瀕死のメリアは血と体液で汚れたソレを抱え込む。ココナッツの中身を取りだすように、茨の蔓で乱暴に剥がして、赤白いソレへ牙を立てる。
ごりゅっ、ごりゅっ。歯ごたえを感じさせる不快な音。
じゅる、じゅるる……。
「ふふ、キャンディの中身はとろっとろ。吸えば吸うほどに甘じょっぱいソースがこぉんなにも――」
メリアの表情が恍惚としたものへ変わる。口元に付いた鉄臭い桃色の液体を、指で拭う。
「う、そだろう?」
彼女の感想とは裏腹に、ヴェルダーの表情からは血の気が引いていく。目の修復にかかる時間はたかが一、二分。その間に――。
「う、うぶっ」
リードに拘束されたまま、ヴェルダーは嘔吐した。しかし中身は何もなく、血の混じった胃液だけが垂れ流される。
「あらら~? 流石の芙二君でも、仲間の死には耐えられなかったか~」
ディスプレイ上のミライは、ヴェルダーの醜態を小ばかにするように嗤う。
「ねえ、カブラギもそう思うでしょ?」
同意を求めようと、振る。そこには誰もおらず、虚しい空振りが静かに上映されていた。
「……は、ザマァみろ。しょーもねえことばっかしてるから、愛想つかれてんじゃねえか」
ヴェルダーの言葉の後、沈黙が訪れる。彼の後に話す者は誰もいない。メリアもルナ・ケイジュもオウルたちも。誰も彼もが呼吸を忘れた。
その原因は言うまでもない。
「わざわざ、私が許可していない舞台の上に立たせて
ヴェルダー以外の者はディスプレイ上の、彼女の一挙手一投足に釘付けになる。組んでいた足を解くだけで、衝撃で映像が揺れる。閲覧者には命の危機を感じさせ、降伏を促す。
「やはり人間ではないか」
映像から得体の知れない存在の降臨を感じ取る。
ヴェルダーは拘束され、宙づりになっている中で、静かに呟く。
「ふぅん。私の存在を見抜くのか。して、君も人間じゃないね? 精霊か神霊を取り込んでいるように見える」
ミライの言葉の節々から、こちらを丸裸にしてやろうという魂胆を感じていた。
「それで、どうなの?」
親しい間柄の人間に、問うような優しい言葉遣い。
しかし裏腹にビリビリ、と心臓を鷲掴みにされているような、奇妙な感覚が消えない。
「やだね。話してやんないよ」
ヴェルダーは強気に返事を返す。
しかし内心は、冷や汗を搔いていた。気を抜くと強制的に話しそうになる。
体内に蓄積している記憶や人格といった情報を、誘導して引き抜こうとするような、悍ましくも開放的な気持ちに鳥肌が立っていた。
(精神干渉系のスキルかなんかか? なんか、物凄い不快感と危機感が消えないのだが)
ヴェルダーの態度に、ミライは楽しそうに笑う。
「へえ。そういうんだ? なら、嫌でも吐かせてあげるよ。君、こういうのに弱いだろう?」
彼女は右足の踵を二回だけ鳴らす。
「入ってきたまえ。そこにいる無礼者へ、ちと躾が必要になった」
彼女の背後から扉の開く音が聞こえる。コツコツという革靴の音に続いて、ジャラジャラ、と何かを引きずる音も耳にした。
「んぁ?」
二つの音に対し、如何にして、この鎖を解くかを考えていた。近づく靴音と裸足の音。ミライの隣にいるのは、ピエロと全裸で四つん這いの犬の格好をした少女。
「今さら何を持ってくるんだって、の……」
あまりの光景に言葉を失う。全裸で四つん這いの、
「あ、あああ……」
全裸で、四つん這いの少女をまじまじと見つめる。
はっきりと見える、自分が施した識別の色。淡く光る、黄色の魂魄。
「ハッハッハ……驚くのも無理はない。君にとっては、最初から居た娘だ。それにうちの研究所をめちゃくちゃにした時雨とも面識があっただろう?」
亜麻色の長い髪、幼さ残る顔つきの中に混ざるは、戦場の眼。そして赤と緑のオッドアイ。
「――夕立?」
旧駆逐棲姫と夕立。ヴェルダーの脳裏に思い起こされるのは、暴力的な選択を取る時雨。そんな彼女との決戦の記憶。蘇生後の、二度と離れまいと互いを抱きしめ合う姉妹。
彼の言葉が届いたのか、夕立は正面から顔を背けた。
「やめて。こんな、醜くて汚れたわたしを……見ないでっぽい!」
弱々しい声で、それでいて悲哀を含んだ表情を見せる。
彼女の、夕立のおかれた立場を見て、ヴェルダーの裡で、ひとつずつ枷が外れていく。
「ミライ」
ひとつ。仲間を傷つけた。
「なぁに? 芙二君。ようやく立場をわきまえたの?」
二つ。尊厳を破壊し、精神に甚大な被害を齎した。
「おまえは、おまえたちは」
三つ。侮辱的な格好を強要させ、辱めた。
「テメェ! 家畜の分際で、人間様に、ミライ様に楯突くな!」
四つ。
パキン。
どこかで細い棒がひしゃげた。