信託の園。真っ白で無機質な部屋。白い外套を身に纏う、長身の女神がひとり。彼女の目の前には、信者の山。
「……」
無貌の女神は何か思うことがあるのか、天井を見つめる。
「貴方様、どうかされましたか?」
無貌の女神の、従者の一人である男が問う。
「何やら、上が騒がしい。ネズミが迷い込んだのか……」
無貌の女神は見上げたまま、答えた。
声色は、どこか落ち着きがない。
「ネズミは多いでしょうね、今年は特に。あの傲慢な小娘にも手を焼かされていますから。貴方様の前で、神を自称するなど愚かにも程があるというもの」
彼の脳裏に、ひとつの光景が過る。だが、すぐに消えた。
「神を自称する小娘、か。それにしても……」
無貌の女神は視線を、従者の男へ合わせる。
”あの傲慢な小娘”。
かつては、神仏を敬う女だった。
過干渉を嫌う、静かな存在。
「何か気になることでもおありですか? 貴方様が、そこまで気に掛けるのでしたら、それは脅威となり得るのです。すぐに手配を」
従者の男は傲慢な小娘よりも、彼女が気にする程の存在に意識が向かったように、頷く。無貌の女神が理解できない、珍妙な機械を扱おうとした手を、止めさせる。
「いやそこまでじゃない。たった今、その気配は消失した。おまえも、我の傍で世話を焼くのは良いが、もう少し己を顧みよ」
ロウソクが揺れている。
今にも消えそうだった。
目の下に、深い影を落とした男。
「なっ……気づいておいでしたか。貴方様の前で嘘をついたこと、お許しください」
従者の男は一度、大きく口を開くが、すぐに冷静さを取り戻し、そのうえで非礼を詫びる。
「うむ、赦そう。また朝に遣いを寄越せ」
無貌の女神は頷き、男の非礼を受け入れた。男の表情は、どこか明るく、彼女の懐の深さに感謝をしているように見えた。
朝に、という言葉を聞いたとき、男の表情がより明るくなったのを無貌の女神が見逃さない。
「おまえが来てはならない。他の者へ示しがつかんからな」
彼女は男に釘を刺した。最近、園の中で無貌の女神の寵愛を受けている、と好からぬ噂が立っている所為でもあった。
「御意にございます」
従者の男の中で、無貌の女神の御言葉は絶対。
信心深い彼は、その言葉通りに行動を心がけた。
一礼し、男は無貌の女神の前を去る。
~~
無貌の女神は、信者の山を前に呟く。
「神託者のあやつも、所詮は人の身」
二度と動かぬ肉の果てを、慈しむような手つきで撫でる。
「このような我を畏れ敬いながらも、使えてくれるのは嬉しく思う」
このような、地で信仰を作るのは抵抗があった。それでも彼女は、受け入れ、共にあらんと。
「しかし、我の身は、我自身が知る、か」
従者の男の、ロウソクを思い出す。
チリチリ、と焦がす熱の在りかを失わないよう、願う。
「それにしても、あの傲慢な小娘と対になる存在。生きておれば、我と対話出来たかも知れぬな」
静寂の中で、寂しげな呟きが霧散していく。
――次章 異の溶け込む日常。
3.5章pv風を投稿するのを忘れてしまいました。
申し訳ございません。