百合だらけの世界で私は京太郎くんに愛を叫びたい 作:うどんではない
意外性は薄いかもしれませんが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいですねー。
原村和は、異性婚で生まれた少女である。そして、物心ついた頃から両親の仲の良さを目の当たりにしてきたからには、同性の恋愛について他人事のように感じられるのも当然だった。
夢の一つに格好いい
女子友達は、どこまで行っても友達。だから深くなりすぎずに、強いアプローチには一歩引いて応答する。
そんなこんなで線引きをはっきりさせて少し同性と距離をとっていたいた彼女が、かけがえのないただの友人、というものを持てたのはきっと幸運だったのだろう。
しかし、そんな貴重なただの同性の友人たちとは引っ越しで疎遠となり、反動で依存してしまったただひとりの親友には、アプローチめいたしかし冗句を向けられる程度の今。
望ましい異性との関わりについてどうなったのかといえば、それは中々難航していた。
よく知らない男の子からの告白を断ったことでの心労でため息をつきながらも和が戻ってきたことを喜びながら、親友こと片岡優希は、笑顔で言う。
「行っちゃったじょ……のどちゃんったらモテモテで羨ましいじぇ」
「はぁ……ゆーき。少しは私の身になったつもりで考えてください。こんなの、大変なばかりですよ?」
「確かに、断るのは大変そうだったけど……そんなに好かれるって凄いことだじぇ?」
「好きでもない人から想われても、仕方ありませんから」
「ふーん。真面目なのどちゃんらしいじぇ」
ただひたすらに倦厭を表情に出して高鳴りもしない胸元に手を置く和に対して、優希はとても興味深そうに観察しながら彼女の周りをちょこちょこ回る。
そして、優れたプロポーションからも溢れ出す憂いにこれは本当に辛いのだろうと感じ取れた優希は、和に向けて諭すように言うのだった。
「でも、のどちゃんも坊主共の告白をそんなに真剣に取らなくてもいいと思うじょ。恋なんてはしかみたいなもんだっていうじぇ?」
「……そうですね。熱病みたいに軽いからこそ、私が受け取りそこねてしまうのかもしれません」
「奴ら、結構のどちゃんは面倒な性格してるってことも知らずに好きとか言ってるもんなー。全く、見た目だけに恋するのなら、大好きなグラビアにでも告白するんだじぇ」
「面倒、というのは酷いですけど……そうですね。告白はせめて日常的に会話を交わしてからとか、段階を踏んでからにして欲しいものです」
「高嶺の花をやるってのも大変なもんだじぇ」
そう、ぼやく優希。高嶺と彼女は軽く口にしているがしかし、なるほど確かに和は近くで眺めるには見目が麗しすぎた。
遠巻きに見つめた上で魅了されてしまい、そのまま性急にも段階飛ばして求めてしまっても仕方がないくらいの愛らしさ。
きっと美少女、という言葉は和のためにあるのだろう。また困ったことに、彼女は異性が殊更惹かれるところがボリューミーであったりもするのだ。
清澄男子の人気をほしいままにする和。しかしいやらしい視線より甘酸っぱい
「格好いい人、とまでは行かなくても安心できる人なら考えるのですけれど」
「中々そんな男子はいないみたいだじぇ……お」
和と優希がそんなこんなな悩み話をしながら帰路につこうとした時。植え木の緑の向こうに銀の軌跡が見えた。
それが艷やかな髪の流れだと気づいた二人は、その持ち主の果実の唇の動き――隣の女子に話しかけているようだ――すらつぶさに見て取る。
少し離れた距離で和達に気づくこともなく彼女、小瀬川百合は宮永咲に向けて言った。
「それにしても、どうして咲ったら勝手に部活決めちゃったのよ。私が部活勧誘者たちをミヤナガバリアで防ぐこと、これから出来なくなっちゃうじゃないの」
「……そういうところが悪いんだよ、百合ちゃん! 毎度気づいたら私を置いて逃げちゃうんだもの。それは私だっていじわるしたくなっちゃうよ」
「で、黙って文芸部? もうっ、私それじゃ一緒できないじゃない!」
「それは、運動神経抜群でよりどりみどりな百合ちゃんと違って、私は本を読んだ数くらいしか取り柄がないから……」
「何いってんのよ。ただでさえ私なんかの数倍賢い上にこんな可愛い顔して、取り柄がないなんてよく言えたもんね。アイドル部とかあったら私、咲を推薦してたところだけど?」
「それを言ったら百合ちゃんの方がよっぽど……ううぅ、頬を触らないで……」
「なに、こんなの大した触れ合いじゃ……ないわけでもないのかな、ごめん」
そして、和たちがぽかんと観たのは二人の女子のいちゃつき。
ああなるほどこういう風にするといいのかと勉強になるくらいにさりげなく頬に手を当て、そして相手の真っ赤になってからそっと離れるその上手な手管。
格好いいを極限まで女性化したらこうなるのだろうというような美人がそんな大胆をしているのだから、一連の所作がアプローチに見えてしまうのも仕方がなかった。
「はぁ……なんだか凄いの見ちゃったじぇ」
ため息。二人がそのままきゃっきゃしながら、離れていったのを確認してから、優希はそう言う。
同性異性関係なく恋慕の情が起きることが当たり前な世の中。強めのスキンシップはどうにも刺激が強く映る。百合の前世で言うところのキスを見てしまったのに近いドキドキを覚えながら、和は零すのだった。
「大胆、でしたね」
「だじぇ。あの子と比べたら私なんて口だけ番長みたいなもんだじょ」
「ふふ、優希はそれで良いんですよ。もしあんな風にされたら私……」
ふと、柔らかな唇に人差し指を当てて、和は考える。
確かに、奈良の友達から冗談じみたスキンシップを受けたことはあるし、優希から少し度の過ぎた触れ合いを受けることだってある。
しかし、それらは稚さから来るものであって、親身に熱を伝えるものではなくて。もし、肌と肌の触れ合いをあんなに格好いい人にされてしまったとしたら。
「困ってしまいます」
想像するだけで、さしもの異性恋愛志向の和も頬を紅くするのだった。
「小瀬川さん、ですか……」
翌日の夕方。生返事続きに業を煮やした優希が先に帰ってしまって尚、暮れの帰り道を和はゆっくり歩んでいた。
和の脳裏を占めているのは、オカルティックな百合の闘牌の軌跡。ためしに部室に呼んでみれば当たり前のように役満を和了ったその恐ろしいまでの冷静に、これから一緒に麻雀をすることすら何故か不安に感じる。
つまるところ、効率を究めて己に克つゲーム。そのようにデジタル風に麻雀を捉えている和は、あまり対戦相手を意識はしない。しかしどうにも百合の
「目が吸い寄せられる……心が奪われるよう、とはあのことを言うのでしょうか……」
重い、それこそ肩に何かが乗っかったような緊張に似た錯覚には思えない感触。和は百合が四暗刻を和了った際にはそんな奇妙を覚え、戸惑った。
威に圧された。それをそう受け取った和は、そんなオカルティックな感触に怯えすら覚えたのだった。そして、否応なしに百合を意識してしまう。
「怖いですけどキレイな人、でしたね……」
もし自分が可愛らしさの強調であるならば、あの人は格好良さの強調だろうと、和は思う。クールビューティ。そんな文句がふと浮かんでくる。
「でも性格は思い返すに愉快でしたか。……それにしても私のむ、胸のことか気にして……ちょっとフケツです」
しかし、見目と違って中身は存外面白い。おっぱいだのなんだので騒ぐあたりは、むしろ子供っぽくもあった。
そう、怖くて綺麗で、愉快。そんな人物像が上手く和の中ではまとまらない。でも、そのままにしてはおけなくて。
「気になる、のですね……」
つまるところ、そういうことだった。
和は、新しい部活仲間を受け容れられるか、気になっている。そして、それだけでなく何より。
「困りました」
不安からか思えば思うほど胸がきゅんとなってしまうのがまた、困りものだった。
明日も会うのにこれではいけない。自分は果たして平静を保ち続けられるだろうか。
これがただの吊り橋効果だと、和は思いたい。
そして後。風呂に肩まで浸かり、柔らかなふとももを揉みながら、部活の先輩の実家のメイド雀荘にて百合とプロと戦った後、彼女に言ってしまったことに、悩む。
「どうして私、女の人が好きって言ってしまったのでしょうか……」
そう、どうしてだろうか。
自分に無遠慮にモーションをかけてきた彼女が、しかし異性愛志向と知って、反発したくなってそう心にもないことを言ってしまった。そうなのだと和は思いたいところ。
しかし、どうしてだろう。今まで妄想するばかりだったお嫁さんになりたいだけの理想の格好いい何か、は気づけば百合に姿を変えていた。
何しろ、このアピールの多寡に敏感になって想い合う同士以外互いに遠慮しがちの世界の中で、百合は格段に。
「温かいから、ですかね……」
そう。それは全力の親愛。褒めて、触れて、友愛を心よりぶつけてくる彼女は、どうしたって憎めない。むしろ、愛らしくすらあった。
勿論優希だって本気の友情を披露しているのに違いないが、百合はなんだか種類が違う。思いやり、無遠慮、色んな言葉が浮かぶけれど、結局の所触られるのが心地良くて。
だからきっと、好きだ。ドキドキが優しくされてからずっと、止まらないのがその証拠。
ぽうっと立ち上る湯気を見上げながら、和は結論づけた。
「普通って、変わるのですね」
きっと、そうなのだろう。そして、彼女の普通だってきっと変わってくれる。
和は、そう願うのだった。
そしてある日。遊ぼうと連絡され、和は二人きりの待ち合わせ場にて気合を入れた格好で待った。
そこで知らされたのは、お気に入りの愛らしい服はこれからの運動には失格という無情な事実。
やがて、運動神経的な意味で同じく失格となった咲と、到着した遊び場所の公園で戦力外同士一緒の時間を過ごすことになったのは当然の流れだったのかもしれない。
「……そうですね……」
「んー……あ。そうだ」
互いに人見知りをする方であるから、自己紹介から続けていった会話は盛り上がらずに、三々五々。
しかし美人に見飽き何やら思いついた、というよりも踏ん切りがついたという様子で、咲は口を問う。
「原村さん、百合ちゃんのこと、好きでしょ?」
「ええ、私は百合さんのことが好きです」
そして、それに返せる言葉は一つきりだった。青空のもと、本当の音色は喧噪にかき消される。
だって嘘を言ったところで仕方がない。むしろ、引けないからこそ本音でぶつかる。そんな和の意気を知って、目を細めた咲は値踏みするように言うのだった。
「そっか。なら貴女はやっぱり敵なんだね」
敵。なるほど同じ相手に恋する二人は普通ならば敵対者となりうるのだろう。しかし。
「貴女は、私の敵ではなさそうですが」
子供たちの笑顔の中、銀の隣で金が走る。その似合いの光景こそ、心より邪魔したくなるもの。
それと比べれば同じ蚊帳の外である相手なんて、正直敵にも思えなかった。どうでもいい。そうとすら思う。
やがて視線どころか意識の欠片も自分に向いていないことに気づいた咲は、口を尖らして零す。
「……私原村さんのこと、嫌い」
「そうですか、困りました」
言葉をかわし、視線は同じく笑顔で駆け回る彼女のところ。しかし心はてんでバラバラで。
それきりしばらく、それこそ彼女が声をかけてくるまで二人に会話はなかった。