無限に増殖する深海棲艦モドキを撃破した特殊部隊の面々。ヴェルダーの案により、事の元凶の前まで躍り出ることに成功した。
「……うう、酷いにおいだ」
びくびく、と痙攣するように震えているのは巨大な肉瘤。全体的に赤紫色の体色。梅干しのようなしわを見せ、粘り気のある液体を噴き出していた。
そんなものを目の前にアントは鼻を摘み、涙目になる。
「防毒マスクがあってよかった」
そう言うラビットの方を向くと、彼女は所持していたのか、青い色のマスクをつけている。腐敗臭と磯臭さが入り混じるなか。
ラビットとヴェルダーだけは顔を顰めずにいた。オウルは臭いも気にならない様子で、肉瘤の元でしゃがんでいる。
「さ、流石オウルさんだ。こんな臭いも関係ないなんて」
リーダーの強さに感激していた。そんな話す中でアントは、
「オエッ……ぐぇっ。っぱり、慣れねえよ」
と、えづく。堪えようとしているのか、口元を何度も拭っている。しかしオウルが短剣で肉瘤の表面を傷つけた際、一番濃い腐敗臭と排泄物とが混ざった臭いが充満した。
「――ッ!? す、すみません!」
最後は壁際まで移動して、嘔吐していた。
彼が吐く中で、空気中にツンとした酸っぱい臭いも加わる。ヴェルダーも空気の汚染を感じ、お手製魔改造ペストマスクを顔に装着した。
「ちょっと! ペストマスクってどこからそんなものを取りだしたの!?」
防毒マスク越しの、ラビットの吃驚したような声が聞こえる。ヴェルダーが手品だ、と返す中でオウルはただ一人黙々と肉瘤の解体を行っていた。
「……これは、なんだ?」
ぎゃい、ぎゃい、とヴェルダーとラビットの問答が続く。そんなとき、オウルが何か発見したのか、声を上げる。
「オウル? なにか、見つけたの――」
そのとき。オウルの頭上にある肉瘤が震えだす。
赤紫色の肉瘤が――ぶちゅ、ぶりゅ、と白濁の袋を吐き出す。その中では、胎児と巨大な卵黄嚢が見え、一秒が経つ毎に中身が急速に成長していくのが見て取れる。
「ちょ、このままだとさっきの再来じゃないッ」
慌てたラビットが足で潰そうとしたとき、二対の植木挟が飛来し、胎児と卵黄嚢の通路を切断した。袋は破け、中身がどろり、と地面に広がる。
透明な潤滑油のような、体液はあっという間に乾燥して、干からびていく。
「ふーっ……ラビットさん。慌てすぎ」
その声の方を振り向く。眉を八の字にさせ、口を拭うアントが映る。すかさず彼は、自身が背負うリュックサックからペットボトルを取りだす。
「あ、ありがとう」
吐しゃ物と汚れでどろどろの手で、キャップを開ける。
躊躇いなく口の中へ入れて、がらがら、とうがいをした。
「――ぺっ」
それから何度もうがいをしては、吐き出す工程を繰り返す。
アントの様子に、オウルは軽く咳ばらいをする。
「これを軽く解体して分かったことがある」
オウルは、所々切られて痙攣している肉瘤を指さす。
「残念なことにこいつらは、元人間だ」
ヴェルダーとオウル以外の二人がざわめく。
「は、あ?!」
「オウル……? いきなり何を言い出すの?」
驚きのあまり、アントは飲みかけのペットボトルを落とす。肉と血が滲む地面へ水をぶちまけ、空の容器が音を立てて転がる。
「ヴェルダー、君は驚かないようだな」
オウルは片目を瞑って、ジロリと見つめる。
「十分驚いているよ。あのゴミたちが”人間を使った禁忌の実験をしている”と聞いていた分、マシというだけだ」
そう言いながら、ヴェルダーは肉瘤の中へ意識を集中させる。魂があれば、完全に蘇らせる事ができる、そう確信していた。
しかし――既に消滅していた。オウルの言う、元となった人間のものが。
「そうか。変な疑いをかけてすまない」
「
オウルに続きを促す。彼は頷き、短剣で片方の肉瘤を割るように裂く。
べちゃり
縦に裂けた肉瘤の中からは―赤髪、真っ白な顔の男性が、半分だけ出た。もう半分は削げたのか、溶けたのか無く、空洞が覗いている。
「っ――う」
アントの表情が強張る。
既に息絶えている男性の肉体は、既に肉と溶け合っている様に拘束されている。
「本当に、人間が入っている……それじゃ、もう片方は女性か」
「そうだと思う」
オウルが適当な肉瘤を切断したとき、中から現れたのは互いに密着し、寄り添う形で溶け合っている男女。白い髪に、黒い身体の、裸の人間がふたり。
互いの身体は肉と腐敗で溶け合い、唇も合わせるように固く結ばれていた。
ヴェルダーは溶け合う男女の魂の行方を探すが、徒労に終わる。
「そ、そんなわけが」
アントは突然狼狽え、乾いた卵黄嚢の傍にある自身の得物を片手に持つ。ふら、ふらと千鳥足の彼にラビットが駆け寄る。
「オウルッ! ヴェルダーッ! アントの様子が変! お願い、止めて!」
彼女はアントの腕を強く掴むが、彼の行進は止まらない。
ラビットだけじゃなく、オウルまでも掴んで引くが、彼の足は止まらない。
ズザ、ズザザ
アントは重い物を引くように、一歩一歩を進む。
「なんで、そこにいんだよッ」
愛し合うように、溶け合う男女を見つめて、歯ぎしりを行う。
そして喉を絞るような、か細い声で呟く。
既に千鳥足ではなく、確固たる意志を踏みしめる足取りへ変わっていた。
「おいおい、どうした。おまえらしくないぞ、アント」
ヴェルダーがアントの前に手を出す。二人がかりの拘束を物ともしないアントが静止した。
「……邪魔だ。どけ」
「瘴気か、邪気に当てられたか?」
退かず、引かずの問答。
ヴェルダーは首を傾げ、口をへの字にして言う。
「邪魔をする気はない。肉瘤は破壊しないといけないし。だけど、急に態度を変えられても困るってだけさ」
アントは顔を俯かせ、押し黙る。
オウルとラビットは彼の身体から離れた。
「その前に――」
拘束の解かれた手には、植木挟。分離させ、二本の短剣をクナイのように持つ。
「――邪魔なものをぶっ壊させてもらうぜッ」
目にも止まらぬ速さで、ヴェルダーを飛び越えて肉瘤の前に着地した。ラビットやオウルは手を伸ばし、「待て」と呼びかけたが――
「見た目が、似すぎてんだよ!」
肉瘤へ格子状に切り込みを入れ、ダメもとでドロップキックを繰り出す。脆い断面に、硬い靴底。ぐちゃり、という音と共に肉塊へ。
肉瘤内の男女が崩れ落ちる時、喉が割れたような絶叫が四方八方から生じる。あまりのうるささに耳を塞ぎ、周囲を見渡していく。
その中で目にしたものは、一斉に崩れていく肉瘤の群れだった。