場所は東第三鎮守府。時刻は二十二時過ぎ。日々の業務を滞りなく、終えた二体の
「ふうっ……この世界にも馴染んできましたかね~」
口元が見える仮面を付けた長身の男が、相方に向けて話しかける。彼は紺色の、スーツの上着を脱ぐ際、肩まで長い深緑色の髪をはらり、と掻き上げた。
「そうですね、パラディーゾ」
少し退屈気味に、彼の話に乗る。
部屋の反対側。窓辺にある、高級感の漂う革張りのソファに腰を掛けた。
「今夜の……月は一段と静寂に満ちたものになりそうね」
レイニーナは自身の、朝焼けのような、髪の先を弄る。しかしどこか、彼女の心は影が差しているふうに見えた。
「確かに、この静寂さはあの世界では味わえません」
窓の外には雲一つない満月。絶えることない恒星の輝きが空に存在する。そういう時は、ただ朝を待つのではない、とパラディーゾは心得ていた。
「ならば、どうです?」
制服をハンガーにかけ、クローゼットへ仕舞う。彼の、主語のない言葉に首を傾げて、レイニーナは聞き返す。
「なにが、どうです――」
彼女が言い終える前。
パラディーゾは指でパチン、と小気味いい音を鳴らす。彼の身体をいくつもの音符が束となり、覆い隠す。瞬く間にいつもの、指揮者の格好へ着替え終え、手を差し出していた。
「ご近所迷惑にならない範囲で――いえ、我々も防音結界を貼りましょうか。陸翔様から演奏の許可は既に貰っています」
異世界の日常に慣れかけていた、レイニーナは吃驚して固まる。恋知らぬ生娘を口説くような、口上に。普段から見る、どこか抜けている道化の彼とのギャップ。
「これからセッションと行きませんか?」
芯の籠った言葉。優しい心遣いに、疲弊と退屈に満たされていた彼女の心は沸き立つ。
(ええ。彼と私は演奏者として、創られた。今後、これから鎮守府の皆様のカウンセリングを行うにしろ、演奏をするにしろ――お試しの演奏は必要になる)
パラディーゾの顔を見たまま、微動だにせず。しかし彼は答えを急がない。睡眠を不要とする彼らの夜は長い。そして五分が経過したとき――彼女は頷いた。
「待たせてしまいましたね、パラディーゾ。先に中庭の方へ向かってくれませんか。私もすぐに向かいます」
彼が部屋を後にする。「他に何かありませんか」と振り向いたそのとき。一度だけ、彼女の、レイニーナの姿がぼやけたような気がした。
~~
パラディーゾが退室して、コツコツ、と革靴の音が遠くなるのを確認する。
す、とレイニーナがゆっくり立ち上がる。彼女は着の身着のまま、な事に違和感を感じて上着のボタンを慎重に外していく。布が擦れる音が、どこか調律された音のように響いた。
(さぁて、今夜はどの程度やりましょうかね)
小さな声で鼻歌を歌い、一枚、また一枚と衣類を脱ぐ。彼女は腰まである髪を、首に回す。パラディーゾ同様に、早着替えを済ませる。
自分でもいつぶりだろうか、と思えるほど懐かしい感覚なのに。どこか、噛み合わない。
服の質感を、手で触れながらひとつの感情が蘇る。それは世界に生れ落ちた、その時の幸福感。
(また一緒に演奏会を開きましょう。我が――)
彼らは異世界で二人きりの、演奏者。
――それ以外を、誰も知らない。