大浴場を堪能し、さっぱりした二人は再び脱衣所へ。腰にタオルを巻いたレンジは夕立の元へ近づき、乾いていない髪や顔にタオルを被せた。
「わぷっ! れ、レンジさんどうしたっぽい!?」
前置きなしに拭かれたので、レンジの行動に驚く。
されるがままな夕立に対し「これも人間社会の規則だ」と言って、上から下まできちんとタオルを押し当てる。
タオルドライも程々に、レンジは夕立へ着替えを済ませろと伝えた。当の本人は元気よく、頷いて自身の下着などが入ったカゴに手を突っ込む。
(さて、これからどうするか?)
などと考えながら、レンジは一瞬で着替えを済ませた。一言で言うなれば、登録しておいたプリセットに着替えるアレである。予め準備をしておけば、なんてことはない。
その間に身体や髪についた水気もリセットし、適度に乾かし終えていた。
「うわぁ~! レンジさん、すごいっぽい!」
隣の夕立から歓声が上がる。視線を向けると、彼女は下着姿のまま、目を輝かせていた。それに「もう一度、見せて!」と言わんばかりな表情で。
「……また機会があればな」
手を伸ばして、夕立の頭を撫でる。くしゃ、と髪に触れたとき乾かしていないことに気が付く。
「はやく着替えろ。髪を乾かして、ちょっくら出歩くぞ」
「本当っぽい?! やったあ~!」と嬉しそうに笑う。レンジの手が離れるとすぐに着替えを再開する。初めて着る服に不慣れなのか、むむっと眉間に皺を寄せつつも頭や腕を通していく。
着替えを終えた夕立の前に立ち、
「こっちだ」
ドライヤーが備え付けてある場所へ誘導する。そしてレンジはドライヤーを手に取り、椅子へ腰を下ろすように言った。
ごおごお、とドライヤーの温かな風が夕立の髪を撫でる。
「お加減は大丈夫か~?」なんて言いながら優しい手つきで髪を梳く。
「わぁ! わたしの髪、ふわふわのさらさら! ありがとう、レンジさん」
湯船へ浸かる前のごわごわとした手触りから一変。見違えるほどの変化を遂げた自身の髪を落ち着かなそうに触れていた。
「満足いただけたのなら、十分だ」
レンジは最初よりも彼女に笑顔が増えていることに、安心していた。ドライヤーの電源を切り、元の所へ置く。目的も済んだことだし、と次の目的地を考え始めた。
「とりあえずはコーヒー牛乳でも探すか」
湯上りの一杯。
キンキンに冷えた瓶に入ったものを探そう、と夕立の方を振り返った。
~~
現在、二人は大浴場がある歓楽街を散策していた。祭囃子が聞こえ、買い物客で賑わう。その隣で夕立が茶色い瓶をじっと見つめる。
「飲まないのか?」
何となくレンジが聞くと、夕立は首を横に振る。彼女の手の中にあるコーヒー牛乳の瓶は泥水を想起させる見た目をしていた。なのに、キャップからは微かに甘い匂いがする。
「これ、本当に毒じゃないっぽい?」
「違うと言っているだろう。……あまり気が進まないが、毒じゃない事を証明しようか」
レンジは夕立からコーヒー牛乳の瓶を受け取り、キャップを外す。飲み口に軽く口をつけ、一口飲み込む。
ごくり、と喉が鳴る。
(ふむ、上で飲んでいたものとあまり変わらないな?)
コーヒーの苦みがほんの少しだけ強いが、それ以外は牛乳や練乳の甘みが感じ取れた。どれ、もう一口と思っていた所で服の袖を引っ張られる。
「ゆ、夕立のだから……全部飲んじゃ、ヤなの」
少し困った顔で言う。その顔を見てか、レンジはすぐに彼女へ返した。「ありがとう!」と花が開くような笑みを浮かべて、レンジが口をつけた箇所と同じ所へ唇を重ねて飲む。
「んく、んっく……ぷはぁ~! ほろ苦くて、ちょっと甘くて美味しいっぽい!」
満足のいく表情をして、再びコーヒー牛乳に口をつける。
隣で楽し気にする夕立を見てか、レンジはひとつの出来事を思い出した。うきうきで受付へ聞きに行き、結論コーヒー牛乳の瓶は一つしかもらえなかった。
(それにしても気が利かないねえ……?)
大浴場を出る直前、受付へ”湯上りの一杯をくれ”とお願いをした。”何かお飲み物でしょうか?”と問われた為、頷き”コーヒー牛乳を二人分くれ”と伝えたのにも関わらず、瓶は一つ。
レンジは”数が足りない”と文句を言うが、受付から返ってきたのは”繁殖用のクローンへ甘味を補給することは認められていません”とだけ。それだけを言われ、レンジはカチンと頭にきた。
しかし夕立の前で騒ぎを起こす気もなく、そのまま外へ出た。
(クローンで差別するのかよ。それも繁殖用、か。まるで階級があるみたいだな)
あの受付にいた、仏頂面の男性従業員の胸倉をつかみたい気持ちに駆られた。が、夕立がいる手前、そんな暴力的な行為は行わない。
(
レンジは心の内で怒りを滾らせていた。彼女への侮辱は死を以て、あるいは死と同等かそれ以上の苦痛を以て償わせてやろう。
「十字架を背負わせてやる」
腹黒い決意が固まりつつあるとき、レンジは脇腹を小突かれる。
「――っ?」
視線を向けると、そこには頬を膨らませた夕立の姿があった。何か言いたげにツンとした態度で口を開く。
「せっかくのお祭りが台無しっぽい! さっきからわたしがちょっかいかけても無視だなんて、冷たすぎる!」
夕立はぷりぷりと怒る。レンジが謝罪を口にする前、彼女は口角を上げて怪しく笑う。
「こうなったら、レンジさんを困らせてやる! 見てなさい……っぽい」
鼻高々に笑う彼女を前に、レンジの脳内には先ほどのやり取りを思い出す。二の舞になっては困ると直感したレンジは就寝までの残りの時間を彼女のご機嫌取りに使うのだった。