芙二が間宮たちを連れ帰ってきてから、七日後の朝。
主なきセーフハウスでの日常は野鳥の鳴き声から始まる。
叢雲は寝ぼけまなこを擦りながら起き上がり、
(今の時刻は……)
彼女の視線は壁掛け時計へ向けられる。時刻は午前四時。
カチ、カチ、カチ、と小気味のよい音を聞きながら意識の覚醒を待つ。
その間、自身の慕う相手の事を少し考える。
(あの人は、大丈夫なのかしら?)
朝焼けには少し早い時間。
部屋の中は、ほんの少しだけ冷たい空気が流れ込む。温かい布団とのコラボレーション。
その心地よさは、叢雲を二度寝に誘うには十分なものだった。
ふわぁ、と欠伸を挟む。
(いいえ……しっかりしなさいな、叢雲。あの人は、龍神。並みの人間、それどころか私たちとも生命としての強度が違うものよ)
二度寝の誘惑に抗う中で、叢雲は改めて慕う相手の、一存在の格の違いを思い出す。
(今回の間宮さんたちのように、きっと……みんなを連れ帰ってきてくれるに違いないわ。だったら、私はあの人が戻ってきたときに――)
相手の、彼の事を懸想した瞬間。
「うっ!」
彼女の胸の奥がちくり、と僅かに痛む。まるで、自分のものではない痛みが混ざったような。
もしくは、注射を刺されたときのような、一瞬の痛み。
寝巻を捲り、確認するが薄暗くてよく見えない。
――いや、見えているはずなのに、何も分からなかった。
(ただの虫刺され? ……違う)
少しだけ息苦しさを感じるような気がした。
(いや、考えすぎね。一度、洗面所へ向かって確認してみましょう)
叢雲は誰も起こさないよう、踏まないように部屋を後にした。
~~
薄暗い廊下。空には薄い青色と橙色のグラデーション。
部屋を出る際、支給された草履を履く。
夜間見回りの使用人に会っても、恥ずかしくないよう、衣服の皺を伸ばす。
誰とも会わずに、洗面台へ。
蛇口を捻り、冷水を顔に浴び、ふかふかのタオルで顔を包む。
目が冴えたら、次は歯を磨いていく。
朝の支度を済ませていく中で、ふと外の景色を見たいと強く感じた。
「……本当に全然違う。まるで」
言葉が続かない。元々暮らしていたのは、海辺の町。しかし今は山間部の、反社会的勢力の屋敷で寝泊まりをしていた。
それは叢雲にとっては、些事な事柄に過ぎない。
「泊地の妖精さんたち、大丈夫かしら? ……そもそも泊地が解体されていないか不安だわ」
そこへ着任して早八か月。
少し可笑しな提督との日常がいつまでも続くと思っていた。
だが、現実は酷い事実を突きつけた。あの日、テロ事件から戻ってきたら、既に帰る場所は奪われており、仲間も攫われていた。
「今でも腹立たしいことよね……こんな、こんなもの」
人間を傷つけないように、設計されたセーフティ。その機能が、彼女に逃走しか与えなかった。
叢雲の胸中に凪などなかった、ある時までは。
慕う相手と固く結ばれた命の鎖。
存在の核とも言える、魂を混ぜ合わせる愚行。
「あの人が、死ぬときは私も」
異種族の運命共同体。
婚約すっ飛ばして、一蓮托生の間柄となった二人。
その鎖に、気づけないほどの綻びが走る。