とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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4章 8話『空裂』

 レンジがモデルルームへ来てから四日が経過。その間、一度も意図的に夕立の傍を離れず、献身的に世話をした。

 

「見ろよ、あれ」

 

 今日も今日とて、傍から見れば過保護のように見えるほど身を尽くす。レンジの働きぶりはいつしか、人々の間で噂が立ち始めた。

 

”醜悪な怪物が自分の番を優先している”

”必要以上に自由を制限し、鎖で拘束するみたいだ”

 

 ふとした瞬間に噂はレンジの耳へ伝わる。そもそも彼にそのつもりはない。ただ彼の中には”最低限必要な社会常識を知らぬまま過ごさせない”という決意が存在した。

 

(ふん、真相を知らないからって好き放題いいやがって)

 

 根も葉もない噂とまではいかずとも。何か手を打つべきかと考えた矢先、

 

「おいっ! どうして、繁殖用の雌がアダム様の許可なく自由に歩いているんだぁ!?」

 

 二人の後ろから罵声が飛ぶ。レンジの隣にいる夕立は顔を青褪めさせ、彼の手を握る。

 こちらに無視されたのが、気に喰わない様子で更なる罵声を飛ばす。

 

「そこな制服の娘! 貴様に言っているのだ、わしは! おぉい! わしを無視するでない!」

 

 一見、ふくよかな体、煌びやかな装飾品を纏う男。彼の登場により、レンジと似たような現象が起きる。衆人たちは一斉によけ始めた。

 

「……き、貴様ッ! わしが艦隊貴族であると知っての狼藉か!!」

 

 大層ご立腹なのか、鼻息荒くずかずか、と大股で近づいてきた。

 

「何とか言ったら、どうだ!?」

 

 レンジへは目もくれず、隣で縮こまる夕立へ強く当たる。

 

「見たところ、セーフティを外された艦娘のようだが……仕えるべき相手への敬意すら落としてきたか?」

 

 艦隊貴族を名乗る男は、夕立の身体を上から下へ値踏みするような目つきで凝視する。その気持ち悪い視線に堪えかねた彼女はレンジへ助けを求める。

 

「れ、レンジさん。このヒト気持ち悪いっぽい……」

 

「無礼な雌よ、何を言うっ! このわしを見て気色悪いと言うのかっ!」

 

 唾を飛ばしながら、夕立へ怒鳴り散らす。男の白い肌は瞬く間に赤く染まり、その光景を見てレンジは、

 

(茹でたイカみたいに見えてきた。ここで海産物は見たことないけどタコ焼きはあるみたいだから、イカ焼きもあるか?)

 

 なんてこの状況に似つかわしくない事を考えていた。

 

「ああ、もう良いっ!」

 

 ふくよかな男は一段と大きな声を張りあげた。何がいいのか、分からないがレンジは気が済んだのなら、と夕立の手を引いて歩き出した。

 

「そんなに躾がなっていないのなら……わし手ずから好みの雌に変えるまでよっ!」

 

 ぐふふ、と気色の悪い笑みを浮かべ、彼女へ手を伸ばす。が、レンジが防ぐ。バチン、と物を強く弾く音が生じ、衆人たちは呆気に取られた。

 

「――っう! な、なんだ貴様は!」

 

 殺気の籠った眼差しで男を睨みつける。そこに言葉は要らない。

 

「わしが見逃してやっていたら調子に乗りおって、貴様はいらん!」

 

 白い肌に紅い紅葉が映える。男は自身の手を摩りながらも、豪華な容姿の侍女を傍へ招き、自身の怪我の手当てをさせた。 

 

「クローンのごった煮など、わしも欲しくはない! カブラギ様は何を思って、雌との交配を望むんだか……」

 

 駄々っ子のように不満を叫ぶ。大きな子供を、あやすように他の侍女が構う。

 

「それはこっちのセリフだ、このデブ。てめえのきったねえ手を夕立に触れさせねえ為に吾(オレ)がいンだろーがよ」

 

「こ、この繁殖用の奴隷の分際でっ! わし様になんという口の利き方を――」

 

 更に赤みを増す男を前に「二度とその面、見せんな」と吐き捨てる。そのとき男からブチ、と縄のような物が切断された音が聞こえた。

 

「も、もう黙ってはおれんわ! この無礼者共々、今!この場で!処刑してくれる!」

 

 激昂した男は、宥める侍女を振りほどき、叫ぶ。

 

「今この時を以て、粛清を行う。≪サモン・セラフィム≫!!」

 

 その時、彼の周囲に立つ侍女が苦しそうに悶え始めた。胸や頭を押さえ、しまいには何度も嘔吐する。吐しゃ物は赤色から黒色、そして白色へ変わりゆくとき。

 

 ノースリーブに身を包む、白翼の天使が二体降臨した。

 

「ぶっふう~……い、命乞いなら聞いてやらんこともないぞ」

 

 男は降伏を促す。初めて見る、悍ましき存在に夕立は言葉を無くし、野次馬たちは建物の影へ収まっていく。

 

 ふくよかな男の隣に立つ両翼。普通なら土下座をしてでも許しを乞うだろう、とレンジは考えた。

 

――そう。普通ならば、の話だ。

 

「やーだね! そんなの絶対にしてやんねえよ!」

 

 中指を突き出し、煽るように舌を出した。

 

~~

 

 ふくよかな男の傍を飛ぶ二翼を前にレンジは一歩も退かない。それどころか、待ってましたと言わんばかりに好戦的な表情を見せる。

 

「ほら、早く来いよ。そこにいるのは風船じゃないのだろう?」

 

 セラフィムを前にして、男を挑発していく。彼の顔は屈辱に歪み、これまでよりもずっと大きな声で命令を下す。

 

「セラフィムよ! わし様に楯突く化け物を骸へ変えるのだ!」

 

 男の命令を聞いてか、セラフィムは胸の辺りから細剣を取りだす。その切っ先をレンジへ向けたまま、降下した。

 

「いいぞ、早く来いっ――吾(オレ)を愉しませろ!」

 

 レンジは口角を吊り上げ、狂笑する。彼の両手に茨の巨大な盾を装着した。その装いは傍観者にとって重装歩兵に見えており、笑いを誘う。

 

”そんな装備で何ができるんだ”

”口から出まかせの、道化師だったか”

”いやいや最後まで楽しませていただきましょうよ、皆さん”

 

 衆人は言いたい放題に酒を片手に視る。中では、突然始まった出来事に対し、賭けを行う者の現れた。生き残るのは、怪物とセラフィムのどちらか。

 

 しかし皆、口を揃えて言うのだ。

 

”セラフィムが勝つ”

”これまでずっと同じことが繰り返されてきた”

”どうせ今回も同じだ。賭けにならない”

 

 レンジは周囲の声を聞き、自身に課したルールを一時的に撤廃した。今、この時だけは客を振る舞わず、神の一柱として振る舞おう、と。

 

 そこからは早かった。

 

「ふひひ、はははッ」

 

 一見すれば重装歩兵のような恰好。その偏見を砕くほどに飛び回り、自由に暴れ回る。

 巨大な盾を空気抵抗も重力も無視して、セラフィムの胴体を薙ぎ払った。

 

「……ッ!」

 

 薙ぎ払われたセラフィムの一翼は空中で解けて、そこら辺に落ちる。白色と青色の混じる血が水たまりを作る中でレンジは容赦なくセラフィムの頭を盾で押し潰す。

 

 熟した果実の中身が溢れる。

 悪夢のような光景に賭け事をしていた人はおろか、周囲の人間たちは固まった。

 

「次、来いよ。早くッ!!」

 

 レンジは巨大な盾を虚空へ納め、次は龍神形態へ移行する。桔梗色の神官服を身に纏い、琥珀色の刀剣を取りだす。当の本人が柄を掴むまでは、触れる事すら叶わない武具。

 

「な……ッ! 何をしている! わし様を護り、この悪魔を駆逐せよ!」

 

 次なる命令を受けたセラフィムの剣戟すらもレンジは防ぐ。ただの凡夫にはこの攻撃を見ることは叶わない。

 

「ならば、貴様の武器を奪ってしまえば―――」

 

 最初の二翼だけでは足りないと判断したのか、更に追加で三体増えた。レンジに刀剣が渡るのを怖れた男の命令により、一本の刀剣に三体のセラフィムが群がる。

 

 しかし琥珀色の刀剣は透けて、当たらない。

 

「なにをやっているっ! たかが、一本の剣すら弾けないのかっ」

 

 最初こそは蹂躙を確信していた男だったが、始めの一翼が消えてから狼狽え始めた。

 地団太を踏み、歯ぎしりをする。

 

 そこへレンジが現れた。彼の手には切断された、セラフィムの首を持つ。薄気味悪い血が噴水のように漏れ、男を縮み上がらせた。

 

 短い悲鳴をあげて、腰を抜かす。

 

「この程度、吾(オレ)の敵ではないな」

 

 飽きたように溜息を吐き、セラフィムと戯れていた刀剣を取り返す。そして柄を掴み、ゆっくりと抜刀。

 

 刀剣から溢れる稲妻が全てを焦がす。その直後、周囲には雷鳴が轟く。 

 

”ら、雷雲はどこにもないはずだ! だが、聞こえる”

”雷鳴って天上人のお怒りって聞くわ!”

 

「こ、こんな事があってたまるか!」

 

 男はレンジではなく、夕立の元へセラフィムを向かわせる。それが神の逆鱗に触れた。

 

「≪轟迅霹靂神(ごうじんはたたがみ)-空裂(そらさき)-≫」

 

 直後――天井を裂くような音が観測された。

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