レンジは再び繫栄実験室へ足を運ぶ。たった十数分の浴場探し(という名の散策)の意義は十分に感じ取れていた。
衆人たちの反応。セラフィムの出動。
これらはミライの≪
(しかし、なぜアダムだけは平然と
セラフィムを統率する立場だからか。それとも別の理由があるのか。
(今考えても、答えは出ねえな)
レンジは思考を打ち切った。
ある部屋の前を横切ると、男女が情事に耽っている音を耳にする。
(繫栄実験室はその名の通り、本当に実験なんだな)
行きは特に気にも留めていなかったが、三面ガラス張り、四方に監視カメラが置かれた部屋がいくつも見えた。
(尊厳破壊待ったなしだ。実に胸糞ものだな)
いずれは、と近い未来を想像させられる。
夕立という艦娘だったもの。
暁を見る戦場の娘を無垢の娘へ変えられた怒りが沸々と湧き上がる。
「ないない。
などと、すぐにへらへらして怒りを鎮めようとした。
ふとした瞬間に互いの魂を混ぜ合わせた彼女の事を思い出す。
「――叢雲」
さっきまでのお調子者ぶりは鳴りを潜める。
記憶の深いところ。魂に刻み込まれた彼女への感情は未だ燃え続けていた。
(一人も取りこぼさず、全員で帰るからな)
己の目的を再び思い出して、足を進める。
繫栄実験室――レンジと夕立が割り振られた部屋の前。
そこに先ほどの、紅い髪の女性が立っていた。
「……」
彼女はガラス窓に手を当て、不思議そうに夕立を眺めている。
その表情はどこか、不安げで寂しそうに見えた。
「あの、なにか――」
レンジが紅い髪の女性へ手を伸ばしかけた時、
「あ~!! レンジさん!! 遅いっぽーい!!」
夕立の声で全てが吹っ飛んだ。
女性の表情も、喉元まで出かけたレンジの言葉も。
「い、いつから……?」
目を丸くして、顔を青褪めさせた女性は呟いた。
しかしレンジは女性を一瞥することなく、夕立の方を向いた。
(夕立に見つかっては仕方ないか)
薄暗い考えを割り切り、部屋の扉を開けて中へ足を踏み入れた。
「こらこら、夕立。いきなり大声をだすもんじゃないぞ」
夕立の方を向いて、軽く叱る。
だが、彼女はレンジの胸元へ元気よく飛び込んだ。
「すんすんっ……」
鼻を鳴らし、匂いを嗅ぐ。
「うーん、まだ臭いっぽい」
むむっと唸るや勢いよく顔を離す。
レンジは夕立の表情を前にして、ニカっと笑う。
「夕立、お風呂へ行こうと思うんだが一緒に来るか?」
「お風呂? 行く! 行きたいっぽい!!」
目を輝かせ、ぴょこぴょこと飛び跳ねた。
心なしか、彼女の頭とお尻の方に耳と尻尾が見えたような気がした。
「そうだろう。そうだろう。――では、そこのお姉さんに案内してもらおうか」
夕立の頭を優しく撫でながら、扉の少し奥で立ち尽くす女性へ視線を向けた。
~~
「……話が早くて助かります」
紅い髪の女性は観念したように呟く。
二人へ軽くお辞儀をし、
「アダム様より、大浴場の案内を仰せつかりました。夕立様、レンジ様。お二人は私の後をついてきてください」
踵を返した。彼女が歩く度に束ねられた紅い髪がゆらゆら、と揺れる。
「……? ついてこられないのですか?」
二人分の足音を耳にしないせいか、顔に判り易く不安を露にする。眉間に皺を寄せ、腕を組む。
「はあ。分かりました。お二人が動かないのであれば――」
紅い髪の女性は胸の谷間から白色の小型端末を取りだす。その端末を慣れた手つきで、素早く操作する。小さく「これで良し」と声を漏らす。
「一応の最終確認です。お二人は大浴場へ行かれる意思はございますか」
小型端末の液晶を何度も確認しながら、問いかける。
彼女の問いに対し、レンジは「勿論だ」と返す。
「夕立様もですか?」
レンジの右手を握りつつ、夕立は頷いた。
二人の意思に対し、紅い髪の女性は小さな溜息をつく。
「分かりました。では、そのまま案内をさせていただきます」
彼女は二人が繫栄実験室の外へ出るのを待つ間、小型端末を再び胸の谷間へ仕舞い込む。
レンジと夕立は彼女の後について進む。
階を上がるたび二人は奇異の視線を向けられる。が、レンジは気にするだけ無駄だと割り切って無視を決め込む。それよりも彼の隣を歩く夕立が小さく声を掛けてきた。
「ねぇねぇ、レンジさん」
「なんだ? 何か気になることがあったか?」
「あれが大人の色気っぽい?」
「色気?」
夕立の言葉を聞いて疑問符を浮かべる。大人の色気とは、なんだったか。
「余裕じゃねえかな」
なんとなくの言葉。
「よゆう?」
夕立は首を傾げて聞き返す。
「自分をどう見せるか分かってて、それを必死に見せようともしない。立ち振る舞いとか、話し方とか……そういうところから勝手に出てくるもんだろ」
レンジは視線を前に向けたまま、歩き続けた。
「じゃあ夕立にはある?」
「…………」
「なんで黙るっぽい!?」
二人は紅い髪の女性をよそにやいの、やいのと盛り上がり始めた。
夕立は顔を顰めて頬を膨らませる。レンジは明後日の方向へ視線を泳がせた。
「……」
ただでさえ奇異の眼差しを集めるのに、と女性は呆れる。それでも仲裁には入らない。アダムからの命令は二人を大浴場へ連れて行くこと。
一度は足を止めたが、再び歩き始めるとすぐに二人は早足で付いてきた。
女性の後を追いながらも、抗議する夕立と弁明に回るレンジ。
(こうしてみると――)
不思議と、胸の内が温かくなる。そんなとき目的地に到着した。
「お二方、目的地に到着いたしました。私はここまでの案内を仰せつかっております。一応の注意事項としましては、浴場内は滑りやすい為、足元にお気をつけてください」
紅い髪の女性は深々と一礼すると踵を返していく。
「お嬢さん、案内ご苦労様! 助かった!」
どんどん小さくなる背に感謝を伝える。紅い髪の女性は一度だけ止まり、しばらくして再び歩き始めた。
~~
レンジの視界に【大浴場】と書かれた暖簾が入る。地上の人間が見れば、ここが一番身近な異世界だと錯覚させられるほど。
種族は人間だけに限らず、漫画やゲームに出てきそうなキャラクターが大半を占める。活気があり、祭りのような催しが行われていた。
「レンジさん、レンジさん! ここはとっても賑やかだね! それでね――」
夕立は大浴場周辺の出店に目を輝かせる。
「今日は難しいかもしれないが、またタイミングを見て足を運ぼうか」
レンジは微笑を浮かべて彼女へ伝える。年頃の少女のようにはしゃぐ姿を前に、ささくれ立つ心が癒されるのを実感していた。
(それはそれとして――ロンたちみたいなクローンだけじゃないのか。ぱっと見だけで、人間も何かが混じったやつも見える。ただそれだけじゃないだろうな)
様々な人物が目的を持って訪れていることが見てわかる。
お久しぶりです。ほぼひと月ぶりの更新となりました。
珍しく夏イベをプレイして、E2まで進んでアトランタとその妹を入手することができた作者です。
やったね、レンジ君。(ゲーム内で)家族が増えるよ!
またぼちぼち投稿していきます。
よろしくお願いします。