とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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3章 14話『あの……』

 伊14ことイヨを抱えた芙二は二人へ提案をする。張り詰めた空気を一変させ、柔らかな笑みを浮かべる。この場にいるよりも、今は場所を変えるべきだと。

 

「それは、そうですが」

 

 間宮は二の句が継げない。

 今目の前の人物は、本当に自身の知る人物なのか、確信が持てない。

 

「うーん、その表情……さては、迷っているんだな?」

 

 芙二の言葉は核心をつく。

 間宮は”心でも読めるのか?”と感じていた。

 彼女の隣にいる伊良湖まで同じような反応を見せる。

 

「それもそうか。おまえたちは、(オレ)の本質的な部分は見ていないから、そのような反応になるのか」

 

 独り言を言い、頷く。芙二の様子を見て、イヨが声を掛ける。

 

「本質的な部分ってなぁに?」

 

 イヨが首を傾げる。

 芙二は、一瞬言葉に詰まる。

 

(邪悪さ……か)

 

 喉元まで出かかる。

 だが。

 今の彼女に、それは違う。

 

「……そうだな」

 

 少しだけ考えて、

 

「守るために壊す覚悟、だ」

 

 そう静かに言う。

 

「そっかぁ……()()である、あなたはそうでなくちゃ」

 

 彼女の口から発せられたソレは、子供のような口調ではない。

 前の主人に躾けられた弱々しい表情は、もうどこにもなかった。

 

 みすぼらしい姿は変わりないが、その目には感情が宿る。

 間宮と伊良湖に対して、

 

「さっきはごめんね」

 

 イヨが笑う。

 さっきまでの怯えた表情は、もうない。

 

「このままの方がいいか?」

 

「ううん」

 

 即答。

 

「提督の向かう場所についてくよ」

 

 にしし、と笑う。

 鉄のリードに繋がれていた時とは、打って変わる様子に二人はただ驚く。

 

 くるり、と後ろを向いた芙二へ伊良湖が声を出す。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。い、イヨちゃんはなんでそんな」

 

 イヨを抱えて、移動しかけた芙二の足を止める。

 

「そうよね、そう思うのも無理はないよ。さっきまでの私は――あの女を欺くための演技!」

 

 得意げに話す。

 その隣で、芙二が無言でイヨを見つめる。

 

「もう~! なによ、その顔は! 名演技でしょ!!」

 

 頬を膨らませ、ぷんぷんと言い返す。

 

「……お前」

 

 少しだけ声が低くなる。

 

「本当にギリギリだったんだぞ」

 

 視線を逸らす。

 

(オレ)が間に合わなかったら――」

 

 言い切らない。

 

「はい、ストップ!」

 

 イヨが頭を掴む。

 

「その顔禁止!」

 

 ぐいっと向ける。

 

「今は再会の時間でしょ?」

 

 子供のように、色々表情を変える。

 そんなイヨを見た間宮と伊良湖はどこか納得した。

 

「あれが彼女の素なんでしょうね」

「多分そうだと思います。それでも――」

 

 二人でそんな話をしていると、

 

「そっちもそんなしんみりさせない!」

 

 ボロボロの本人が元気いっぱいに励ます。

 目を細めた二人を見て、イヨもまた笑う。

 

(……無理してるのか、それとも本当に)

 

 横目で見る。

 だが、

 

(どっちでもいい)

 

 今は、生きてる。

 それだけで十分だ。

 

~~

 

 再会の際、彼女たちの核に干渉を試みるが、芳しくない。

 

(何をしても、間宮と伊良湖の姿が変えられない。クソアマに掛けた仮の皮(テクスチャ)だと時間経過で剥がれちまう)

 

 再び眉間に皺を寄せていた。

 

「また何か、小難しいことを考えてるでしょ!」

 

 イヨに人差し指で、眉間の間をぐりぐりと強く押される。

 芙二はその表情を見て、目線を逸らして誤魔化す。

 

「と、とりあえず! 皆、移動しよう」

 

 人気のない所へ。もっと言うと、個室を探して。

 

(どうせ、プレイルームとかあるだろうしな)

 

 個室を使ってそのままセーフハウスへ戻ろうと画策する。

 気配遮断の術を付与しようとしたとき、

 

「あ、あの……」

 

 背後から今にも消えそうな女性の声を耳にする。

 また欲望に目が眩んだ者か、と目つきを変えて応対する。

 

「誰だ!? ……って、クローンか。それも銀髪の」

 

 芙二の視界に入るのは、銀色のポニーテールをした、気弱そうな少女。そこら辺のスタッフと同じようにバニー姿な為、また注意されるものだと判断した。

 

「ひぃっ! そんな怒らないでください……芙二てーとく~」

 

 目を瞑り、肩を竦ませ、涙目になるバニー姿のスタッフ。だが、自身の名前と元役職を同時に出されては、殺気も萎んでいくというもの。

 

「なんで、それを」

 

 目元を抑え、わんわんと泣きだす。泣きだしたスタッフの傍に同様の格好をしたスタッフが駆け寄り、慰める所作を取る。

 

(ま、まさか!!)

 

 目の前のスタッフたちのうち、一人と目が合う。

 芙二はタブレット端末を取りだしたい、気持ちを抑える。

 

 間宮と伊良湖に頼み、三人の手を握り、急いで人気のない場所へ移動した。

 

「これなら大丈夫だろう」

 

 賭博台もない壁際、流石に衆目も注目しない。

 芙二はホッと溜息を吐く。

 

(これ以上余計なことはごめんだ)

 

 汗は額を伝わり、首筋へ流れる。

 

 予想外の出来事ばかりで、呼吸が荒くなる。

 胸が痛むような思いで、タブレット端末を手に取り、艦娘一覧をタップした。

 

 名前と眼前の存在が一致する。

 

 伊13と伊58。

 

「おまえたちもなのか?」

 

 作り変えられたガワを見て、一言。

 

「そうでち! てーとくがいなかったら、ゴーヤたちは今頃……」

 

 言葉を切る。

 ゴーヤの身体は小刻みに震えていた。

 

「初めまして」

 

 静かに頭を下げる。

 

「私は伊8です。気軽にはっちゃん、とお呼びください」

 

 胸に手を当てて、優しく言う。

 

 芙二は簡単な自己紹介を行った。

 

「初めまして。(オレ)は、芙二凌也。今は訳あって、レンジと名乗っている」

 

 伊8は挨拶を聞き、頷く。

 

「来るか?」

 

 伊8だけではなく、イヨも目を丸くさせる。

 

「潜水艦、少なくてな」

 

 軽く言う。

 

 でも、その裏は違う。

 

「こんなところに、お前らを置いていけない」

 

 伊8に手を差し伸べた。

 

「いいんですか? 私みたいな、はぐれ艦が来てしまって」

 

 胸の辺りで気まずそうに、もじもじする。

 

「大丈夫!」

 

 即答。

 

「うちの始まりも、そんなところだから」

 

 とある駆逐艦との邂逅を思い出す。冷葉が担いできた、その娘の名は――。

 毅然とした芙二の様子に、伊8は言葉を失う。

 

「……よろしくお願いします」

 

 目尻に涙を浮かべ、提案を呑む。

 

(それじゃあ、このあたりの壁に干渉してっと)

 

 ジークを運んだ時と同じやり方。

 落書きの扉を壁に描く。

 

「ヒトミ? 大丈夫か? さっきはすまなかったな」

 

 ゴーヤの肩を掴む彼女に対して、軽い謝罪をする。

 頭を下げた芙二を見て、

 

「いっいえ! 提督、頭を上げてください! 私はもう大丈夫ですので……」

 

 慌てて両手を振る。

 ヒトミを見て、安心したように頷く。

 

 芙二は一回咳ばらいをする。

 

「ここだと気が休まらないだろう。なので、これから移動する。(オレ)のあとに続いてくれ」

 

 壁の落書きへ近づき、引き戸を引く。

 扉の奥は真っ暗で何も見えない。

 

 芙二と共にイヨは進み、続いてゴーヤとはっちゃんも続く。

 伊良湖も一歩踏み出した時、彼女は裾を引かれる感覚に陥る。

 

「間宮さん?」

 

 後ろを向くと、間宮は顔を俯かせていた。

 裾を掴む、指すら震えて見える。

 

「伊良湖ちゃん、私ねあの人が怖いの」

 

 漏れる恐怖。

 溢れる不安。

 

「……間宮さんの言う事は分かります。記憶の中のあの人と違いすぎて、私も理解が追いつきません」

 

 否定せず、受け入れる。

 ぼんやりとした記憶の中にいる、芙二はもっと皆から慕われている人物だった気がするのだ。

 

(あんな、目をする人じゃなかった)

 

 何が、そこまであの人を変えさせたのだろうか。

 私たちに異常なまでの執着をする人だっただろうか。

 

 私たちは、替えの効く道具。

 僅かな資源で生まれつく、人間のエゴ。

 

「……伊良湖ちゃん? どうかしたの?」

 

「ううん、なんでもない。間宮さん、行きましょう!」

 

 裾を掴む、手を握り、二人は扉の奥へ消える。

 最後の一人が通過し終え、引き戸は閉じる。

 

 そこには不思議な落書きが存在するだけとなった。

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