伊14ことイヨを抱えた芙二は二人へ提案をする。張り詰めた空気を一変させ、柔らかな笑みを浮かべる。この場にいるよりも、今は場所を変えるべきだと。
「それは、そうですが」
間宮は二の句が継げない。
今目の前の人物は、本当に自身の知る人物なのか、確信が持てない。
「うーん、その表情……さては、迷っているんだな?」
芙二の言葉は核心をつく。
間宮は”心でも読めるのか?”と感じていた。
彼女の隣にいる伊良湖まで同じような反応を見せる。
「それもそうか。おまえたちは、
独り言を言い、頷く。芙二の様子を見て、イヨが声を掛ける。
「本質的な部分ってなぁに?」
イヨが首を傾げる。
芙二は、一瞬言葉に詰まる。
(邪悪さ……か)
喉元まで出かかる。
だが。
今の彼女に、それは違う。
「……そうだな」
少しだけ考えて、
「守るために壊す覚悟、だ」
そう静かに言う。
「そっかぁ……
彼女の口から発せられたソレは、子供のような口調ではない。
前の主人に躾けられた弱々しい表情は、もうどこにもなかった。
みすぼらしい姿は変わりないが、その目には感情が宿る。
間宮と伊良湖に対して、
「さっきはごめんね」
イヨが笑う。
さっきまでの怯えた表情は、もうない。
「このままの方がいいか?」
「ううん」
即答。
「提督の向かう場所についてくよ」
にしし、と笑う。
鉄のリードに繋がれていた時とは、打って変わる様子に二人はただ驚く。
くるり、と後ろを向いた芙二へ伊良湖が声を出す。
「ちょ、ちょっと待ってください。い、イヨちゃんはなんでそんな」
イヨを抱えて、移動しかけた芙二の足を止める。
「そうよね、そう思うのも無理はないよ。さっきまでの私は――あの女を欺くための演技!」
得意げに話す。
その隣で、芙二が無言でイヨを見つめる。
「もう~! なによ、その顔は! 名演技でしょ!!」
頬を膨らませ、ぷんぷんと言い返す。
「……お前」
少しだけ声が低くなる。
「本当にギリギリだったんだぞ」
視線を逸らす。
「
言い切らない。
「はい、ストップ!」
イヨが頭を掴む。
「その顔禁止!」
ぐいっと向ける。
「今は再会の時間でしょ?」
子供のように、色々表情を変える。
そんなイヨを見た間宮と伊良湖はどこか納得した。
「あれが彼女の素なんでしょうね」
「多分そうだと思います。それでも――」
二人でそんな話をしていると、
「そっちもそんなしんみりさせない!」
ボロボロの本人が元気いっぱいに励ます。
目を細めた二人を見て、イヨもまた笑う。
(……無理してるのか、それとも本当に)
横目で見る。
だが、
(どっちでもいい)
今は、生きてる。
それだけで十分だ。
~~
再会の際、彼女たちの核に干渉を試みるが、芳しくない。
(何をしても、間宮と伊良湖の姿が変えられない。クソアマに掛けた
再び眉間に皺を寄せていた。
「また何か、小難しいことを考えてるでしょ!」
イヨに人差し指で、眉間の間をぐりぐりと強く押される。
芙二はその表情を見て、目線を逸らして誤魔化す。
「と、とりあえず! 皆、移動しよう」
人気のない所へ。もっと言うと、個室を探して。
(どうせ、プレイルームとかあるだろうしな)
個室を使ってそのままセーフハウスへ戻ろうと画策する。
気配遮断の術を付与しようとしたとき、
「あ、あの……」
背後から今にも消えそうな女性の声を耳にする。
また欲望に目が眩んだ者か、と目つきを変えて応対する。
「誰だ!? ……って、クローンか。それも銀髪の」
芙二の視界に入るのは、銀色のポニーテールをした、気弱そうな少女。そこら辺のスタッフと同じようにバニー姿な為、また注意されるものだと判断した。
「ひぃっ! そんな怒らないでください……芙二てーとく~」
目を瞑り、肩を竦ませ、涙目になるバニー姿のスタッフ。だが、自身の名前と元役職を同時に出されては、殺気も萎んでいくというもの。
「なんで、それを」
目元を抑え、わんわんと泣きだす。泣きだしたスタッフの傍に同様の格好をしたスタッフが駆け寄り、慰める所作を取る。
(ま、まさか!!)
目の前のスタッフたちのうち、一人と目が合う。
芙二はタブレット端末を取りだしたい、気持ちを抑える。
間宮と伊良湖に頼み、三人の手を握り、急いで人気のない場所へ移動した。
「これなら大丈夫だろう」
賭博台もない壁際、流石に衆目も注目しない。
芙二はホッと溜息を吐く。
(これ以上余計なことはごめんだ)
汗は額を伝わり、首筋へ流れる。
予想外の出来事ばかりで、呼吸が荒くなる。
胸が痛むような思いで、タブレット端末を手に取り、艦娘一覧をタップした。
名前と眼前の存在が一致する。
伊13と伊58。
「おまえたちもなのか?」
作り変えられたガワを見て、一言。
「そうでち! てーとくがいなかったら、ゴーヤたちは今頃……」
言葉を切る。
ゴーヤの身体は小刻みに震えていた。
「初めまして」
静かに頭を下げる。
「私は伊8です。気軽にはっちゃん、とお呼びください」
胸に手を当てて、優しく言う。
芙二は簡単な自己紹介を行った。
「初めまして。
伊8は挨拶を聞き、頷く。
「来るか?」
伊8だけではなく、イヨも目を丸くさせる。
「潜水艦、少なくてな」
軽く言う。
でも、その裏は違う。
「こんなところに、お前らを置いていけない」
伊8に手を差し伸べた。
「いいんですか? 私みたいな、はぐれ艦が来てしまって」
胸の辺りで気まずそうに、もじもじする。
「大丈夫!」
即答。
「うちの始まりも、そんなところだから」
とある駆逐艦との邂逅を思い出す。冷葉が担いできた、その娘の名は――。
毅然とした芙二の様子に、伊8は言葉を失う。
「……よろしくお願いします」
目尻に涙を浮かべ、提案を呑む。
(それじゃあ、このあたりの壁に干渉してっと)
ジークを運んだ時と同じやり方。
落書きの扉を壁に描く。
「ヒトミ? 大丈夫か? さっきはすまなかったな」
ゴーヤの肩を掴む彼女に対して、軽い謝罪をする。
頭を下げた芙二を見て、
「いっいえ! 提督、頭を上げてください! 私はもう大丈夫ですので……」
慌てて両手を振る。
ヒトミを見て、安心したように頷く。
芙二は一回咳ばらいをする。
「ここだと気が休まらないだろう。なので、これから移動する。
壁の落書きへ近づき、引き戸を引く。
扉の奥は真っ暗で何も見えない。
芙二と共にイヨは進み、続いてゴーヤとはっちゃんも続く。
伊良湖も一歩踏み出した時、彼女は裾を引かれる感覚に陥る。
「間宮さん?」
後ろを向くと、間宮は顔を俯かせていた。
裾を掴む、指すら震えて見える。
「伊良湖ちゃん、私ねあの人が怖いの」
漏れる恐怖。
溢れる不安。
「……間宮さんの言う事は分かります。記憶の中のあの人と違いすぎて、私も理解が追いつきません」
否定せず、受け入れる。
ぼんやりとした記憶の中にいる、芙二はもっと皆から慕われている人物だった気がするのだ。
(あんな、目をする人じゃなかった)
何が、そこまであの人を変えさせたのだろうか。
私たちに異常なまでの執着をする人だっただろうか。
私たちは、替えの効く道具。
僅かな資源で生まれつく、人間のエゴ。
「……伊良湖ちゃん? どうかしたの?」
「ううん、なんでもない。間宮さん、行きましょう!」
裾を掴む、手を握り、二人は扉の奥へ消える。
最後の一人が通過し終え、引き戸は閉じる。
そこには不思議な落書きが存在するだけとなった。