とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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3章 幕間『阿鼻叫喚』

 ほんの少し前のこと。

 

 ヴェルダーは、扉の前で後方支援の内容を考える。

 見えない壁の前で無力感を味わう。

 

(もういっそのこと、能力で干渉してしまえばいいのか)

 

 と自身に課した制約を反故にしようと考え始めた。一瞬、胸がチクリと痛む。能力の使用を躊躇うのは今更だろう。

 

(ジークの蘇生。地下賭博場での出来事。暗路の深海棲艦モドキ)

 

 既に状況打破の為に使用してしまっている。その事実が、制約を解くようにと甘く誘う。

 

「あぁ……いかん、いかん」

 

 首を横に振り、考えを掻き消す。

 しかし任務自体は終わる方向へ進んでいる。この場面を切り抜けた後は適当に報告だのなんだの、言って単独行動を取ろう、とそう考えていた。 

 

(ならば、少しくらいいいだろうか。もうほとんどバレているようなものだし)

 

 空間転移による、壁抜け。それすら目撃されている。

 

「――今はとりあえず、人魚を片付けるか」

 

 人魚だけを殲滅する方法を、躊躇いもなく使用した。両目で、視界に映る全ての霊魂から人魚だけを選択しようと動こうとする。

 

「よし、視えた。今から全部、(オレ)が奪――あ? なんだこれ」

 

 ルナ・ケイジュ、メリア、アント、オウル、ラビットの霊魂は激しい光を灯す。逆に人魚たちは仄暗く青い墨のように揺らぐ。

 

 だが、先行部隊の人間だけは見え方が違う。老若男女問わず、霊魂が存在しない。生存さえしていれば、見えるはずの魂が一つも見当たらない。

 

「ダメだ、何度やっても先行部隊の彼らは干渉できない! なぜだ!?」

 

 周囲へ目を凝らし、命の砕ける音の選別に注力する。何人、何人と戦って散っていく。見送ることしかできないヴェルダーは助けられない命の冥福を祈る。

 

「……悪夢だな」

 

 扉へ近づく人魚を殲滅しながら、悪態をつく。この状況をどう終わらせようか、そう考え始めたとき、足を引きずる音が近づく。

 

 視線を向けるとそこには、目が窪み、火傷や切り傷を負った隊員たちが扉を凝視していた。

 

「ようこそ、最終防衛ラインへ」

 

 一、二……全部で九人。人数を数え終わるとヴェルダーは、笑顔で彼らを出迎えた。ふと重症な者と目が合ったような気がした。それでも誰も言葉を発さない。

 

「……扉だ。違う、ここは出口じゃない! ()()()()()()()()()だ」

 

 ヴェルダーの言葉を無視して、扉に対して指を差して悲鳴をあげる。ある者は、首を横に振り、またある者はここまで先導した者を恨むような物言いをした。

 

 隊員たちが口々に呪詛を吐くや、来た道を引き返し始める。

 ヴェルダーは目蓋を落とし、戦場の音を聞く。

 

「……」

 

 目蓋を開けた時、再び視えた景色は地獄の様相。

 

『 ヴェルダー そちらへ何人か向かった 対応を求む』

 

 トランシーバーがノイズ交じりの音を吐き出す。

 彼らは視えていないのか、と悔しそうな声を漏らす。

 

「……誰が、こんなことを思いつくんだ」

 

 黒い煙に包まれる隊員と人魚。

 端々から響く、誰かの断末魔。

 

 使いまわされる命。

 救えない者を、必死に救おうとする仲間。

 

「仲間を取り返すだけじゃ、いられなくなりそうだ」

 

 胸の内で黒い溶岩のような、重油に似た怒りが沸き立つ。いち早く、誰よりも真実を視てしまった。体がぶるぶる、と震えだす。これは制約とか、以前のはなしだ。

 

 このまま任務を終えたら、仲間を救いに行く。これは譲れない。その項目にもう一つ、追加することが増えた。

 それは――。

 

「この施設を、完膚なきまでに破壊尽くす」

 

 ヴェルダーの憎悪が、胸の裡で何度もぶつかり合い、純度を増していく。躊躇い、正体の露見、重要参考人候補など心の不純物が熱い感情に溶け切ろうとしていた。

 

「あ、ここが最終防衛ラインなんですね」

 

 この戦場に似つかわしくない、明るい声が聞こえ、ヴェルダーの憎悪はなりを潜める。顔の強張りを解し、ここを訪れた者への挨拶をしようと前を見た。

 

 へらへら、とまではいかないものの、緊張を解そうと、演技を試みる。憎悪剥き出しでは、相手へどう映るか不明瞭なものだから。

 

「ようこそ、最終防衛ラインへ。もう少しで」

 

 明るい声の主を見て、言葉が詰まる。

 

 顔は煤と軽い火傷で済んでいるが、首から下はほぼないに等しい。服や皮膚はおろか、筋肉もあるか怪しい。ほんの少しこちらへ歩く度、内臓が少しずつこぼれていく。

 

「えへへ……驚かせてしまいますよね、これ」

 

 照れたように笑う彼は、骨肉が裂けた指で頬を掻いた。

 万年筆のように、指の先は赤い血で線を描く。

 

「特殊部隊のブラドオウルとハイラビットに言われました。ここへ来たら、地上まで帰れる、と」

 

 ラビットやオウルが助けた彼は、彼だけは霊魂だけが存在していた。

 問うまでもなく答えは、一つ。

 

「あなたのことは存じませんが、その目で私を導いてくれた。幽霊の私が、視えているあなた」

 

 彼は既に死んだ人間として、ここに立ち、ヴェルダーと会話をしている。

 

「……如何にも。(オレ)を見つけるとは、見る目がある。名を聞いてもいいか?」

 

水做瀬(ミナセ)とお呼びください」

 

 ヴェルダーは相槌を打つ。

 その様子にミナセは「単刀直入にお聞きします」とヴェルダーの目を見て、問う。

 

「あの怪物を殺して、証拠を持って早く上へあがっていただきたい。そして、カブラギを告発していただきたく思います。彼はとんでもないことをしでかそうとしている」

 

 会話の後半の内容に、首を傾げる。

 

「カブラギを? なんでまた……それにとんでもないこととは? まさかクローンを実践投入するって?」

 

「なっ! クローン兵の事までご存じとは、流石特殊部隊の一員です」

 

 ヴェルダーは適当に言った内容が、まさか当たっているとは思わず、目を点にした。反対にミナセは彼の知見の広さに感心を示しように頷く。

 

「話を詳しく聞きたい、ところだが――とりあえず人魚を片すか」

 

 ミナセに話を詳しく聞く前に、人魚を一斉に消す。彼らも解放するために。

 

「ミナセ、(オレ)の後ろへ」

 

 何が何だか、と言う顔を見つつ、自身の後ろへ退避させる。

 無駄のない所作で虚空から大鎌を取りだし、地面に突き立てた。

 

 スーツの内側からトランシーバーを取りだして、ひとこと。

 

「全員、今すぐしゃがめ!」

 

 マイクへ思い切り叫ぶ。

 電源を切り、乱雑にズボンのポケットへ突っ込む。

 

 人魚と戦い続ける隊員たちの冥福を祈り、大鎌を振るう。

 

 ブォォ――……ン

 

 鈍く遅い音を生じさせ、見えない壁を難なく突破。

 一撃必殺のひと斬り。

 それは吸い込まれるように奥へ消えていく。

 

「すごい、こんなもの漫画でしか見たことがない」

 

 ヴェルダーの後ろで一連の行動を目の当たりにした、ミナセは目を輝かせる。

 鎌を振るい、三十秒近く経つ頃。

 ふいに乾いた破裂音が空間中に響く。

 

「お、やっぱり結界か何かあったか。どうだ、ミナセ? これが(オレ)の――」

 

 背後にいるであろう、ミナセの方を見るが彼は視えない。

 それどころか、霊魂の姿さえ確認できない。

 

「は、え? マジかよ、それすら」

 

 言葉を失う。

 真実の中に、真実そっくりな嘘を混ぜる。

 

「悪趣味にもほどがあんぜ」

 

 彼の存在すら、演出だと言うのか。

 ますます許せない。一度冷めた怒りが再燃していく。

 

 目の前が見えなくなりつつある、そのとき。

 

「わっ! ヴェ、ヴェルダー?! どうしたんだい、そんな顔をして」

 

 声の方を向くと、オウルに背負われたラビットの姿が視界に映る。パッと見て、大きな怪我はないようだ、と安堵の息を吐く。

 

「他の二人は?」

 

 唸るような、低い声。

 中々激情が引っ込まず、ものすごい顔をしていた。

 

「ケイジュ殿と同じだと思うのだが――」

 

 ラビットを地面に優しく下ろしながら、オウルは眉間に皺を寄せて言う。ヴェルダーは二人の様子と周囲の様子を伺う。ほんの数分前まで戦場だったはずなのに、今は静寂に支配されている。

 

「ね、ねえ。ヴェルダー。他の隊員はこっちへ来なかった?」

 

 おろおろとした様子で、ヴェルダーに尋ねる。

 人魚はおろか、ずっと聞こえた隊員(なかま)たちの声がぴたりと止んでは、不安になるのも頷ける。

 

「それはな」

 

 真実を口にしようとしたとき。 

 真っ直ぐ、中央の方からアントの絶叫が聞こえた。

 

「アント!? 何が起こって……オウル、ここは任せた!」

 

 ヴェルダーは、二人をその場に残して一人でアントの元へ向かう。

 死体だけが横たわる場を切り抜けた先。

 

 見えたものは、血に沈むメリア、狂喜するルナ・ケイジュの姿だった。

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