「そ、れは……」
アントの表情は歪み、彼の喉は空気だけを押し出す。
視線はメリアから離れ、下へ移動した。
話を始めたオウルすら、言葉を紡げない。
そんな中で、ヴェルダーだけは違った。
「すまないが、詳しく教えてもらえないか?」
メリアの傍へ一歩踏み出し、彼女と目を合わせる。ヴェルダーの表情は、先行部隊の生存を諦めていない。そんな風だと、周囲は受け取った。
「はい……分かりました」
悲痛な表情のまま、語るは今までの出来事。
先行部隊の仲間、そして隊長のケイジュと共に中枢へ到達し、安全を確保したうえで目的の収集を行ったこと。
「私たちが到達した場所は入り口に過ぎず、奥へ続く扉を見つけて、隊員数名が進みました。そしてそこで証拠となるディスクを見つけました」
メリアの言葉にケイジュも頷く。
続けて、口を開いた。
ディスクを隊員が持ち込んでいた専用の機器に読み込ませ、中身を確認したこと。
「私が先ほど決定的な証拠、と言いましたのはこれが根拠です」
肝心の中身は、主に人身売買の記録。非合法な研究、とその成果。実験に使われた人間の記録とその家族構成について。
そして深海棲艦との早期戦争解決の手段。
(ど、どれも国家機密レベルじゃねえか!?)
メリアの話を聞く中で、アントの心は穏やかさを失う。
オウルとラビットは、ヴェルダーが持ち帰ってきた機密と同じ価値。あるいは、それ以上の機密を得ていたことに感心していた。
「話している途中で悪いが、最後の、深海棲艦との早期戦争解決の手段というのに心当たりがあるかもしれない」
メリアが話し始める前に、ルナ・ケイジュが挙手をした。
皆の視線が集まり、彼の言葉を待つ。
「話を遮ってすまない。奴らとの戦争解決を早める手段――即ち、クローン兵だと考えられる」
ルナ・ケイジュの言葉に、メリアは目を丸くして、硬直し、アントは彼を二度見した。
「突拍子もない話題に聞こえるだろう。しかし、アント殿は見たのではないか? あの賭博場で鹵獲不可能な深海棲艦を娼婦のように扱えていただろう」
大仰な身振り手振りをしながら、彼は言葉を続ける。
「そして私はある仮説に辿り着いた。あの場にいる者全て、誰かの遺伝子から生まれたクローンではないかと」
ルナ・ケイジュの言葉に、ヴェルダーの耳が僅かに動く。他の者は、突拍子もない単語に目を白黒させる。
「クローン? は、馬鹿を言うな。そんなファンタジー、現実に存在するわけない」
小馬鹿にするように、アントが鼻で笑う。
「それはどうかな? 現に私は、幻獣型クローンと名乗る者たちとの接触に成功している。オウル殿からも、その報告を受けている」
アントの言葉も真に受けず、ただ淡々と続けた。
”幻獣型クローン”。その単語にメリアだけが、首を傾げる。
「彼女たちが存在するならば、それもまた在るという証左だ」
誰も反論しない。オウルやラビットは話し合い、アントはヴェルダーが持ち帰ってきた情報を改めて確認している。
当の本人である、ヴェルダーはルナ・ケイジュの言葉の意味を痛い程知らされている。
(リヴァイがそうするわけがねえな。となると、彼女か)
ヴェルダーは自身へ丁寧に挨拶してきた彼女の事を思い浮かべた。相方、というには些か問題があるかもしれない。彼は呑気な彼女を制する役目を持っていた。
メリアとルナ・ケイジュを除く、四人がそれぞれの行動を起こす。ラビットと真剣な表情で話していたオウルは、今にも泣きそうなメリアと目が合う。
「あ……ブラドオウルさん」
ずび、と鼻をすする。瞳は潤み、眉が下がり、今にも。
(そうであった。彼女の仲間が、深奥で応援要請をしているのだ)
今に時間を割くのは、愚策。
オウルは軽く咳ばらいを行い、全員の視線を一息に受けた。
「ケイジュ殿。わざわざ、興味深い話をありがとう。また後で詳しく話を聞かせてくれ」
彼の言葉にルナ・ケイジュは満更でもなさそうに頷く。
「続けて、メリア殿」
オウルは彼女の方を向いて、ジッと見つめる。
低い声で呼ばれ、泣きべそのメリアは反射的に背を伸ばす。
「君の仲間が深奥で戦っているのに、時間を無駄にしてすまない」
静かに、深く頭を下げる。
突然の行動に吃驚したメリアは、両手を前に出して、
「そ、そんな! いいですよ、ブラドオウルさん!」
慌てて止めるよう、促す。
「うむ、そうであったな。時間を取らせた」
オウルは頭を上げ、もう一度咳ばらいをした後に今度の進路について話し始めた。
「先ほどケイジュ殿から聞いた通り、真っ直ぐへは通れない。なので、脇道から迂回して進むことに決めた」
彼の言葉に一同は頷き、その”脇道”の方向へ足を進めていく。そこも、今まで通ってきた道と同じような構造をしていた。
コンクリートで舗装された通路。等間隔に並ぶ、暖色の、白熱灯のぼんやりとした光。
「行こう」
オウルを先頭に、部隊は動く。
彼が一歩踏み出した時、その表情が歪む。
(あまりにも、酷い臭いだ)
青臭さ、生ごみの焼けるような臭い、排水管から上る吐き気を催す臭い。
それらが混ざり、瘴気で満ちているのか、かすかに吸い込む度にえずく始末。
「みんな、気をつけろ。この先は、きっと地獄だ」
布で簡易マスクを作り出し、明るさを頼りに深奥へ急ぐ。