ヴェルダーの迫りくる、茨の蔓をひらひらと躱す。そしてメリアの前から数歩、跳んで離れてから抜刀の態勢に入り、目を瞑った。だが、彼の身体には刀の類は携帯されていない。
「あら……♡ もう追いかけっこはおしまいなの?」
呼びかけにも応じない。その様子にメリアは頬を紅く染める。頬に両手を当て、蕩けた微笑を浮かべた。彼女は目を潤ませ、
「あなたとワタシがひとつに♡」
なんてうわ言を呟き、地面から大量の蔓をヴェルダーへ向かわせた。
メリアは恍惚とした表情で、その後の妄想に耽る。
「……」
オウルたちが言葉を発するよりも前に、青い茨の蔓がヴェルダーを取り囲む。かまくらを作るように、ドーム状の檻が完成された。
「そんな、嘘でしょ!?」
アントを介抱しているラビットは、あっという間に捕縛された彼に言葉を失う。
茨の隙間からはヴェルダーの表情は見えない。しかし檻の彼は一言も発さずに、何か機会を待っているようにさえ見えた。
「あら、あらあら♡ 本当に諦めてしまったの?♡ なら、これからワタシと熱いハグを交わしましょう? 二人の身体が溶け合う感触は……何にも得難い快感だと思うの」
メリアが頬を紅く染めたまま、くねくねと身を捩る。彼女は茨の檻を持ち上げて、自身の中央へ寄せた。そして、蔓の一部を紙を捲る様にぺらり、と退かす。
ヴェルダーの顔をしなやかな蔓で掴み、間近で見つめる。
「あ~ら♡ そのお顔、本当に男前♡ ワタシがこんな状態じゃなかったら、食べちゃわなかったのにね♡ 残念残念」
メリアはクスクス、と上品に、それでいて妖しく笑う。
「どうしたんだ、ヴェルダー!!!」
微塵も動かない様子に、痺れを切らしたオウルが叫ぶ。彼の悲痛な叫びが、空間中に響き渡る。観客席の者共は、よく嗤う仕草を見せた。
ディスプレイ上のミライが、淡々と批評する。
「ケイジュ君。もう終わらせちゃおうか。君の作品はとても素晴らしいものだったよ。ただ登用した者が大根役者だっただけに残念な結末となってしまったね」
彼女の隣にいるカブラギは、
「ふん。これほど詰まらない演出は久しぶりに見た。彼の死体はそこに置いておくように」
そう言い、つかつかと歩き去ろうとしたとき。
「ぐっ!?」
「があっ!?」
観客席内にいる人間たちが苦しみ始める。なんの前触れもなく、ビクビクと痙攣し、泡を吹き始める者まで出始めた。喉を抑える者。吐こうとして、指を喉の奥へ入れる者。
症状は様々だが、観客席の人間たちは、悦楽に励む中である事実を誤認していた。
ヴェルダーという人物は舞台に最近入った新人。
テロ事件の首謀者と密なる関係にあった。
「あ゜ッ」
「ぴき゜!?」
短い悲鳴と共に倒れていく。ものの数分後、観客席の人間は誰一人として立ち上がらない。
誤認していた事実――新人だから、歴が浅いのだから弱いだろう、と。
「何が起きているんだ? そ、それよりもヴェルダーを助けないと!」
三人は状況が読めずに、ただ唖然とするほかない。
目の前の仲間を救うべく、オウルが一歩前に足を踏み出した。
その瞬間、数本の茨の蔓が束となり、彼の腹部を強打した。
「ごはッ!?」
壁に激突させたのち、しゅるり、しゅるり、と引っ込んでいく。
「ほ~んとに、空気読んでよネ!? ……ああ、可愛いワタシの養分。そのまま、一生胎の中で仲良く暮らし、ましょう?」
メリアはオウルの行動に腹を立て、頬を膨らませる。ヴェルダーを見ては、表情を綻ばせて、蔓の檻を解く。
ヴェルダーはいつの間にか、抜刀の態勢を止めて、項垂れていた。彼を安心させるように豊満な胸で抱きしめる。
「ああ、安心して♡ このまま温かく、残さず食べてあげるから♡」
「――その戯言も聞き飽きた」
メリアは熱い愛情にも似た毒を吐く。
刹那。
深海のような冷たい言葉と共にメリアの魂が砕ける。
「ぎゃっ!? な、なんでワタシの言う事を聞かないのぉおお!?」
悲鳴を叫ぶ彼女の胸からは赤い血が噴き出した。力が抜けたのか、蔓は解けて萎びていく。
ヴェルダーはメリアの胸を踏み台にして、高く跳ぶ。
不可視の断罪剣を天井へ振り上げ、力を集中させる。
「もう一撃をくれてや――ッ!?」
魂も、穢れた肉体をも焼き切ろうと行動する。
だが、急に空中で固定された。見えない鎖が身体に巻き付いたかの、ように。
「危ない危な~い。もしもの為と思って用意していてよかったよ~」
あはは、と乾いた笑いをこぼす。
「あ、でもこれはただのリードなんだけどね」
そう付け加えた。
映像に笑いを堪える音が何度か入り、ヴェルダーの怒りのボルテージは上昇する。
「ぬかせ、ただの鎖など今すぐ破壊して」
ぐぐ、と力を込めたヴェルダーに対し、
「あ~無理無理! それは君の魂に直接作用する代物だ。それに私の舞台上だと、君は文字通り手も足も出せないと思うよ?」
嘲笑うように告げる。
「くそ、動けない……」
魂に干渉する権能よりも、上の権能に手も足も出せない。
「君には、もうひとつサプライズがあるんだ」
彼女が指を鳴らす、と観客席の真下の壁がゆっくり開く。そこに居たのは、攫われた艦娘たち。
しかし目は虚ろで無表情のまま、瀕死のメリアの元まで近づいた。
「……テメェ!! おい、おまえたちも近づくんじゃねえぞ!」
久しぶりの再会は虚しく、ヴェルダーの言葉には誰も応じない。
今すぐ、抱きしめてやらねば、と気持ちが昂る。
「あはは、負け犬ほどよく吠える。……どんな手品でアイリさんを殺したのか、分からないけど今の君じゃ彼女たちは救えっこないよ?」
ディスプレイ上のミライの表情は分からない。
だが声色が、ミライ表情を代弁していた。
また、指を鳴らす。
途端に正気を取り戻したのか、艦娘たちは騒ぐ。
自分たちの心配はおろか、頭上にいるヴェルダーに注目していた。
「あれって、提督!? なんで、ここにいるんですか!?」
「司令官がいるってことは、もう解決されるってことじゃな!」
「拘束されてても、ほらいつもの感じで倒しちゃえ! 私たちを辱めたこと後悔させてやって!」
彼女たちからは期待に、希望に満ち溢れる言葉が飛び交う。
眼下の艦娘たちを見たヴェルダーは頷けない。
「……」
いつものどや顔が見えず、艦娘たちは不安げな表情を見せる。
「司令官? ……どうかしたんですか?」
一人の艦娘と目が合う。名前は遘矩峇。
「遘矩峇? なんで、視えないんだ?!」
もう一人の艦娘の名前は襍、ギ。確か闊ェ遨コ豈崎襖で、サラトガと並ぶ二翼だったはず。
「
妙な気配の正体は彼女たち、だったのかと納得しかけていた。三人目の艦娘を視ようとしたとき、視界の端から世界がねじれた。その瞬間、彼の両目は「目」という形を失った。
「あ~またネタバレしようとしてる~! そういう君は、お仕置き!」
いたずらっぽく笑う声が聞こえる。
ヴェルダーは目蓋を閉じ、自身の両目を再生する中で悲鳴が聞こえる。
「やだぁっ! なにこの蔓!?」
「司令官、司令官助け――ぶぎゅっ」
何かが押しつぶされた。
潰された目は、確かに魂の形を捉えている。
だから、生きているハズなんだ。
そう思い込む。
「みんな、返事をしてくれ!」
彼の目が再生し終える時に見えたものは、青色と赤色の液体が混ざる池の中央。
メリアのような化け物が、誰かの頭に齧りつく瞬間であった。