とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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3章 25話『深奥の人魚』

 休憩時間も終わり、皆は広い白い空間の中心へ集まる。

 

「すみません、オウル。時間は惜しいのに、待たせてしまいました」

 

「問題ない。それよりも」

 

 オウルがちらり、とアントを横目で見た。彼は肩で呼吸をし、頬は赤い。 

 そしてメリアを、彼女の腕を引いて皆が集まる場に駆けつけていた。

 

「それよりも、メリアと打ち解けたみたいだな?」

 

 クク、と愉快そうに喉を鳴らす。指摘を受けて、アントは掴んでいた手を放しながら、メリアへ謝罪をする。

 

「え? うわ! め、メリア、ごめん! びっくりしたよな……?」

 

「いえ、お気になさらないでください」

 

 顔色ひとつ変えず、アントへ言葉を返す。

 そっけない様子にショックだったのか、顔の前に手を合わせて懇願する。

 先ほどよりも、ほんの少しだけ幼く見え、思わず微笑んでいた。

 

「っ!? わ、笑っている?」

 

 メリアは表情をコロコロ変える。

 気を許す仲になったのか、とヴェルダーは二人の関係を微笑ましく見ていた。

 

 しかし彼女は自身に翻弄されるアントを置いて、ルナ・ケイジュの方を向く。

 

「ケイジュ隊長」

 

「ん、なんだ。改まって」

 

 いつになく真剣だな、と内心で呟く。

 メリアは大きくけほん、と咳ばらいをした。

 

 すぅぅう、と息を吸い込み、芯の籠った声色で話し出した。

 

「私はこの任務が終わったら、特殊部隊への転属を認めていただきたいです」

 

 彼女の一言は、聞く者の眉を動かす。

 

「ほう。……分かった。考えてやろう」

 

 隊長のルナ・ケイジュは、静かに言い切った。

 彼の態度にメリアは小さくガッツポーズを見せる。

 

「ふむ。わしも受け入れ態勢を整えておこうか」

 

 オウルの肯定的な反応に、アントの口角が上がる。

 

「なら、とっとと仲間の応援に応えなくちゃね」

 

 ラビットが何度も頷き、メリアの頭を撫でた。

 ただヴェルダーの気は少し逸れて、妙な気配を辿ろうと考える。

 

「そろそろ向かうぞ」

 

 オウルの一声により、ヴェルダーの試みは失敗に終わった。

 

~~

 

 休憩で利用した空間に別れを告げ、非常灯の点いた、病院の通路のような空間へ歩みだす。

 希望を胸に一行は、いよいよ深奥へ到達する。

 

「この先は油断一つが命取りだ。先行部隊の隊員の救助を優先しろ」

 

 言い切るオウルの顔は見えない。だが、彼の言葉の節々からは焦燥感が見えた。

 潜入を開始してから、どれほどの時間が経ったのか分からない。

 

「皆、応援を呼んできたよ!」

 

 メリアが意気揚々に鉄錆びた扉を押す。

 ギ、ギ、と耳を塞ぎたくなるような、音を立てて徐々に開いていく。

 

「……すぐに救けるから、もう少しの辛抱だよ」

 

 扉が開いていく度に、周囲からは長年放置されてきたように、埃が舞う。

 

「ゲッホ、ゴホッ……酷い埃」

 

 メリアの傍にいたラビットが、何度も咳き込む。彼女は空中に舞った埃を、手のひらで掃う。

 

(すごい埃だ。本当にここから入ってきたのか?)

 

 ヴェルダーは長年放置されていた蔵の風通しをしているような、そんな気分になっていた。

 扉がほとんど開いたとき、アントが一番に覗き込む。

 

「中はどうなって――うわぁ!? に、人魚と武装した人が戦っているぞ!」

 

 扉の先の光景は、ひと言で表すならば戦争。

 銃撃戦、接近戦が各地で発生しているようだった。

 

 かなり広々としたドーム状の空間の中で、人魚が何十体と見える。ヴェルダーの表情に影が差す。どの人魚を見ても人魚には、もはや人らしさはない。

 

「こ、この……ケイジュ隊長が来るまでに死ぬわけにはいかない!」

 

 傍にいた隊員が人魚を仕留める。彼は前進に青い血を浴び、鋭い槍を突き立てた。

 

「あ、危ない!」

 

 何かに気づいたメリアが一歩踏み出す前に、隊員は人魚の胸鰭に貫かれた。

 しゅるり、と死体から胸鰭が外される。二つの死体の中で赤と青の血が混ざりあう。

 

「遘√%縺昴′縲∽ココ髢薙□?」

 

 扉の付近を徘徊する個体。

 

 口は縦に大きく裂け、目は真横にびっしりとついている。得物を複数認識しているように、ぎょろぎょろと動き回っていた。

 

「う、なによあれ! 完全な化け物じゃない!!」

 

 彼女らのビジュアルを目視したラビットは悲鳴をあげた。鳥肌が立つのか、両腕を組んで摩っている。

 

「驍ェ謔ェ縺ェ縲∵?ェ迚ゥ繧?シ√??謌代i」

 

 白や赤、金銀といった鱗に覆われた身体を、しならせて、対象へぶつける。人語を放す人魚とは異なり、野性的な動きしか見えていない。

 

「縺梧э蠢励?蜉帙r隕九○縺、縺代※繧?k?」

 

 一匹の人魚の首が百八十度傾く。軟体動物のように、ぐるりと醜悪な表情を見せた。

 

「蛹悶¢迚ゥ縺ョ莉イ髢薙□?√??縺ソ繧薙↑縲?寔縺セ繧鯉シ?シ」

 

 耳を塞ぎたくなる、奇声が空間に響く。

 奇声のあとはとたんに静寂が訪れる。

 

 様々な色の目が、開け放たれた扉を凝視していた。敵意に満ちた眼差し、興味を持つ眼差し。状態はそれぞれ。ただひとつ人魚の視線の中で、熱い視線も混ざる。

 

「み、みんな! ケイジュ隊長とメリアが戻ってきた!」

 

 ルナ・ケイジュとメリアを見た青年は歓声を上げた。

 これまでの苦労が報われた、と言わんばかりな声量。

 

「おいおい、マジかよ!? オウル隊長!? もしかして、あの特殊部隊と共闘できるってことか!!」 

 

 青年に続いて、ヴェルダーたちの存在も気が付いたらしく、様々な方向から感謝の言葉と鼓舞が聞こえた。

 

「皆の者、よくぞ持ちこたえた。もう少し持ちこたえよ! 皆で帰って、祝杯をあげるぞ!!」

 

 ルナ・ケイジュは皆よりも一歩前に出て、戦う部下を労う。言葉もほどほどに、這いずる人魚へ二対の短剣を抜刀し、構えた。

 

「行くぞ、メリアよ! 皆を救助して、()()()()で帰るぞッ!!」

 

 ヴェルダーたちの反応を待たず、二人は前に飛び出した。

 衝撃でバンッと大きな音を立てて扉は外れて、倒れる。

 

「ああ、待てッ」

 

 オウルは交戦を開始する二人へ腕を伸ばす。

 止まらぬ彼らの背に、伸ばした腕を下げて、

 

「……仕方ない。ラビット、アント、ヴェルダー。わしらも彼らの援護にあたるぞ!」

 

 ヴェルダー除く、特殊部隊の一行らは人魚を撲滅するために、彼らに続いた。

 

~~

 

 彼らが戦い始めてすぐのこと。

 妙な気配を辿っている最中、一歩だけ出遅れた。

 

 その一歩とは大きなもので三人の背が小さくなり、やがて煙と戦闘の中に潜む。

 

「やべっ……完全に出遅れた」

 

 龍神形態へ移行せずの戦闘は、久しぶりだ。

 ただの人間として振る舞うには――後方援護。それに尽きる。

 

 いつまでたっても、扉の前にいる事にじっとしちゃいられず、駆けだした。

 

 ――ビインッ

 

「は?」

 

 見えない壁に阻まれる。

 進めば、進むほどゴムのように伸びる壁。

 

「あ? これどうなって――」

 

 叩けど、伸びるだけで破れない。試しに虚空から薙刀を取りだす。

 そして思い切り、衝いてもダメ。

 

 ここはいったん冷静に、そう考えた瞬間。

 

『どうした、ヴェルダー! おまえの姿が見えないぞ!』

 

 配布のトランシーバーから雑音に混じった声が聞こえる。

 すぐに電源をオンにして、

 

『こちらヴェルダー、今より後方支援にあたる!』

 

 そう適当に返す。

 トランシーバーからはくぐもった声で『了解』の二文字が漏れた。

 

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