『……見て、あの方……』
『またレストアからチャームを取ってきたのね』
『お噂に違わず、本当に死神のよう……』
チャームはリリィにとって、身体の一部。
戦場を共に駆け抜け、自らの命を預ける、かけがえのない存在。
そんなチャームの入ったケースを手に、肩に、いくつも抱えて学園の廊下を歩く少女が一人。
二年生・九十九麗奈。
彼女の持ったケースは、棺桶に例えられる。
彼女は慣れていた。いや、慣れてしまった。この数ヶ月で目撃者も増え、噂が噂を呼びついたあだ名は──。
──死神。
「……ったく。聞こえてるんだよ。いつもいつも、こっちのことも知りもせずに」
「さ、咲喜ちゃん。もうやめようよ……」
「なんだよ優衣、麗奈が陰口を言われてるのを、黙って聞いてろって言うのか?」
「そ、そんなんじゃ……」
「お止めなさい、二人とも。私達が言い争いをしたところで何も変わらないでしょう」
伊月咲喜、山宮優衣、錦織つかさ。
三者三様、姦しい会話に麗奈は表情一つ変えない。
(別に、気にしない。僕にはみんながいるから)
「はあ……そういう問題か?」
「麗奈が良しとしているのであれば、何も問題は無いはずです」
「おいっ、一番麗奈の側にいたはずのお前がそんなこと言うのか!?」
「咲喜ちゃあ~ん! やめようってばあ~!」
三人は九十九を挟んで学園の廊下を歩いている。
「それにしても残念でしたわね。まさかヒュージを取り逃してしまうなんて」
「あれはまさか……撤退とか?」
「逃げたと取るか、撤退したと取るか。いずれも私達の理解の及ばないところだ」
鹿出綾、白銀若菜、初瀬茉莉。
九十九の後ろを歩く三人は、先ほど接敵したヒュージについて考えていた。
戦っていたのは、レストアと呼ばれるヒュージだ。何らかの理由で生き延びたヒュージは修理(レストア)され、再び人類の脅威として姿を現す。所謂「手練れ」であることが多く、優秀なレギオンであったとしても退けるのは容易なことではない。
「近いうちにまた現れるだろう。備えはしっかりしておかなくては」
「常在戦場の心掛け……でしたか? 疲れませんの?」
「まっ、いつ出撃になるかもわからないし、チャームは最善の状態にしておかないとね」
「常在戦場……状態最善……状態善……じょう……」
「……茉莉様?」
「いや、何でもない」
「いくらなんでも無理があるでしょ!」
「……クスッ」
「あ、麗奈が笑った」
「わかるか九十九、この奥深さが」
「あ、あのう……そういうことじゃ……ないと……」
「貴女達、敵を逃がした後だっていうのに呑気ね……」
(そういうお姉さまも、少し笑ってる)
「も、もう!」
学園の廊下を歩く七人。その足を進めるほど、周囲の人は減っていく。遂には廊下に誰もいなくなったところで、一行はある扉の前で立ち止まった。
手が塞がっている九十九は、持っている箱の角で呼び鈴を押す。
「どうぞ~」
「失礼します」
ドアを開けてもらうと、工房の中の空気が外に洩れてくる。熱を伴ったそれは、いつの間にか九十九にとってすっかり馴染み深いものとなっていた。
「おおっ! 今日もたくさん持って帰ってきたねえ。お疲れ様」
「工房、借りる」
「どうぞどうぞ! 修繕作業を自分でやってくれるリリィなんて、ほとんどいないんだから! ま、いろんなチャームを弄れる楽しさはあるんだけどねえ」
工廠科・三年生、久留米静香。
戦ったリリィたちのチャームの補修、メンテナンスを行ってる工厰科の一人で、その腕前は多くのリリィから買われている。
「私の『トリシューラ』は汎用のチャームとは違う……。頼める人、なかなかいない。自分で補修できるようにならないと」
「そんな貴重なチャームの修繕を時たま頼んでくれるってことはぁ……信頼の証ってことよね!?」
「静香様のチャームの扱い方は丁寧。皆からも好評」
「嬉しいっ! 忙しい時には頼ってくれていいからね!」
「ありがとうございます」
九十九は工房に入ると、作業台の上に運んできたケースを丁寧に並べていく。
「……今日はどんな子達なの?」
「今日は、もう壊れてしまった子達」
「……そう」
大事そうに取り出されたチャームたちは、最早使い物にならない程錆びて、欠けて、朽ちてしまってるものばかりだった。
最後に取り出されたのが、彼女のチャーム、『トリシューラ』。多彩な戦い方ができるよう調整された特注品で、変型機構、格納機構を拡張していった末、少女の丈には合わない重量、大きさとなっていた。
とりわけ目立つのが、マギクリスタルコアの数だ。外装に隠れて見えない部分も含め、計六つのクリスタルコアが取り付けられている。言うまでもなく、本来チャームには一機につき一つのコアが装着されている。というより、二つ以上取り付ける意味がない。故にこの様な物を作るには、特注する他無く。発案こそ九十九と白銀ではあるが、ガーデンの惜しみ無い援助によって実現したユニークチャームだ。
「さて、私の出番か」
(うん、お願い)
──
九十九はトリシューラに触れ、マギを流し込む。すると六つあるマギクリスタルコアのうち一つにルーンが灯り、最前面に出ていたものが内側に引っ込んだ後、その位置へと収まった。
白銀と九十九は、先ほど取り出した傷だらけのチャームに触れスキルを発動する。すると付けられた傷も欠如した部分も消えて行き、まるでメンテナンスを受けたばかりであるかのような輝きを放つようになったではないか。
「……いつ見ても驚かされるね」
久留米は自分の作業を止め、チャームが復元されていく様子に魅入っていた。
ゼッドは、どんな致命的な傷であっても、手元の範囲で「時間を巻き戻し」修復し、なかったことにしてしまう。レアスキルの中でも希少なスキルの一つだ。
「うん……どこのレギオンであっても、そしてどのガーデンであっても欲しがるんだろうね。きっと」
白銀が呟きは、工房内の音でかき消され、隣にいる九十九にすら届くことはなかった。その九十九はと言えば、修復したチャームの分解作業に没頭している。
「次にこの部分ね。これとこれは山が潰れかけてるから駄目。これも大分痛んでるから廃棄。それは比較的新しいから使える」
白銀の指示の下分解しながら、部品を取り分けていく。しかし九十九はジャンクパーツを漁るのが目的ではない。
大事そうに取り出したのは、マギクリスタルコア。彼女の目的はこれだった。ゼッドにより輝きを取り戻した表面には、部屋の照明と、覗き込む九十九の顔が映る。これが、チャームを動かす要。軽くもなく、重くもないそれを掲げて哀しげな表情を浮かべる。
「うん、綺麗」
他のリリィであれば何ということもなかっただろう。しかし九十九は見つめれば見つめる程心を揺さぶられる。
手のひらで大事そうに包み込み、別のケースへと入れていく。集められたコアは互いに光を反射させ、キラキラと輝いている。
それはまるで──一つの宝石箱のようだった。