皆が、イヨの姿を見つめる。髪も顔も傷が目立ち、襤褸切れの外套を羽織っただけの少女。彼女が、ジェスチャーをする度に手足の痣が見え隠れする。
冷葉が真剣な眼差しで芙二を見つめて問う。
「芙二。この子はいったいどうして……傷だらけなんだ?」
沈黙。
この場にいる者は、皆が皆、芙二の言葉を待つ。ひとり、イヨ本人を除いて。
「そ、それはね――」
イヨが慌てた様子で、言いかけるが芙二が制する。
彼女の前に出された手を見て、口を閉じて俯く。
「
その言葉に、バニー姿のヒトミが反応する。非常に驚いた様子で、イヨを見つめた。
「所属の件は分かった。だが、姿についての説明がない。それを聞いてもいいか?」
冷葉の言葉に対し、芙二はイヨにアイコンタクトを行う。
目が合うと、一度は視線を外した。
しかし彼女は再び芙二を見て、
「提督、いいよ。私のこと、話しても」
イヨの言葉に頷く。だが、彼女は続ける。
「ただ、話していいのはこの場だけ。約束できる?」
再び頷く。
イヨは納得したような、諦めたような溜息を吐く。
「最後に! これから提督が話す内容は既に解決済みだから、変な追及はしないでよね!」
「分かった。俺はその内容について、追及しないことを誓おう」
相槌を打つ代わりに冷葉が答える。
けほん、と芙二が咳ばらいを行う。
「まず初めに、イヨが奴隷のような扱いを受けていたことだが――」
話始めたとき、
「おい、奴隷ってどういうことだよ!!」
冷葉が声を荒げる。奴隷、という言葉に叢雲たちはひそひそと話し出す。
芙二は、「そのままの意味だ」と目を伏せて返す。
~~
――そこから話されたのは、芙二が任務中での出来事。明るみよりも暗がりを、中心に伝える。その中で、クローンという存在。種族は問わず人間、艦娘、深海棲艦。果ては幻獣型、という言葉は場の空気を呑みこむ。
「……今伝えたように、クローンには人権がない。艦娘は海軍の法が機能しない。深海棲艦は、何らかの手段でイイように扱われている」
衝撃的な事実に皆が考察するなか、サラトガは挙手をした。
「すみません、一ついいですか?」
芙二は頷く。
「なんで提……芙二さんは、この格好で間宮さんたちだと理解できたんですか? 私たちでも、そこまでの変化は見破れないです」
サラトガの言い分はもっとも。
芙二からこれが間宮だ、と言われなければただの給仕に見える。伊良湖もどこかのSPもしくは会社員と受け取れる。ヒトミたちは言わずもがな。
「これのおかげだよ」
芙二はスーツの内側からタブレット端末を取りだして、見せつける。
「でもそれはただのタブレットじゃ……」
言葉に対し、首を横に振る。
芙二は電源を入れ、【東第一泊地 艦娘一覧】という項目をタップしながら見える位置に置く。
「皆、見てくれ。これからトリックを見せる」
慣れた手つきで、芙二は【サラトガ】という項目をタップする。
すると、画面に表示された名前とサラトガ本人が数回、淡い光を放つ。
「毎回こうして、バイタルチェックをしている。
作業を終え、タブレット端末を再びスーツの中に戻す。
「うわ、無限GPSだ。提督の追跡からは何者も――逃れられない」
「相変わらずのチートっぷりね……」
「それで姿が変わっても分かったのか」
と、反応はそれぞれ。
質問をしたサラトガは口に手を当てたまま、驚愕の表情で固まる。
「サラ? 大丈夫か?」
彼女の顔を覗き込む。彼女の顔を鋭く紅い目が、ジッと見つめる。
正気を取り戻したサラトガは、何度も頷き、芙二に話の続きを促す。
「ああ、そうだったな。さて、続きといこうか」
芙二は再び話し出す。
地下賭博場では金やチップはもちろんのこと、所持済みクローンや命すら賭けに使用できる。
人々が殺人や他殺を何も思わず、簡単に曝す。
客たちは、死をスパイスのような語り口で叫ぶ。
あの場にいるクローンは全て紙切れ一枚で売買可能という実態。
感覚と命を麻痺させる地獄に感じた、という事。
「そして運よく間宮たちを見つけた」
姿を変えられた彼女たちを見つめる。
直後、芙二は無意識のうちに龍神形態へと移行していた。
スーツから、紺桔梗色の神官服へ変わる。頬の辺りにまで、鱗が生え、普段隠していた角が伸びる。その余波で空気が震える。
「ふぅん、提督は人間じゃないんだね」
イヨだけは芙二の本当の姿を見ても、驚かない。
他の者は、わずかに後退した。
「う、うう……」
制御できない自分への苛立ちか、芙二は低く唸り声をあげる。
立ち姿からもありありと、見て取れる。
芙二は必死に抑えていた。
「その中で艦隊貴族という奴らがこれらを企てたということも聞いた。……わざと、クローンと同じ格好を被せ、欲に眩んだ愚か者どもの玩具となるようにッ!」
自然と拳を作り出し、力強く握る。
宝物を貶される痛みは、計り知れないもの。
「艦隊貴族……」
「それって僕たちを攫おうとした奴らが口にしていた――」
誰かが、口をぽつりと言葉を漏らす。
「そうだ」
芙二が一言。それは怨念の籠った言葉。
「……そのやりとりの中でイヨを奪った。奴らの視線や、態度には耐えられなかった」
少し冷静さを取り戻す。
悔しそうに溜息を吐き、再び特殊部隊の人間に変化する。
「驚かせたな、すまない。そしてヒトミたちも見つけて、今に至るということだ」
芙二の話を聞き終えると、その場にしゃがみ込む者が見えた。
「アンタってば、ほんっとうに……加減をしらないわね」
その中の一人、叢雲が眉を八の字にさせて小言を言う。
彼女の言葉に賛同するように、四方から言葉が飛ぶ。
「でも気持ちは分かるよ。仲間が、守るべき者がそんな扱いを受けていたら……僕も芙二さんと同じような事をすると思う」
時雨が一歩前に出て、言い切る。
冷葉も時雨の言い分に頷き、口を開く。
「なあ、芙二。そろそろ間宮さんたちを元に戻そうぜ? お前ならできるだろ? あの地で死んだ俺にやったようなことを」
芙二は目を細めて、頷いた。
「――もちろん。まずは間宮から。こちらへ来てくれ」
冷葉が合図を出す。
彼の意図を汲んだのか、艦娘たちは芙二を囲むように大きな円を作る。
円の中に間宮が入る。
彼女の顔は強張り、不安そうな表情で芙二を見つめた。
「大丈夫だ。おまえは、一度だけ頷けばいい。……いくぞ?」
これから儀式を行うのか、と思いながらただ頷く。
そのとき、間宮の足元に青く輝く魔法陣が四つ重なるように展開していく。
「≪
慌てる様子の間宮の手をぎゅっと掴む。
「大丈夫、大丈夫」と優しく慰めるように言い聞かせる。
(さて、どうなるか)
光に包まれ、晴れた後。
そこに居たのは、割烹着に赤いリボンとヘアピンが特徴の朗らかな雰囲気の女性。
艶のある茶色のポニーテールが揺れる。
バランスを崩し、芙二の胸元へ倒れ込む。その際にふたつの柔らかなものが触れた。
「おっと大丈夫か?」
咄嗟のカバーにより、事なきを得た。
しかし彼女は、すぐに体を離し、
「はい」
顔を俯かせ、消え入りそうな声で返事をする。
(よし、成功だな。今は些細な時間も惜しい)
叢雲たちの元へ進んでいく間宮を後目に、他の者も呼ぶ。
伊良湖、伊13、伊58、伊8。かつての姿を取り戻すことに成功した。
(あと残るは――、おや?)
おもむろに引き戸が開く。
「芙二さん~? ずっと電気つけっぱは止めてくださ――え?」
芙二は母屋に顔を出した凛を呼び止め、姿見を持ってくるように伝えた。
彼女の艦娘ラブに火をつけたことは言うまでもない。
るんるん気分で去る凛。
彼女を見送った後で最後の一人、イヨへと視線を向けた。
「待たせたな」
「ほんっとうに待ったよ~、忘れられているのかな~って思っちゃった」
イヨはおどけたように答える。
彼女の元へ近づき、≪
「これは新感覚かも?」
淡い輝きの魔法陣の中で、彼女は本来の姿を取り戻す。
セーラー服とスク水を足したような制服を身に纏い、艦首を模した帽子を被る。
ぐぐーっと背伸びをしながら、彼女は芙二を見て話す。
「改めて、よろしくね?」
パチリ、とウィンクをする。
頷く中で芙二はイヨと握手を交わした。
【東第一泊地 不在 艦娘一覧】
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・潜水艦
伊58
伊8
伊13
伊14
・給料艦
間宮
伊良湖