休憩時間も終わり、皆は広い白い空間の中心へ集まる。
「すみません、オウル。時間は惜しいのに、待たせてしまいました」
「問題ない。それよりも」
オウルがちらり、とアントを横目で見た。彼は肩で呼吸をし、頬は赤い。
そしてメリアを、彼女の腕を引いて皆が集まる場に駆けつけていた。
「それよりも、メリアと打ち解けたみたいだな?」
クク、と愉快そうに喉を鳴らす。指摘を受けて、アントは掴んでいた手を放しながら、メリアへ謝罪をする。
「え? うわ! め、メリア、ごめん! びっくりしたよな……?」
「いえ、お気になさらないでください」
顔色ひとつ変えず、アントへ言葉を返す。
そっけない様子にショックだったのか、顔の前に手を合わせて懇願する。
先ほどよりも、ほんの少しだけ幼く見え、思わず微笑んでいた。
「っ!? わ、笑っている?」
メリアは表情をコロコロ変える。
気を許す仲になったのか、とヴェルダーは二人の関係を微笑ましく見ていた。
しかし彼女は自身に翻弄されるアントを置いて、ルナ・ケイジュの方を向く。
「ケイジュ隊長」
「ん、なんだ。改まって」
いつになく真剣だな、と内心で呟く。
メリアは大きくけほん、と咳ばらいをした。
すぅぅう、と息を吸い込み、芯の籠った声色で話し出した。
「私はこの任務が終わったら、特殊部隊への転属を認めていただきたいです」
彼女の一言は、聞く者の眉を動かす。
「ほう。……分かった。考えてやろう」
隊長のルナ・ケイジュは、静かに言い切った。
彼の態度にメリアは小さくガッツポーズを見せる。
「ふむ。わしも受け入れ態勢を整えておこうか」
オウルの肯定的な反応に、アントの口角が上がる。
「なら、とっとと仲間の応援に応えなくちゃね」
ラビットが何度も頷き、メリアの頭を撫でた。
ただヴェルダーの気は少し逸れて、妙な気配を辿ろうと考える。
「そろそろ向かうぞ」
オウルの一声により、ヴェルダーの試みは失敗に終わった。
~~
休憩で利用した空間に別れを告げ、非常灯の点いた、病院の通路のような空間へ歩みだす。
希望を胸に一行は、いよいよ深奥へ到達する。
「この先は油断一つが命取りだ。先行部隊の隊員の救助を優先しろ」
言い切るオウルの顔は見えない。だが、彼の言葉の節々からは焦燥感が見えた。
潜入を開始してから、どれほどの時間が経ったのか分からない。
「皆、応援を呼んできたよ!」
メリアが意気揚々に鉄錆びた扉を押す。
ギ、ギ、と耳を塞ぎたくなるような、音を立てて徐々に開いていく。
「……すぐに救けるから、もう少しの辛抱だよ」
扉が開いていく度に、周囲からは長年放置されてきたように、埃が舞う。
「ゲッホ、ゴホッ……酷い埃」
メリアの傍にいたラビットが、何度も咳き込む。彼女は空中に舞った埃を、手のひらで掃う。
(すごい埃だ。本当にここから入ってきたのか?)
ヴェルダーは長年放置されていた蔵の風通しをしているような、そんな気分になっていた。
扉がほとんど開いたとき、アントが一番に覗き込む。
「中はどうなって――うわぁ!? に、人魚と武装した人が戦っているぞ!」
扉の先の光景は、ひと言で表すならば戦争。
銃撃戦、接近戦が各地で発生しているようだった。
かなり広々としたドーム状の空間の中で、人魚が何十体と見える。ヴェルダーの表情に影が差す。どの人魚を見ても人魚には、もはや人らしさはない。
「こ、この……ケイジュ隊長が来るまでに死ぬわけにはいかない!」
傍にいた隊員が人魚を仕留める。彼は前進に青い血を浴び、鋭い槍を突き立てた。
「あ、危ない!」
何かに気づいたメリアが一歩踏み出す前に、隊員は人魚の胸鰭に貫かれた。
しゅるり、と死体から胸鰭が外される。二つの死体の中で赤と青の血が混ざりあう。
「遘√%縺昴′縲∽ココ髢薙□?」
扉の付近を徘徊する個体。
口は縦に大きく裂け、目は真横にびっしりとついている。得物を複数認識しているように、ぎょろぎょろと動き回っていた。
「う、なによあれ! 完全な化け物じゃない!!」
彼女らのビジュアルを目視したラビットは悲鳴をあげた。鳥肌が立つのか、両腕を組んで摩っている。
「驍ェ謔ェ縺ェ縲∵?ェ迚ゥ繧?シ√??謌代i」
白や赤、金銀といった鱗に覆われた身体を、しならせて、対象へぶつける。人語を放す人魚とは異なり、野性的な動きしか見えていない。
「縺梧э蠢励?蜉帙r隕九○縺、縺代※繧?k?」
一匹の人魚の首が百八十度傾く。軟体動物のように、ぐるりと醜悪な表情を見せた。
「蛹悶¢迚ゥ縺ョ莉イ髢薙□?√??縺ソ繧薙↑縲?寔縺セ繧鯉シ?シ」
耳を塞ぎたくなる、奇声が空間に響く。
奇声のあとはとたんに静寂が訪れる。
様々な色の目が、開け放たれた扉を凝視していた。敵意に満ちた眼差し、興味を持つ眼差し。状態はそれぞれ。ただひとつ人魚の視線の中で、熱い視線も混ざる。
「み、みんな! ケイジュ隊長とメリアが戻ってきた!」
ルナ・ケイジュとメリアを見た青年は歓声を上げた。
これまでの苦労が報われた、と言わんばかりな声量。
「おいおい、マジかよ!? オウル隊長!? もしかして、あの特殊部隊と共闘できるってことか!!」
青年に続いて、ヴェルダーたちの存在も気が付いたらしく、様々な方向から感謝の言葉と鼓舞が聞こえた。
「皆の者、よくぞ持ちこたえた。もう少し持ちこたえよ! 皆で帰って、祝杯をあげるぞ!!」
ルナ・ケイジュは皆よりも一歩前に出て、戦う部下を労う。言葉もほどほどに、這いずる人魚へ二対の短剣を抜刀し、構えた。
「行くぞ、メリアよ! 皆を救助して、
ヴェルダーたちの反応を待たず、二人は前に飛び出した。
衝撃でバンッと大きな音を立てて扉は外れて、倒れる。
「ああ、待てッ」
オウルは交戦を開始する二人へ腕を伸ばす。
止まらぬ彼らの背に、伸ばした腕を下げて、
「……仕方ない。ラビット、アント、ヴェルダー。わしらも彼らの援護にあたるぞ!」
ヴェルダー除く、特殊部隊の一行らは人魚を撲滅するために、彼らに続いた。
~~
彼らが戦い始めてすぐのこと。
妙な気配を辿っている最中、一歩だけ出遅れた。
その一歩とは大きなもので三人の背が小さくなり、やがて煙と戦闘の中に潜む。
「やべっ……完全に出遅れた」
龍神形態へ移行せずの戦闘は、久しぶりだ。
ただの人間として振る舞うには――後方援護。それに尽きる。
いつまでたっても、扉の前にいる事にじっとしちゃいられず、駆けだした。
――ビインッ
「は?」
見えない壁に阻まれる。
進めば、進むほどゴムのように伸びる壁。
「あ? これどうなって――」
叩けど、伸びるだけで破れない。試しに虚空から薙刀を取りだす。
そして思い切り、衝いてもダメ。
ここはいったん冷静に、そう考えた瞬間。
『どうした、ヴェルダー! おまえの姿が見えないぞ!』
配布のトランシーバーから雑音に混じった声が聞こえる。
すぐに電源をオンにして、
『こちらヴェルダー、今より後方支援にあたる!』
そう適当に返す。
トランシーバーからはくぐもった声で『了解』の二文字が漏れた。