ヴェルダーたちは階段を下る。
その先の通路は更に薄暗くなり、壁際は黒い。
地下何階なのか、不明だが先ほど居た場所よりも空気は冷たく、澄んでいた。
「気をつけろ。何が埋まってるかも分からんからな」
オウルは冷静に伝える。
彼の言葉を聞き、特殊部隊は一メートル進む毎に点呼を行う。
ラビット、アント、ヴェルダーの順に声を上げる。
「よし、このまま進むぞ」
彼らは進む。曲がり曲がった迷路のような通路を。
現在のフロアへ降りてから一時間が経過しようとしたとき、先頭のオウルが立ち止まる。
「……オウル、どうかしたんですか?」
アントが前のオウルへ問いかける。
しかし彼は立ち止まったまま、動かない。
「ちょっとオウル! しっかりして!」
ラビットも心配そうにして、オウルの背中を叩く。
それでも彼は地図と前の通路を交互に見て、動かない。
「もしかして迷ったのか?」
ヴェルダーが吐いた言葉は静かな空間に染みていく。
薄暗くて見えないが、他の二人の顔がこちらを向いたような気がした。
「いや……そうじゃない」
オウルは重苦しい口調で言い、おもむろにヘッドライトで前方を照らす。
その瞬間――、
「うっ!?」
アントが一歩退く。
ライトで照らされた先には、巨大なフジツボのように密集した赤紫色の肉瘤が蠢いていた。
ぶちゅるっ ぶちゅるるっ
しわくちゃな肉瘤の上部が不快な音を立てる。
黄色く粘りのある液体と共に白濁した袋が飛び出た。
「ううっ!! きっもちわるい!」
その光景を前にラビットは顔を青ざめさせる。
オウルは静かに、短剣を構えて叫ぶ。
「全員、構えろ! あれを壊さないと先には進めそうにないッ!」
ヴェルダー以外の二人は、各々のスタイルに合わせて構え、備える。
三人は、予想外の敵に余裕を無くしていた。
ぶちゅ、ぶちゃり、べちゃ
袋が脈動し、その中から青白い肌の深海棲艦と酷似した生物が十体這い出るように、現れた。
(なんだと……?)
ヴェルダーの表情が険しくなる。
イ級のような魚型から、時間が経過するにつれて骨が伸びて、筋肉や皮膚が覆う。
「う、そだろ?」
アントは目を丸くさせる。
中型犬並の大きさから、馬や牛などの大型哺乳類並へ。
五分が経過する頃には、人型の艤装を持たない深海棲艦へ変態した。
「……侵入者を排除する。ソレがワたしたちのシメイ」
片言交じりの日本語を話しつつ、彼女たちはヴェルダーたち特殊部隊へ襲い掛かった。
~~
戦闘が開始して、三十分が経過しようとしていた。
カンッ キンッ
金属同士のぶつかり合う音。肉を切られ、骨を断つ悲鳴。体力を消耗する息遣い。
澄んだ空気は汚れ、血と腐臭の入り混じるものへ。
「こいつらまだいるのかよ!」
アントがうざったそうに叫ぶ。
彼は十を倒してから、数えるのはやめた。
「それはっ そうだけどっ」
深海棲艦モドキの攻撃をいなして、ラビットが返事をする。
無数に湧く深海棲艦モドキに嫌気が差す。
「お前たちは――
ヴェルダーは対峙した深海棲艦モドキへ告げる。
途端に得難い恐怖がクローンたちを喰らい尽くすように覆う。
「ま、だ……ワタシは」
抵抗の意志を見せる。
「悪いな、少し乱暴になる」
ヴェルダーがため息を吐く。
彼はクローンの前へ瞬間移動して、腹を蹴り貫く。
「ガハッ ――ゲホゲホッ」
音を、感覚を置いた攻撃は深海棲艦モドキを壁に激突させる。
その瞬間――全ての視線がヴェルダーだけを見た。
「お前たちは既に深海棲艦ですらない。血に溶けた深海の呪いが蝕んでいるのが分からないか?」
ひび割れた壁の前で、横に倒れている深海棲艦モドキの前に立つ。
しゃがんで、胸の辺りへ干渉して、魂という核を引きぬく。
「や、やべて……それ、はワタシの」
ヴェルダーは無情に握っていた魂を握り潰す。
「がっ ア――」
深海棲艦モドキの命が停止した、はずであった。
しかし肉体はまだ痙攣を続けている。
「悪趣味だな」
ヴェルダーの言葉はすぐに消える。
どくん、どくん
身体が何度も伸縮を繰り返す。死した肉の、骨の砕ける音が響く。
青白い皮膚にヒビが入り、殻を破るように青い鱗に覆われた個体が現れた。
「一筋縄じゃあ終わらないってか。どこまで命を冒涜すれば気が済むんだよ!」
おぞましい実験を行っている人間たち、海軍の非情派に憎悪の刃が向く。
オウルたちが反応すると同時に、静止していた深海棲艦モドキは暴れ始める。
「あっ、あれは……」
ラビットが慄く。
一回り大きく、姿が人型らしからぬものへの恐怖。
「普通の深海棲艦では、ああはならない。ならば――人工的に創り出したのか!?」
三、四メートルはくだらない、その大きさに圧倒される。
艤装の代わりに、複数の手が生え、四方に伸びる。
「……すまないな」
しわくちゃになった青白い皮と青い鱗の個体を前に判断する。
魂ごと消滅させるしかない、と。
(だが、どうする?)
特殊部隊の面々がいる手前。彼らの不信を招く事態は避けたい。
今も増え続ける深海棲艦モドキは殺しても再生し、別の姿へ変わり続ける。
「策はある。しかし……迷っている場合ではないか」
ちらり、と周囲に視線を向ける。
同様の個体は数をどんどん増やしていき、廊下を埋め尽くす。
「オウル! スタングレネードは持っているか?!」
「ああ、ある! それがどうかしたのか!」
即答。
オウルは懐から取り出して見せる。
「3、2、1の合図で投げろ! そして
急な指示に他の二人は慌てふためく。
だが、オウルの言葉を前に搔き消える。
「ええい、君の作戦を呑もう! 3、2、1……行くぞ。皆、目を瞑り、耳を塞げッ!!」
オウルがスタングレネードを天井付近へぶん投げた。
独特な音を発した直後、深海棲艦モドキはナメクジのように這い回って襲い来る。
ピッキーーーーン
甲高い音と眩い光が空間に満ちた、そのとき。
「悪いな、今はこれが最善だ」
ヴェルダーは虚空から取り出した、大鎌で天井を切りつけた。
がらがら、と崩れ落ちる。もう一度、大鎌を振るう。
刃から派生した衝撃波は深海棲艦モドキの魂を斬り、命は潰えていく。
「……すごい衝撃がしたんだが」
オウルは恐る恐る目を開けた。
目の前の光景は、瓦礫の山。
天井が崩れ落ちて、深海棲艦モドキは全員下敷きになっていた。
「これは……」
ごくり、と生唾を呑む。
あの土壇場でこの作戦を思いつくヴェルダーに、だ。
(もし、失敗していれば全員死んでいた。この行動を、責めたいのは山々だが……)
と思いとどまる。
「ラビット、アント。目を開けていい」
安全は保障されている、と付け加える。
二人は、目を開け、目の前の光景に固まる。
「オウル。応じてくれてありがとう」
ヴェルダーが深々と頭を下げる。
オウルは、静かに頷き、感謝を受け取った。
「さて、あの肉瘤を破壊しよう」
――彼ら、特殊部隊の面々は瓦礫の山を越えながら、助け合って進んでいく。