(……わたしは……誰……)
気づけば、九十九はただ白が広がる空間に立っていた。
いや、それは果たして九十九だろうか?
腰まで伸びたウェーブのかかった髪も、優しそうな垂れ目も高い鼻も、錦織つかさと瓜二つで。
やや小さな身長も真っ黒な髪色も、幼さの残る顔付きも、九十九とそっくりで。
手にしていたチャームに気づき、自分がリリィであることを思い出す。
(ヒュージを、倒さなきゃ)
しかし、見渡す限りの真っ白な景色。まるで雪原に一人残されたかのよう。ヒュージどころか、人すら見当たらない。それでも、まるで本能のようにヒュージを求めて歩きだす。とても疲れているはずなのに、どれだけ歩いても足が痛くない。でも、どれだけ歩いても景色が変わらない。
「ヒュージを、倒さなきゃ。ヒュージを、倒さなきゃ」
──どこに行くの?
どこからか、声が聞こえた。優しい、温かい声だった。
「……誰?」
──クスクス……貴女のよく知っている人よ。
「あなたは、私を知っているの?」
──勿論。そんなに長くはないけれど、貴女のことはよく見てきたつもりだもの。
「わたしは、どこに向かってるの」
──どこかしら? どこへ行きたいの?
「ヒュージのいるところ」
──そうね。行かなくちゃ。
「ヒュージを、倒さなきゃ。もっと強くならなくちゃ。私が守らなきゃ」
どこかから聞こえる声に耳を傾けながらも、歩みを止めない。
──誰を守るの?
「……わからない。大切な人がいた気がするの。私を慕ってくれている人がいる気がするの。尊敬していた人がいた気がするの」
繋がらない、思い出せない記憶にすがり付きながら、おぼつかない脚で前に進もうとする。
「──麗奈」
後ろから強く抱き締めてくる人がいた。進むことができず立ち止まり、後ろを振り向こうとする。そうしてようやく腕を離してもらうと、見覚えのある人物がその場に立っていた。
──その人物は錦織つかさだった。
「……わたし?」
「そうでもあるし、違うとも言えるかも」
「……?」
「大丈夫、貴女は九十九麗奈。麗奈は麗奈のままでいて。私が、支えてあげるから」
チャームを持っていた手を優しく包み込む。
「れい……な?」
「貴女の名前よ。九十九麗奈」
カチン、と歯車の噛み合ったかのように、世界が動き出した。
白いだけの空間は色づき、思い出せなかった記憶の一つは繋がって、一つは手を通じて流れていく。それと同時に少女は姿を少しずつ変化させていく。いや、元通りになっていく。
「お姉……さま……?」
九十九麗奈と錦織つかさ。二人はのどかな丘の上に立っていた。心地よい風が間を通り抜け、髪を揺らす。麗らかな日差しは暖かくて、いつまでもここにいたくなってしまう程だ。
「どうして……」
死んだはずなのに。
どうして目の前に。
自分を庇って。
「僕は……ごめんなさい……っ!」
色んな想いが思い出と共に溢れてくる。
「麗奈、貴女はきっと、もっと強くなれる。私が力を貸してあげる」
「お姉さまはッ!?」
「麗奈と一緒にいる。きっといなくなったりなんてしない。そんな気がするの」
風が強くなり、鳥は飛び去り、地が割れ始める。空間が音を立てて崩れ落ちようとしている。
九十九は包まれていた手を強めに握り返した。離れてしまわないように。いなくなってしまわないように。
「さあ、行きましょうか」
「……はいっ!」
全てが崩れ落ちて光が二人を飲み込んだその時、二人は笑顔だった。
※
「九十九ッ!!」
「もう嫌ぁぁああ!!」
九十九は先程の戦場に戻っていることに気がついた。敵味方の位置からして、そう時間は経過していないようだった。しかしどれだけ短い間であっても、敵は容赦なく攻撃してくる。九十九の目の前にはスモール型のヒュージが迫っていた。
「……やぁ……っ!」
間一髪、手にしていたグングニルで攻撃を受け止め、切り伏せる。現実に還ってくるのがもう少し遅ければ、ヒュージの鎌の餌食となっていたことだろう。
「大丈夫……です! まだやれます!」
エクランの面々は九十九の無事を確認し安堵するが、それでも錦織を失ったという事実は彼女たちの心に影を落としていた。
『まだ動けるよね、麗奈』
「……そこに、いるんですよね。お姉さま」
『……ええ。行きましょうか』
安全のためにも、応援部隊が来る前に前方のヒュージだけでも退けてから撤退したい。誰もがそう思いながらも、疲労と心労が動きを鈍らせる。
そんな中、九十九麗奈はグングニルを手にして駆け出した。迫るスモール型のヒュージを避けて、退けて。手放してしまっていた盾型のチャームを持ち上げる。
先程の
「あれは……円環の御手……!?」
『戦い方は充分わかっているはずよね』
「はい……っ!」
そのままラージ型ヒュージへと向かい、身体が動く通りに身を任せ、チャームを振るっていく。
「……っ! 可能な者は九十九さんの援護に回って! 応援が来るまで何としても持ちこたえるから!」
「は、はいっ!」
彼女らは応援が駆けつけるまで戦い続け、二振りのチャームを手にした九十九の奮迅により生還してみせた。──錦織つかさ一人を除いて。
後に
隊長である錦織を喪いレギオンの最低人数要件を満たさなくなったエクランは解散となり、ほとんどのメンバーが同盟を結んでいたフロレズンに合流した。錦織の人格を宿すこととなった九十九は自らの意思を以て最後までエクラン継続を訴えたが、チームメンバーにさえ気味悪がられたり、理解されない等の不遇もあり、一人となることを選んだ。
そのスキルは九十九を救ったが、同時に孤立する原因にもなったのだった。
※
「ねえ、お姉さま」
「なあに?」
夜、一年前のことを思い出し寝付けなかった九十九は、隣で寝ている錦織に話しかけた。
「僕は……レギオンを移るべきだったのかな」
特別なスキルと複雑な人間関係、そして彼女の力量。ガーデン側の配慮によって九十九は相部屋となるはずの寮で一人部屋を割り当てられたり、エクランが使用していた部屋をそのまま使用できる等の措置がされていた。しかしエクランは記録上解体され、レギオンも無所属のリリィということになっている。
当然これは九十九が自分で決めたことだ。しかしどこかでそれで良かったのかと思う彼女もいた。
「……決めたでしょう。死人に口無し。私たちは麗奈の行く道に干渉しない。これは貴女が決めることなの」
「それでも……。それでも僕は、お姉さまがどう思っているのかを知りたいんです」
「……もし私がフロレズンに行って欲しいと言ったら、麗奈はその通りにするの?」
「それは……」
「私はね、麗奈がエクランを守ろうとしてくれて凄く嬉しい。だけどやっぱり、麗奈が納得する形で自分の道を歩んで欲しい。その過程でエクランという形が無くなってしまうとしても、それでいいと思っているの。メンバーが卒業してしまえばいずれは無くなるだろうし、エクランというレギオンがあったこと自体は変わりがないもの」
「……はい」
「私たちはみんなマギクリスタルコアに蓄積されたただの情報。麗奈はそのクリスタルコアを入れる
トリシューラに取り付けられた複数のクリスタルコア。それは命を散らしたリリィ達、その中でも九十九の役に立つことを選んだ者が所持していたチャームから移植されたものだ。人格情報そのものは九十九と共にあり、技量、スキルを借り受ける時のみ
例えこの世から去ってしまった人物であっても、九十九には六人の彼女を支えるリリィがいるということには変わりない。
錦織は九十九の手を握る。感じる温もりは幻想のものだったとしても、今ここに二人がいられることだけでも幸せで。九十九の意識は次第に溶けていった。