数日が経過しても、逃したヒュージは見つかっていなかった。
九十九はと言えば、他のリリィ同様学校に通い、稽古をして、チャームの点検をする。つまりは日常に戻っていた。
「やっぱり落ち着かない?」
チャームの手入れをしている最中、錦織が声をかけてくる。視線を向けると、彼女は手を重ねてきた。
「……隠せませんよね」
「当たり前でしょう」
クスクスと笑う彼女。観念した九十九は作業の手を止めて、重ねられた手をそっと握り返す。
「麗奈のことなら、何だってわかるもの」
「お姉様……」
「私もわかるぞ」
「初瀬様! 今いい雰囲気なんですから茶々入れないでください!」
側で見ていた初瀬が口を挟んだことで、二人は反射的に繋いでいた手を離してしまった。
「む、伊月にはわからないのか」
「だーーーーっ!! なんで戦闘以外はポンコツなんだよ!」
「むぅ……気分を害してしまったのならすまない」
お互い繋ぎ直すような雰囲気でもなく、二人は顔を見合わせて笑った。
「久しぶりに、私と稽古しましょうか」
※
「麗奈はマギの消耗が激しいだろうから、あまり無理はしないでね」
「はい。お姉さま」
構えるのは、愛機であるトリシューラとグングニルだ。相対する錦織は──構えているだけで、何も持っていない。九十九と同じように、剣を両手に握る"型"を取っているだけである。訓練所は九十九たち7人の貸し切り状態で、この二人の様子に疑問を抱くものは一人もいなかった。
「いつでもどうぞ」
笑顔で挑発しているが、目は真剣そのものだ。
九十九は深く息を吸ってから、再度チャームを握る手に力を込めた。
「……行きます。お姉さま」
刺突、躊躇いも遠慮もなく素早く踏み込む。武器も持たない錦織にトリシューラの切っ先が迫る。
錦織は笑顔を崩さす構えた左腕を持ち上げ……トリシューラの一撃を、触れることなくいなして見せた。更にまるで反撃をするかのように、すかさず右腕を振りかざす。
九十九の顔に驚愕の様子はない。グングニルを素早く目の前に出し、『その一撃を受け止めた』。体制を崩さないように、脚にも力が入っている。
この訓練、九十九にはチャームが『見えている』し、振るわれた力の重みも『感じている』のだ。
一撃一撃を全て受け流しては、反撃をしての繰り返し。次第に二人の撃ち込んだ先には既に刃が待ち構えているようになり、まるで互いのチャームが吸い寄せ合っているかのようだった。見知らぬ人がこの二人を見ていたならば、稽古と言うよりも踊っているようにも思えたかもしれない。
「──ここまで!」
「ありがとう……ございました……!」
構えを解き、互いに礼をする。
何度刃を重ねただろうか。息は上がり、汗が髪から滴り落ちていく。拭うことすら忘れ、二人はただひたすらに打ち合っていた。
「麗奈……綺麗に……なったわね」
「お姉……さま……!?」
顔を上気させながら向かってくる錦織に、九十九の声は思わず上ずってしまう。
錦織は手を伸ばし、指先は九十九の髪に触れようとしている。まだ収まらない動悸が更に大きく聴こえてくる。
(~~!?)
「──貴女の、剣筋。とても綺麗になった」
「あ……はい」
顔をきょとん、とさせた後、目を逸らす九十九。
(そ、そうだよね! 褒められた、褒められたぞ凄いぞ僕)
その戸惑いは錦織にも伝わっており、首を傾げながらも頭を撫でることは止めなかった。
「さて、そろそろシャワーを浴びて、早めに寮に向かいましょうか」
「……はい」
(いや、何だろう。僕は、何を期待して……)
心の声が必死に伝わらないように心がけるも、心のざわつきだけは隠せない。しかし錦織はその原因を自分のせいだと思ってはおらず、頭に疑問符を浮かべながらシャワー室へ向かう九十九に着いていくのだった。
※
「九十九さん、そのチャームは……」
寮へと向かう道すがら、目の前を歩いてきた少女が九十九を目に止め話しかけてきた。その視線は剥き出しになっていたグングニルへと注がれている。
「……アンナ……」
「……ごきげんよう、三室様」
予想だにしなかった人物の登場に驚き、錦織の動きが止まる。
九十九は対照的に、恭しく裾を持ち上げカーテシーで挨拶をし、素早くその横を通り過ぎようとするも、その行く手を遮るかのように前に出てくる。
レギオン『フロレズン』・三年生、三室アンナ。お互い既知の仲であった。
「待って、九十九さん」
「……」
相手が上級生であっても、不快感を隠そうともしない。それでも彼女は構いもせず話を続けてくる。
「九十九さん、あなたもそろそろ、レギオンに──」
「そのお話は以前、お断りしたはずです」
言い終えるのを待つことなく、九十九は吐き捨てるように答える。
「私のレギオンは、今でもエクラン所属のつもりです」
それでも三室は引き下がることはなかった。
「……いくらあなたが強く、多才であったとしても、たった一人で生き残ることなんてできない! それは自分でもわかっているのでしょう!?」
「……」
九十九は黙ったまま三室を見つめ、錦織は唇を噛み、三室から顔を背ける。
「そこにいるんでしょう!? つかさ!」
彼女は『目の前にいる錦織つかさへと』語りかける。しかしその視線の先は、錦織ではなく九十九だった。
「あなたが……あなたが死んで、もうレギオンはないのだから! あなたの守ったこの子を、今度は誰が守ると言うの!?」
「アンナ……ッ! それは……!」
「……僕はもう守られる側じゃない、守る側になる。だから僕は、一人でも強くならないといけないんだ」
目に涙を浮かべながら訴えかけるも、九十九はただ冷たくあしらうだけだった。ただ、呟くようなその返答は、まるで自分を言い聞かせるような口調だった。
「失礼します」
「……九十九さん……」
泣き出しそうになるのを必死に堪えている三室を見て、錦織は三室へと手を伸ばしかけて、項垂れるように下ろした。
「……ごめんなさいアンナ。何も、してあげられなくて」
錦織は後ろ髪を引かれる思いながらも踵(きびす)を返し、足早に立ち去った九十九の後を追った。
チャーム。リリィにとって身体の一部とまで形容される、ヒュージと戦うための武器。
それを手放すことがあるとすれば──それは所有者が命を落とした時。
その表現は誰が言い始めたものだろう。奇しくもそれは全てが的確であったと、九十九麗奈は肯定する。
彼女が自身のスキルを本当に理解したのは、一年前の頃だった。