夜が深まる頃。
間宮たちが見た扉の先の光景は、見知らぬ土地であった。
一軒家の日本家屋、セーフハウスの門前に立つ。
瓦屋根に和風の門構え。
「……泊地じゃないんですね」
隣にいた伊良湖が生唾を呑む。
鼻先に触れるのは、土と木々の香り。
門の両端から暖色の照明がぼんやりと灯り、柔らかな光が敷地を包んでいた。
その姿に間宮は思わず口元でつぶやく。
「こんな立派なお屋敷……芙二さんのご実家なのでしょうか」
「それは違いますよ、艦娘のお嬢さん」
しゃり、と砂利を踏む足音が聞こえる。
間宮が振り向くと、そこには提灯を片手に持った初老の男性がいた。
男性は間宮たちを見て、柔らかな態度で接する。
「初めまして。私の名はヤトウ。普段は、この屋敷で庭師をしている者です。以後お見知りおきを」
夜中ということもあり、ヤトウは声のトーンを落として簡単な挨拶をした。
「話を戻しましょう。ここは芙二さんのご実家ではなく、今住まわれているお家になります。少し前に、芙二さんは正式に主人と認められました」
二人は相槌を打つ。
庭師のヤトウの話は続く。
「それから……」
ヤトウの話は、この屋敷の歴史まで深堀されていたとき。
「ヤトウ。話はここまでにしなさい。……芙二さんがそこにいる彼女たちを探しに行こうとしています」
気配もなく現れた女は、紺色の甚平の裾を揺らしながら、ヤトウの背後に立っていた。彼女の名は
「むむっ……もうそんなに経とうとしていたか! いやぁお嬢さんたちが聞き上手だもんで、つい熱くなってしまったわ!」
ヤトウは上機嫌に笑う。
彼の態度を見て、紅雪は笑みを浮かべて、促す。
「芙二さんが来てしまう前に、彼女たちをお願いします」
頼みを聞いたヤトウは胸に握り拳を当て、
「紅雪ちゃん、わしにまかせなさいって! ちゃあんと、送り届けるからな」
とびきりの笑顔で言い切る。
真っ先に間宮へ声を掛けて、先導していく。
伊良湖もついて行こうとするとき、紅雪がこっそり言う。
「今度、時間があるときにヤトウのお話を聞いてあげてください」
その言葉に頷く中で、続けて、
「あんなに楽しそうな彼を見るのは久しぶりなんです」
紅雪は目を細めた。
伊良湖が返事をする前に、背中を軽く押す。
「ささ、行ってください。艦娘の皆様が母屋でお待ちです」
母屋で皆が待っている。
その言葉を耳にした伊良湖は、急いで間宮たちを追う。
鼻の奥がツン、としてきたことを隠すために。
~~
母屋にて。
時間も遅いのに、みんなは眠そうな顔を一切せず芙二とバニー姿の者たちをジロジロ、と見つめる。
「これはどういうこと?」
叢雲の問いに対し、芙二は真面目に答える。
「どういうわけか、イヨを除く全員姿を変えられているみたいだ」
頬を掻き、面倒くさそうに言う。
間宮と伊良湖はヤトウと共に母屋へ到着する。
そこには見慣れた者たちがいた。叢雲、時雨、サラトガ、ヴェールヌイ。
総司令部の連合艦隊からの応援要請に応えて、散ったはずの冷葉。
数少ない仲間。それでも、と間宮の目頭が熱くなる。
「冷葉さん、お久しぶりです。それに叢雲さんたちも……彼女たちの言葉を聞いて下さり、ありがとうございます」
目元にハンカチを当てながら、頭を下げる。
止まらない嗚咽の間宮に対し、伊良湖が寄り添う。
「……芙二。これが、本当に間宮たちだっていうのか?」
冷葉は彼女たちの言葉を受け取り、そのうえで、芙二を見る。
「そうだ。おまえの前で涙を流すのが、間宮。彼女に寄り添うのは、伊良湖だ」
叢雲たちも困惑を隠せない。
今目の前にいるのは、声だけは知る人物。
しかし、その姿はあまりにも原型を留めていない。
「
名を呼ばれた彼女たちは、それぞれ挙手をして軽く挨拶を行う。
「それでゴーヤの隣にいるのが、新しく加入することになる伊8だ」
伊8は一人一人見て、最後に冷葉をじっと見つめる。
「伊8です。こんな姿ですが、潜水艦です。以後お見知りおきを……もしよろしければ、はっちゃん、とお呼びください」
目を閉じ、丁寧にお辞儀をした。
バニー姿なためか、伊8が身体を揺らす度、ぷるん、と揺れる。
冷葉は頬を少し赤くさせ、目を逸らしながら言う。
「お、おう。俺は冷葉。東第一泊地の提督だ。しかし、はっちゃん、はちょっとな……」
芙二除く周囲の視線を察知してか、軽く咳ばらいをする。
「……ハチでも良いだろうか?」
伊8の提案をはねる意図はない。ただ、公私で分けるのなら兎も角。公でそう呼ぶわけにもいかないのだ。
伊8は、眉間に皺を寄せ、口をへの字にさせて考える。自身の呼び名について。
(親しみを込めて、砕けた風のあだ名でしたが、ハチも悪くありませんね)
冷葉の案に納得した、伊8はニコッと笑う。
「OKです。ハチ、でかまいません」
冷葉とハチが互いに握手をする。その中で、時雨は芙二に問う。
「ねえ、芙二さん。間宮さんたちのその姿――芙二さんの力なら何とかなるんじゃないの?」
彼女がなんてことのないように、言う。その一言。
「提督にそんな力が!?」
芙二の後ろにいた、イヨが声を上げる。
食い気味で顔を出した、ボロボロな姿の少女に視線が集中した。
「うわ!? ちょ、ちょっと見すぎ、見すぎ!」
イヨが注目を浴びている間、間宮たちは芙二の力について考える。
姿を変えられた自分たちが元の姿に戻る、唯一の方法という予感がした。