静に。相手が一手取る前に、根拠を知りたい。

 

「艦隊貴族の方々がおっしゃったのよ、この会場の中にアタリがあるって。そのアタリの判別方法は艦娘らしからぬ恰好をしていれば――」 

 

 勝ちを確信しているのか、女性は舌が止まらない。彼女がしゃべる間、芙二の眉間の皺は増え、殺気によって陽炎が生じ始める。

 

「それで私はピン、ときたの。クローンだったら、客に忠実だけど……反応が違えばって」

 

 そこまで話した女性は、笑顔のままぶすっと鼻を鳴らした。

 まるで芙二を小馬鹿にするように。

 

「ほう。それで、その艦隊貴族とやらの名前は教えちゃくれないのか?」

 

 今すぐに女性の脳内に干渉して、記憶を漁りたい衝動を抑える。それほどまでに、限界が近い。

 

「いやよ! 私が唾つけたアタリを取ろうって魂胆じゃない。これでも私、平和主義なの。それなら、交換っていうのはどう?」

 

 指を鳴らすと、ガードマンのうちひとりが、一人の艦娘を連れてくる。鉄のリードに繋がれた、彼女の髪は傷み、オーバーサイズのコートを一枚羽織っているだけ。

 

「伊14……イヨか。どこで手に入れたか、分からないが――外道め」

 

 前世で数回だけ見た、その姿。東第一泊地に所属している、伊13と同型の艦娘。

 

「あら、よくわかったじゃない。そう、これは艦隊貴族の方から頂いた野良の艦娘。従順なクローンとは違って、躾が必要だった割には反応が薄くて困るわ~」

 

 オホホ、と上機嫌に笑う。もはや芙二は機を伺うだけになった。

 ただし、女性だけは殺さない。

 

 そんななか。

 ぼーっとしていたイヨは短く言葉を発する。

 

「……だれ?」

 

 黒のショートボブの髪は、左右で極端に長さが違う。

 イヨの切れ長の、橙色の目は虚ろで黒ずんだ赤色へ変わっていた。

 

「おまえさんの、次の……なんだろうな」

 

 芙二はうまく答えられない。

 

「強いて言うなら――おまえさんが、安心して過ごせる居場所だな」

 

 女性たちを無視して、イヨと目線を合わせる。

 彼女の表情は、濁り淀みきり、固く閉ざされていた。

 

「……焦るな、まだ頷かなくていい」

 

 無反応のイヨに対し、口角を上げて頭を優しくなでる。

 イヨは、撫でられるまま、表情も変えない。

 

「それで」

 

 二人の間を裂くように、女性は棘のある語気で言う。芙二は、女性を睨みつける。

 その一言で、イヨの表情が崩れた。

 

「ああ、もういい。その顔が答えね。ったく、こんな長い茶番を見る為にコレを連れてきたわけじゃないんですが~?」

 

 ぶるぶる、と小刻みに震えるイヨのリードを力強く掴む。そのたびに、彼女は目を瞑り、手で頭を守るような姿勢を取る。

 

「それはこっちのセリフだわ」

 

 ガードマンたちが芙二を取り押さえようとしたときには、遅い。

 瞬く間に、芙二はイヨを攫う。

 

――耳を傾けた(オレ)が愚かであった。

 

 二人の背後には、物言わぬ肉塊が七つ。

 間宮と伊良湖は腰を抜かして、しゃがみ込む。

 衣服が血肉や臓腑と混ざり合う、光景に間宮はおもわず嘔吐する。

 

「≪完全再現(オールリザレクション)≫」

 

 芙二はイヨを抱えた状態で、肉塊の一つを蘇生させる。

 赤い輝きを放つ魔法陣の、その中心にある肉塊が人の形を取る。

 

「っはぁ! 私はいったい……?」

 

 酸欠のように荒い呼吸を繰り返す、女性。

 目を白黒させて、周囲を見渡して悲鳴をあげる。

 頼もしいガードマンたちは、あの瞬く間に等しく肉塊へと変貌していたから。

 

 芙二は恐怖と絶望で染まる女性を見下ろす。

 

「おい、今から(オレ)が言う事に対して、ただ頷け」

 

 一度頷く。

 

「……お前は、これから艦娘になる。いいな?」

 

 死への恐怖はイエスマンを作り出す。

 

「喜べ! 艦隊貴族とやらが言っていた、アタリになれるぞ」

 

 女性は目の前の男性が、なにを言っているか理解できない。

 芙二が手をかざし、女性は恐怖のあまり目を瞑る。

 

 三人はこれから始まるコトが思い浮かばない。

 ただ一人、芙二だけは違う。

 

「おお、こんなところに艦隊貴族サマが言っていたアタリがいるぞ!」

 

 周囲に聞こえるように、叫ぶ。

 女性は声を上げて、反対するが、既に自らが虐めてきた伊14に成り代わっていると知ると悲鳴をあげてその場を離れる。

 

 従順ではない、クローンでもない艦娘が、意志を以て走り回る。

 伊14の仮の皮(テクスチャ)を被せられた女性を、誰もが追い駆けだす。

 

 思ってもみない宣伝効果だ、と芙二は笑う。

 困惑する間宮と伊良湖に手を差し出し、

 

「場所を変えよう」

 

 そう提案した。 

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