ゴーン……ゴーン……
「……ヒュージだ……」
次の日の昼過ぎ、学園にヒュージが襲来してくることを知らせる鐘が鳴り響いた。
『こちらは生徒会です。先日のレストアが現れました。レギオン『フロレズン』と九十九麗奈さんは集合してください。当番の方はいつでも出撃ができるよう、待機をお願いします』
「とうとう出て来やがったか!」
「今度は逃がしませんわ」
「先日の雪辱を果たす時だ」
出撃要請が出たことで、各々やる気を見せる。
「まずは……『ピナカ』を取りに行く」
「そ、そうでした!」
「いやあ、この日のためにメンテナンスした甲斐があるってもんだねえ」
「実際にやったのは麗奈ですけどね……」
呑気な会話に九十九は内心笑いながら、今の自分のあり方に満足していた。一年前の自分は目の前のことに精一杯で、こうして心を開いて話せる人など錦織ぐらいしかいなかった。今はそんな相手が六人もいて、自分を支えてくれている。例え自分にしか見えないのだとしても、それの何が悪いのだろう?
※
「では、先日ミーティングで決めた通りに。御浜さんと新倉さんは、前衛の九十九さんのサポートをお願いします」
「はいっ!」
「頑張ります!」
「よろしくお願いします」
『フロレズン』隊長・三年生、
共に前衛を務めるのは二年生御浜香保、一年生新倉行幸だ。
些細な話だが、『フロレズン』は錦織の死亡後九十九を除いた『エクラン』のメンバーが合流し一つのレギオンとなった。同盟関係であった二つのレギオンは元から同じ戦場に立っており錦織のポジションが欠けただけとなっていた。ところが九十九が錦織と同調したことによりそのポジションは代替可能となり、『エクラン』を名乗る九十九は同盟関係の維持を望んだ事から『フロレズン』+九十九麗奈という構成に落ち着いた(ただし九十九はレギオン未所属のメンバーと出撃することもある)。
『フロレズン』のメンバーの九十九の見方は様々だ。未だに九十九のスキルに忌避感を覚えるものもいれば、仲間として気にかける者も存在する。しかし個人の感情とは別に、戦闘の評価に関しては誰もがその実力を認めていた。互いに命を預けるのだから、その相手は当然強い方が良い。更に最も危険な前衛を預かってくれているのだから、動向を拒むものは表立っては存在しなかった。
一方問題点としては、九十九はやはり個人という扱いであり、現場の指揮に従う義務がない。彼女の力量が高いこともあり、単独で前線に切り込むこともままある(もっともそれは換装時の初瀬及び伊月の人格的に影響されてのものなのだが、そんなことは誰も知るよしもない)。間違いなく危険であり、いざと言う時支援も間に合わなくなることから陸田は隊長として頭を悩ませている。
さて、フロレズンと行動を共にするということは昨日顔を合わせた彼女とも会うということになる。
「九十九さん、よろしくお願いします」
三室アンナ、元エクランの副隊長にして、フロレズンの副隊長でもある。
「はい。よろしくお願い致します」
恭しい返答に、三室は表情を曇らせる。昨日の今日だ。お互い気まずい空気は感じ取っていた。
「では、各自配置に向かってください!」
「僕はレストアに刺さっていたチャームを取りに行きます」
「私たちは九十九様がヒュージに辿り着くまでの撹乱ですね!」
「いざと言う時は私たちに任せて、無理はしないようにね」
「はい、わかってます」
合図と共に配置へ向かう傍ら、お互いの意向を確認し合う。陸田は前衛に「親九十九派」とも言える人物を採用していた。連携は作戦の成功率にも関わる以上、可能な限り九十九を信頼し、サポートできる人物を置き、単独行動については半ば訓告を諦めていた。
大型ヒュージの場合、代表的な討伐方法はノインヴェルト戦術だが、九十九にはそれに匹敵する武器が存在する。それが今彼女が背負っているチャーム『ピナカ』だ。トリシューラ同様これも特注品で、背中全体を覆うような盾、そしてそこから覗かせる砲身が特徴。しかし本人曰く「重いし、小回りがきかない」とのことで普段から携帯しているチャームではない。
「前衛部隊、到着しました」
「……前回開けたところはある程度そのままみたいだ」
先日遭遇した際、レストアの上部に孔を空け、チャームが刺さっているのを確認した。しかしその戦闘で二機のチャームが破損、ヒュージもそのまま後退していこうとした為チームとして追跡の断念をしたのだった。九十九もその際はトリシューラしか所持していなかった為、単独での追跡もなかった。
「九十九さん、私たちが気を引くので、その隙にチャームを!」
「お願いします」
駆け出していく二人に気付き、ヒュージは攻撃を始める。九十九が集中できるように、上手く誘導してくれているようだ。
「……さて」
岩影に隠れながらトリシューラを構える。傍らに立つ六人のリリィは各々自分の力量を最大限発揮しようと気合いを入れた。
──
流し込んだマギは循環し、チャームを稼働させる。最前面に出てきたのは、三宮優衣のクリスタルコア。
彼女が生前所持していたレアスキル、ファンタズムは未来予知のスキル。いくつもの仮定の世界を視て、最適な答えを探していく。視ているのはヒュージに刺さった幾つものチャーム、その一つ一つに触れていく未来。
『嫌だ! 死にたくない! 死にたくない!』
恐怖
『撤退、しておけば……』
後悔
聞こえてくるのは、無念に散っていったリリィたちの叫び。死を前にした者達の最後の声。仮にこれらのチャームと同期(ユナイト)した場合、九十九自身もこの感情に揺さぶられることになる。これはその選別だ。
『ねえっ……! お願い! 目を覚まして!』
慟哭
『よくも……よくもおおおォ!!』
憤怒
『そん……な……』
絶望
『あと、一撃が……届けば!』
……闘志!
「──見つけました」
「あの方なら……!」
傍らで喜ぶ三宮に微笑む。先ほどの胸を打つ光景は二人が視てきた。この使い方を始めた当初は三宮自身が心を掻き乱されていたものだが、本当に強くなったと感心する。
「ありがとう、優衣」
「っしゃ! さっさと行こうぜ!」
──
「逃す前に、叩く……!」
伊月咲喜の所持していたレアスキルは高速移動のスキル。目にも止まらぬ速さでヒュージとの間合いを詰めていく。
「二人ともありがとう!」
「い、いえそんな!」
「気をつけてね!」
気にかけなければ、九十九は接続中のコアの持ち主に人格が引っ張られる。普段とは異なる快活的な九十九の労いに前衛の二人は少し驚くが、いつでもサポートに回れるようすぐにヒュージへと意識を向けた。
目前へと迫る九十九に、ヒュージは攻撃を集中させてくる。
「さあ、捕まえられるかな?」
──
「当てられるものか」
初瀬茉莉のスキル、この世の理。物が動く力の方向性を感じとる能力で向けられる全ての攻撃を躱し、ヒュージの身体を登っていく。
頂上とでも言うべきところには、先日空けた孔が軽く修復されていた。躊躇いもせずトリシューラを振り下ろし、再度孔を広げる。すると先日発見したチャームがまだ刺さったままとなっていた。
当然ヒュージも黙っていてはくれない。九十九の頭上四方が光輝き、何かを充填し始める。
(逃がれられない……だから)
「私の守りで!」
──
「破れるものですか!」
鹿出綾のヘリオスフィアは強力なマギの防御壁を形成し、ビーム状の攻撃を防いだ。攻撃が止んだタイミングを見計らい、改めて先ほど覗き視たチャームを選び抜き取り、即座にヒュージの上部から離脱する。
「お二人とも! 少しの間お願いしますわ!」
「はいっ!」
「……わ?」
──
「さあて、可愛いチャームちゃんとご対面~」
「いつも通り、手早く済ませよう」
傷付き、錆び付いたチャームの時間を巻き戻す。完全とまではいかないながらも、それはかつての輝きを取り戻してみせた。
マギが九十九とチャームを行き来して、持ち主の情報を構築していく。初めの錦織と同調した際は加減無く行使し人格を九十九の身に宿すこととなったが、今では一時的な再現などお手の物だった。
このチャームの持ち主がこのヒュージと戦闘を行っていた時の記録……彼女たちのレギオンは戦闘の末数を減らしながらも、彼女は最後に弱点を見つけることができた。しかし、全てが遅かった。それは後方にいた彼女が追い詰められ散る直前であり、他に動ける者も既にいない……最期に一矢報いようとしたところで、この持ち主の記録は途切れることになる。
死の間際の記憶というものは、何度見ても気分の良いものではない。だがほぼ全てが初見となるヒュージとの戦いにおいて、戦闘データを得ることができるのは大きな収穫なのだ。難敵とされるレストアとの戦闘においてこれほど優位なことはない。
「……やり直せる」
九十九はこの人物としてどうすればあのヒュージの弱点を突けるか思考を巡らす。
弱点は、ヒュージの下部であった。そこが一番装甲が薄く、核にも近いのだ。そこまで掴みながらも、気づいた頃にはレギオンは壊滅状態にあり挽回の余地などなかったのだ。
さて、問題はどうやってその弱点を突くかだ。ピナカを撃ち込むにしても、ヒュージの下に潜り込んで撃つのは危険度が高い。そもそもピナカは中・長距離からの狙撃を想定しており近距離での運用も難しい。ノインヴェルト戦術に切り替えたとしても難易度は同じだろう。
「なら、この方法で……」
九十九は
九十九がチャームを回収したのに合わせてフロレズンのメンバーはほとんど前衛へと加わっている。現在の位置からして、作戦の伝達は前衛にいる副隊長、三室アンナに伝えるのが効率が良いだろう。
(あまり良い手段とは言えないけど)
「……お姉さま、お願いしてもよろしいでしょうか」
「ふふっ。そう言うと思ってた。任せて頂戴」
──
二刀流に切り替え、素早く三室とヒュージの間に割って入る。
「──アンナ! この後時間稼ぎを頼みたいのだけれど!」
「……その呼び方をするってことは、今はつかさなのね」
「……ええ」
「皆さん! 一旦ここを任せます!」
ヒュージの攻撃をいなしながら後退し、作戦を伝える時間を作ろうとする。
アンナの目の前に立っているのは九十九麗奈だが、話しているのは錦織つかさだ。
「……ごめんなさい、昨日は何も言えなくて」
「ずるいわ。貴女はいつだってそうよ。こういう時にしか会ってくれない。話もろくにできない」
「あの子の時間を奪うわけには、いかないの」
「……許さない。私は勝手に居なくなった貴女を許さないから!」
「そうやって、私のことを覚えていようとしてくれるのは嬉しい。でも今はヒュージの討伐に専念して頂戴」
「……わかってるわよっ!」
忌々しげに吐き捨てる三室に心を痛めるが、何か施しを与える権利など自分にはないと理解していた。
「……それで? 私たちにどうして欲しいの」
「あのヒュージの弱点は下にある。だからあの巨体を少しでも傾けて欲しいの」
「……ハァ。わかったわ。できるかどうかじゃない、やるしかないものね」
実行する側も狙う側も困難を極める話だが、そこが弱点であると言うなら狙うに越したことはない。対レストア戦における九十九の発言力は隊長に並ぶ指揮権を持つのだ。
「いつもありがとう。……ごめんね。それじゃ行ってくるから!」
後方にいる隊長、陸田に作戦を伝達し狙撃の準備に入る為九十九(今の中身は錦織だが)は飛び去った。居なくなったことを確認した三室は、回りに誰もいないにも関わらず小さな声で呟く。
「本当……ずるい人」
前衛の仲間にも作戦を伝える為、三室もすぐにヒュージの下へ駆けて行った。
※
「……ここにしましょう」
放棄区画北部、ヒュージからすると北西方向に位置するこの区画は、かつて住宅街であったところだ。一見遮蔽物が多く狙撃には不向きと思われるが、ヒュージの位置はここより標高が高く、現在九十九達がいる廃校の屋上であれば障害物も少ない。
陸田に作戦を伝えた後、二人はヒュージを狙える安全な場所を探していた。陸田は九十九が単身でヒュージの懐に潜り込むなどという無謀な策に出なかったことに安堵すらしていた。
「ピナカ、展開します!」
背負っていたチャーム『ピナカ』を持ち上げ、展開させる。盾の部分は砲台となり、砲身が露となる。
「フェイズトランセンデンスによるマギの供給は必要ですか?」
「……万が一外すようなことがあれば」
「随分と後ろ向きな発言ね」
陸田は九十九の発言に驚く。指揮官として咎めているわけではなく、「貴女も他人に自分の弱いところを見せるのね」程度の意味合いなのだが、九十九にはその言葉が刺さった。
九十九は多彩なレアスキルを操るが、寄り添う6人のレアスキルはどれも近接戦闘向きである。ピナカは中距離、ないしは長距離向きのチャームなのだが、それに合ったレアスキルを持っていないのだ。そこで一番適当だと思われる『ファンタズム』を使用しているのだが、レアスキルの持ち主の三宮は先程から不安を隠せない様子で、気を張っている九十九に伝染こそしないものの気が気でない。
ピナカの使用は何も一度や二度ではないのだが、タイミングや位置を間違えれば味方を大勢巻き込む今回はプレッシャーがかかっているのだろう。
(大丈夫だよ優衣。実際に狙撃するのは僕だ。気負う必要なんてない。優衣は直前まで視ていてくれればいいから)
「は、はい……」
陸田はレアスキル『鷹の目』で戦場を見渡す。どうやら足場を崩し、上部から押し込むことによってバランスを崩そうという算段で動いているようだ。
「そろそろです!」
(うん、僕にも視えた)
九十九は円環の御手を使用するために
「『ピナカ』、発射準備!」
鷹の目で見ていた陸田は九十九に指示を出す。三室たちはヒュージを傾ける準備ができたようだ。
「装填(そうてーん)!」
装填する弾は、『マギクリスタルコア』だ。先日九十九が
ノインヴェルト戦術にすら匹敵するピナカの一撃。前者に用いるのがヒュージの核であるとすれば、マギクリスタルコアはリリィの核と言っても良いのかもしれない。
「リングカートリッジセット、マギの供給を開始します!」
しかし『ピナカ』の特筆すべき点はもう二つある。その一つは、現在では禁忌指定されているB型兵装の技術を応用している事だ。チャームをオーバーヒートさせ、防御に回すマギを全て攻撃に転じ穿つ強力な技術。簡単に言えば諸刃の剣なのだが、それを弾であるコアに集約させることで注ぐマギの量を抑えているのだ。それでもチャームにマギは漏れ出すので、連射の場合射出後はゼッドによる冷却、所謂インパクタースタイルが求められる。
「マギ規定値に到達、トリシューラとの接続安定!」
二つ目は第三世代チャームの特徴、クラウドマギコントローリングシステムを搭載していることだ。このチャームには単体で用いる場合のコアの他に、『トリシューラ』のサブコアが埋め込まれている。本来『円環の御手』無しでも二刀流を実現させることができる事がその利点なのだが(勿論威力はその分減衰する)、九十九の場合は
「間もなくです」
遠くでヒュージの巨体が後ろに傾くのが見えた。上部にいるリリィは左右に飛び退いて退避したのが確認できる。
「……今ッ!」
陸田が合図を出した。
『あと、一撃が……届けば!』
──倒せるかもしれないのに。
仲間を喪い最後の一人になっても足掻き続け、弱点がわかったあと一歩のところで命をついばまれた少女。
でも、諦めなくて良かった。諦めなかったから──。
「倒せるよ。今度こそ」
九十九は彼女に寄り添い、共に引き金に力を入れた。
音が、衝撃が、熱が伝わる。
放たれたクリスタルコアからはマギが漏れだし、軌跡を描きながらヒュージを目掛けて飛んでいく。
自身へと向けられる脅威を察知し、姿勢制御から迎撃を優先するが、遅い、そして脆い。弱点である腹へ弾は吸い込まれていった。
「着弾した!」
命中。それと同時にマギはヒュージの内側で四散し、外殻諸共吹き飛ばした。
宙へと融けていくヒュージを見て、リリィたちは各々喜びの声を上げる。
「……みんな、やったよ」
それは誰から誰に向けての言葉か。マギの消耗と疲弊に身体は悲鳴を上げているが、九十九は安堵の言葉を洩らした。