とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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3.5章 4話『記憶の欠片』

 気が付けば時雨は、向日葵の花畑に来ていた。いつから来ていたのか、誰と来ていたのかが思い出せない。

 

 目的もなく、彷徨う。

 じりじり、と太陽が肌を焼く。頭上の太陽は真夏を思わせるほど、強烈さを放つ。

 

「暑いな……泊地の夏でもここまでじゃなかったはず」

 

 額から垂れる汗を何度も拭い、昔日の日常を思い起こす。

 

 ――春、提督と補佐と出会う。叢雲と夕立と姫級の深海棲艦を撃破した。

 

「あれは死闘だったなあ……まさか、着任して七日で遭遇するとは夢にも思わなかった」

 

 ――夏、泊地での夏祭り。泊地の仲間はもちろんのこと。アイリさん、カインさん、葉月さん、シェリルさん、メイさんたちと共に夏を謳歌する。

 

「提督が急に夏祭りをやるぞ! なんて言うから吃驚したけど……提督の知り合いの方たちやみんなと楽しい思い出を作れたんだっけな~」

 

 ――秋、まさかのハロウィン&秋刀魚漁!他の泊地や鎮守府と共同で催しごとをするとは思ってもみなかった。そのついでに大本営から秋刀魚漁のサポートをせよ、と電文が来たのは驚いた。

 

「秋刀魚漁のサポートの中で、深海棲艦とドンパチするとは思ってもみなかったな。サンマが逃げないように、魚雷、機銃、艦載機を大きく制限された上での戦いは新鮮だった」

 

 当時の記憶を引っ張り出しては、物思いにふける。季節のイベントを追想する間、真上にあった太陽は傾き、西日を差す。

 

 早く帰らなくちゃ、なんて思ったのも束の間。

 足を動かすよりも前に、もっとこの場にいて思い出に花を咲かせたいと強く願う。

 

 少し歩く中で、古ぼけた長椅子を見つけて、腰を下ろす。

 

――冬、まさか北海道の方で深海棲艦の要塞を発見。クリスマス前から大晦日直前まで、奴らとの戦いをする羽目になるなんて。ボロボロで帰宅した僕たちを、提督と補佐からの労いの言葉。

 それと間宮さんと伊良湖さん特製のおせち料理とおでん!

 

 時雨は「今思い出しても、涎が溢れてきそうだ」と口元を拭う。

 

「結局、また春が来て新しい艦娘や職員の方が入ってきて賑やかになったのが、記憶に新しいなんて」

 

 その時の提督や補佐の顔と言ったら、というとき。彼らの表情にノイズが走る。表情は、思い出せているはずなのに、思い出してはいけないもののように歪んだ。

 

 やはり一度泊地へ戻らない、と。

 そう強く感じ始め、立ち上がる。そのとき、向日葵の間から見覚えのある艦娘が出てきた。

 

「夕立!」

 

 亜麻色の長い髪、幼さ残る顔つき。

 白露型の制服に身を包んだ彼女が、時雨の顔を見るや、

 

「うわぁああ~~ん! 寂しかったぽいぃい~!!」

 

 泣きべそかいて、胸元へ飛び込む。

 

「わわっ」

 

 突然のことに受け止められず、夕立と共にしりもちをつく。ドシーン、と効果音が聞こえてきそうなほどの衝撃。

 

「いたた……」

 

 時雨は痛む腰を摩り、胸元へ飛び込んできた妹を叱る。久しぶりの再会なような気もして、叱るに叱れない。だからこそ、夕立の頭を優しく撫でて慰める。

 

「……ぽい」

 

 時雨の胸元に顔を埋めたまま、ぐりぐりと頭を擦りつけた。いつもなら、と於かれている現状を受け入れつつあることに驚きを隠せない。

 

(いつもなら……? 僕はいったい何を感じているんだ?)

 

 目を逸らしたのは、ほんの一瞬のはずだった。

 だが、そこにはもう誰もいなかった。

 一面、黄色の向日葵の花畑は、真っ青な彼岸花の花畑へ切り替わっていた。

 

「!? こ、これは――」

 

 椅子だったかどうかも分からないものから腰を上げて周囲を見渡す。帰り道も、帰り方も分からない彼女の精神は少しずつ蝕まれる。

 

 その中で、一段と目を引く存在――夕立の姿がそこにあった。

 痛む頭を必死に抑えて、彼女の名を叫ぶ。

 

「夕立!!」

 

 近づこうにも近づけない。

 夕立との距離も徐々に離れていく。

 

 強くなる動悸と頭痛に時雨は膝から崩れ落ちる。

 薄れゆく意識の中で、時雨はとうとう彼女の袖すら掴めなかった。

 

~~

 

 セーフハウス 大広間にて。

 

 時雨は飛び起きた。大量に汗を掻いて、荒い呼吸を何とかして落ち着かせようとするが、やや過呼吸気味になり、喉から変な音が漏れる。

 

「ちょっと時雨!? 大丈夫ッ――」

 

 隣で就寝していたヴェールヌイは、時雨の様子に血相を変えて介護する。背中をさすり、呼吸が整うまで待つ。

 

 しばらくして、ヴェールヌイは時雨に体調の急変について、優しく聞く。時雨は顔色が悪いながらも、何とかして言葉を紡ごうと必死になっている風に見えた。

 

 時に、口をパクパクさせ、時に喉に何かが詰まったようにえずく。

 

「はあっ はあっ」

 

 時雨は口元を片手で押さえ、荒い呼吸を続ける。

 その中で、やっと絞り出したのは、

 

「――悪夢だ」

 

 たった一言だけ。

 それだけ。

 

「そっか。時雨、おつかれさま」

 

 ヴェールヌイは時雨の身体を包み込むように、抱きしめる。彼女の腕の中で、時雨の身体が小刻みに震え始める。それ以上にヴェールヌイは何も訊かず、彼女の気の済むまで。

 

 薄暗い部屋の中でほんのりと、向日葵の香りが――消えずに残っていた。




間章は終わりです。
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