「次! 麗奈が二時、私が十一時を!」
「数が多すぎる! 一体一体は大したことなくても、これじゃキリがない!」
「だからこそ、錦織さんの円環の御手(サークレットブレス)が必要なんです……っと!」
「別動隊、到着予定まで三十分を切っています! 何とか耐えきりましょう!」
その時のことを、「彼女たち」は今でも覚えている。辺りに立ち込める硝煙の臭いも、互いの身を案ずる声も、戦場に身を投じるリリィにとってはよくあるものだと言うのに。あの血と同じように、べったりとこびりついて、拭えないのだ。
「流石錦織様……敵の勢いを確実に削いでいる」
「パートナーの九十九さんもね。『
錦織の両手には剣、盾それぞれを基調としたチャームが握られている。彼女のレアスキル、「円環の御手」は所謂『二刀流』のスキル。通常一つしか使用できないチャームを、同時に二つ使いこなせるというものだ。チャームを扱う技量は元々中々のものであったが、九十九麗奈というパートナーと出会ってからは、三つのチャームのうち一本を麗奈に渡し、剣と剣、または剣と盾と状況に応じて使い分けるという戦術を取っていた。
「別動隊到着予定まであと十分切りました!」
「麗奈、剣貸して! 後退する前に、前線の敵を殲滅するから!」
「はい、お姉さま!」
九十九は錦織に駆け寄り手にしていた剣型のチャームを渡し、代わりに盾型のチャームを受け取る。
──
九十九は手にしたチャームへとマギを注ぎ込み、そして同時にマギクリスタルコアから情報を読み取る。レアスキルと認められる前から彼女に発現していたスキルは、確認されているリリィのどのスキルにも該当しないものであった。
このスキルの特徴は別の使用者のチャームとエンゲージすることで、元々の使用者の
同種のスキルが存在しない為、名称もない。サブスキルなのかレアスキルなのかの検討もつかない。九十九はそのスキルに
錦織つかさはこのスキルに目をつけ、共に前衛を務めるパートナーとなったのだ。模倣する戦闘技能はチャームの持ち主に依存する為、チャームの使い方が上手かった錦織をパートナーにできることは九十九にとっても悪い話ではなかったのだ。
前線のヒュージは錦織と九十九により確実に数を減らしていく。しかしヒュージも諦めが悪いと言うべきか、ラージ型のヒュージがその迎撃を食い止めんと、複数のミサイル状の攻撃を仕掛けてきた。錦織は動じず、両手のチャームで防ぎながらも迎撃の手を緩めようとはしない。
それだけの余裕があったからだろうか。彼女の視界の端には麗奈にも向けられた複数のミサイルが見えた。本人もそれに気づいているらしく、構えを取り防ごうとしているのがわかる。
九十九は現在錦織のチャームと
──しかしそれは、錦織と同じチャームを二つ持っている前提の動きである。
無論錦織はチャーム一機で戦えないわけがないのだが、麗奈の実践での動きはスキルに頼りきりなのが問題だった。あのままでは盾で防いでも、何も持たない右側を晒してミサイルの直撃を免れないだろう。
錦織は己を恥じた。ただ自分の動きを模倣できるだけの未熟な少女を、戦場の最前線へ駆り出してしまったのだから。
しかし後悔している余裕などなかった。自分を「お姉さま」などと慕ってくれる義妹を、不出来ながらも「お姉さま」として最期にできることをしようと思った。
(まだ間に合うッ!)
錦織は自身に迫るミサイルを無視して九十九の前方へと駆け出した。マギのシールドを破るため、それは着弾してからというより、付着してから起爆するもののようだ。構えを解いたことにより数個被弾してしまい、左腕に力が入らなくなってしまう。
「うぐッ……! 麗奈ぁぁあああアアアア!!」
「お姉さま!?」
右手のチャームを思いきり投げつけ、先に手前にあるミサイルだけでも起爆を狙う。左手から落としてしまったチャームを拾い上げ、残るミサイルを落とすために走り続けた。
その様子を見て、ようやく九十九は「自身が一機しかチャームを所持していない」ことに気がついた。パニックとなった彼女は
一方九十九の前方に到着した錦織は、残るミサイルの殲滅に全力を注いでいた。元々チャームの扱いに長けていただけあり、動かせるのが右腕のみとなっても遜色のない動きを見せた。
しかし落とせなかったものは次々と錦織の身体に付着していき、そして──。
「これで……全部……っ!」
「錦織さん!?」
「つかさ様!」
──爆ぜた。
「……お姉……さま?」
爆風で吹き飛ばされた九十九は、あまりに突然のことに呆然とし、チャームを手放しそのまま地面へとへたりこんでしまう。
何かが空から飛来する。それは九十九の目の前に突き刺さり、やっと現実に理解が追い付いてきた。
黒ずんだ何かが付着し、一部の部品は破損しているが、爆発して吹き飛んだのだろう。間違いなく錦織つかさのグングニルであった。
言葉が出なかった。
「──嫌……嫌ぁああアアアア!!」
「あ……あぁ……」
「落ち着け! 今のうちに後退するんだ!」
錦織つかさは、死んだ。九十九を守るために自らの命を捨てたのだ。
その事実は前線で目の当たりにしたエクランのメンバーも認識し、恐怖、狼狽が渦巻く。それでも上級生は冷静であろうとし、的確な指示を出す。
一方錦織の死を理解すると同時に、九十九は周囲が静かになったのを感じた。ヒュージをまっすぐに見据え、目の前に刺さったグングニルを掴む。
……ジュッ……。
爆発で熱されたグングニルは、空気に触れて冷やされていたものの、まだ熱かった。
「何やってるんだ九十九! 退くんだ!」
何も聞こえない。何も感じない。唯一の五感はヒュージの群れだけを捉えている。
幸いにもすぐに戦闘に支障が出るまでの破損は無い。チャームにマギを注ぎ込み、手早く再契約を済ませる。
(
彼女は戦い方をこれしか知らない。誰かの戦い方に身を任せることで戦い抜いてきたのだ。誰もそれを否定しなかったし、肯定すらされた。
(今度はしない。失敗なんて)
他の人が強ければ良かった。錦織つかさの強さに甘えていれば良かった。
だからいつも通りに、そのスキルを行使する。先ほどの失敗は疲弊もあり、直前の戦闘を読み取った為だと考えられた。錦織は二刀流が主流だが、当然一振りで戦闘を行うこともある。その部分を読み取れるよう、深く、深くマギを行き渡らせる。
マギでクリスタルコアから元の使用者の動きをトレースし、自身の身体を動かすスキル。それが
だから元々サブスキルであったものがレアスキルに昇華したのか、レアスキルを限定的に行使していたのかはわからない。偶然にも状況が条件を満たし、結果としてそのスキルの真価を発揮することになったのである。
流し込んだマギを通じて腕に、脚に、頭に、心に。元の持ち主を再現しようとする何かが逆流してくる。
(……いつもと何かが違う。これは……!)
記憶が流れ込んでくる。記憶を思い出していく。
初めてチャームを手にした時のこと。友達ができて、レギオンを作ったこと。後輩が入ってきた時の喜び、慕ってくれる子ができた時の照れ臭さ。
嬉しかったことも悲しかったことも分け隔てなく、全てが九十九を一瞬で埋め尽くし、溶け合ってゆく。二人分の人生が互いに主張し始める。そんな情報の波に耐えられるはずもなく、何もかもが真っ白に染まっていった。