4章 1話『繫栄実験室』
アミューズメントパーク 白鳥 【地下楽園《最後のモデルルーム》】にて。
全身を黒い防護服で身を包む集団は、ある場所で立ち止まる。
清潔さと奇抜さ、その二つの性質を併せ持つ異色の見世物小屋。
その前で二つの麻袋を投棄した。
「……」
灰色なタイルが敷き詰められた道の上。
そこでごとり、と鈍い音が響く。
時間が経てば経つほどに、麻袋には赤黒い染み。
「あー、あー」
投棄から一日が経過――。
麻袋の中でうわ言は絶えず、漏れ聞こえた。
赤黒い染みの上に蠅が群がる。
――また一日が経過。
袋の縫い目から、白い塊が滲み出していた。
うわ言は、もう聞こえない。
ときおり中から、乾いた何かが擦れ合うような音だけが響いた。
~~
見世物小屋――通称:娼館
娼館の窓から白い短髪の女性が覗く。
「……こいつはもうだめだ」
そう呟いたとき、彼女の乳房を常連らしき男が触れる。赤い下着が擦れて、解けた。
「ん、もう時間? ごめんね、すぐ行くから」
常連らしき男へ言い聞かせるように振る舞う。乳房を揉み飽きたのか、彼女の頬に軽くキスをして傍を離れていく。
(ここは地球上で最も――命の価値が軽い場所)
自身の身分を改めて感じながら、慣れた手つきで再度下着を身に着けた。
常連らしき男の待つカウンターへ進む。
~~
【繫栄実験室】にて。
灰色のスーツを身に纏う壮年の男――彫りの深い顔立ちをした外国人、アダム。アダムは険しい表情で異形を指さした。
「まず初めに言っておく。おまえたちは遺伝子の掛け合わせに選ばれた商品。子を作れば、作るほど価値は上がる。何か質問はあるか?」
異形は細かい毛に覆われた腕を上げた。アダムは頷いて発言を許可した。
「ここはどこだ? 最後に
異形の言葉に対し、横柄な態度で舌打ちをした。
「チィッ……まずはそこからか。あのお方は全く何を考えて――こほん、失礼」
アダムが端末を操作すると、プロジェクターにより内容が映し出された。
「【地下楽園《モデルルーム》】。」
それは莫大な資金と人類の「もしも」の為に備えられた仮の住まい。世界中から無差別に選ばれた民はここで暮らす。そのうえでそれぞれ階級を持ち、決められた区分で生活を、生涯を送る。
「ふ、壮大な幻想を抱いたのか」
異形は髪の毛のように、垂れ下がる触手を退屈そうに弄る。
「そして【地下楽園《モデルルーム》】の中で最重要と言える施設の名は――
アダムの問いに対し、異形は首を傾げた。
「人間には三つの欲求がある。食欲、睡眠欲、性欲。このような広大な地下閉鎖空間に位置するこの場は欲望が昂りやすい、とデータに記された」
異形は小さく頷く。
「我々は研究と実験を繰り返す中でひとつの答えに辿り着く」
「それは?」
異形が初めて、わずかに身を乗り出す。
アダムが端末を操作し、プロジェクターにはグラフが表示される。
彼はポインターを使い、順に説明を行う。
「個が持つ遺伝子の特性だ。食欲、睡眠欲、性欲。そこで旺盛な部分を持つ個の遺伝子を改変できる、と仮定する」
異形は座る体勢を変えつつ、穏やかな表情でアダムを見つめる。
――アダムの耳には、「面白そうだな」という言葉が聞こえた気がした。
猫のような縦長の瞳孔に、牡丹色の瞳。
「こほん。続きを話そう」
咳ばらいを挟み、会話を一度仕切りなおす。
あの異形の顔を見続けては、心が囚われるような気さえする。
「オスとメスが愛を育み、その結果。子を成す。どこにでもある、普遍的な生物の営み」
異形はアダムの話に耳を傾ける。
「最初は変化なくとも、日が経つに連れて変化は著しく、欲望を制御された個体が生み出された。
研究者たちの仮定は立証され、欲望は人為的に制御することができる」
プロジェクターに映し出されたスライドは次のページへ移る。
「この仮説は、裏付けでもあった」
映し出された内容に、異形の眉はぴくりと動く。
「これは――いただけないねえ?」
再生されるのは二本の動画。
一つは裸の男女が、研究員の命令どおり床へ座っていた。
荒い呼吸を繰り返しながら、それでも「待て」の一言には逆らわない。
腰から伸びた犬の尾だけが、せわしなく床を叩いていた。
「これは繫栄実験室で行われた実験の一つに過ぎない。ああ、安心しろ。あれらは人間ではない。その為に造られたクローンに他ならない」
異形の発言を聞いてか、アダムはけん制するように答える。
「そしてもう一つ。――これは、繫栄実験室と他の実験場との共同実験だ」
映像は今いる繫栄実験室と瓜二つの構造をした部屋。衣類を纏う男女が、抵抗しつつ部屋へ押し込められていく。しばらくは何かを見つけて吠える犬のように、叫び散らしていた。
しかし格子向かいに立つ、白衣の研究員がボタンを操作した途端、女性の勢いは無くなり項垂れる。彼女の様子にひどく驚いたのか、男性も威勢が弱まる。
「止めろ。もう結末は視えている」
映像も終盤に差し掛かったとき、異形が唸るように言う。
一度は映像を止めたアダムは目を細め、裏腹な行動をとる。
「……趣味が悪いな」
小さな声で悪態をつくも、映像は動き出す。
様子のおかしい女性に目を白黒させた男性は、次第に部屋の角に追い詰められる。顔を皺くちゃにさせて涙を流し、懇願する男性をよそにひそひそと会話を始める。
『そんな角に追い詰められて、なんてひどい誘い方をするのかしら~?』
頬を紅潮させた女性は舌なめずりをする。
震える男性の涙を、舐めとる。その行動で男性は諦めたのか、身を彼女に差し出した。
『あは、そう。それでいいの。ワタシはあなたの種がほしくって堪らないの』
衣類をひどく破き、生物の営みが始まる。
その頃になると、異形の傍らで眠る少女は起床していた。
「うわ……これ、見ていいやつじゃないっぽい……」
少女は頬を赤くしながらも、画面から目を離せずにいた。
何が行われているのか、その異常さまではまだ理解していないらしい。
「……とまあ、情動制御ユニットを組み込んだ実験だった。それでこの世界の成り立ちと自分たちの状況も理解できたか?」
プロジェクターを停止させたアダムは笑いかける。
「年頃の少女の情操教育によろしくない。ないぞ、これ!」
異形の反応は予想通り。いや予想の少し斜め上の反応だ、とアダムは内心考える。
「うう~!」
頬を染めた姿を、アダムは都合よく解釈した。
少なくとも、情動を刺激する余地はあるらしい。
「今、全てを理解しろとは言わない。だが、おまえも理解せねばならない時が必ず来る。いつまでその姿勢を貫けるか、見物だな」
アダムは静かに退室していく。二重構造の部屋の外へ出る前に、ちらりと振り返る。
「あまりにも醜い。まるで虫とタコを合わせたような見た目だな」
壮年の男は、軽蔑の目で見つめた。
「そう言ってくれるなよ」
異形の声はアダムの真後ろから聞こえた。
繫栄実験室正面のガラスに写る存在に目を大きく見開き、言葉に詰まる。
「
そこには男が揶揄した異形が見下ろしている。
アダムが何も言えずに立っている様子に、満足したのか異形は繫栄実験室の中へ入っていく。
~~
アダムは執務室へ戻るや否や壁を拳で叩いた。
「何だったんだ、アレは……!」
ドッドッと激しい動悸のする胸を落ち着かせる術を探す。いつのまにか髪は汗ばみ、額や頬を伝い垂れていた。
アダムは十五分が経つ頃、ようやく落ち着きを取り戻した。使用人に用意させた水の入ったコップに口をつけて、一口飲み込む。
「ふう」
溜息を吐き、執務机に置かれた【繁栄交配リスト】と書かれた紙を読み直す。
この世界では、金銭の次に遺伝子がものを言う。
平凡であろうと、異質であろうと構わない。
次代へ残せるなら、それだけで価値になる。