ヨタ話   作:うすうす

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おっかなびっくりコミュニケーション


人外美少女と2人暮らしってそれなんて

『貴方は主人に当たる者を、"御主人様" 或いは "御嬢様"と呼称してもいいし、そう呼ばなくてもいい』

 

そういった文を読み流しつつ、(ページ)(めく)る。赤黒い文字が白の紙面に走っている。無地の黒い装丁に包まれたこの本は、椅子に座り一息ついた所に突然、少女から渡されたものだ。

タイトルも目次も記載が無いこれを取り敢えず読み進めているが、中身はなんというかちょっと変わった『召使入門』である。

 

これを真っ先に渡してきたということは、自分にはこういった役割が求められているのだろうか。見ず知らずの———或いは知り合ったばかりの———不死っぽい化け物を従者にするなぞ、一体何を考えているのか。……いや、便利か。死なないので補充と再教育を考えなくて済む所とか…。

 

——

 

少女に手招きされるまま、歩き着いたのは洞穴であった。中に入ると案外広く、不自然かつ無駄に豪奢な家具ばかり置かれていた。赤いものが殆どだが、様々な赤が揃っていて一辺倒な印象が案外薄い。や、でもまあ赤ばっかりだ。

 

手荷物の少年を奥の扉の向こうに放り込むと、少女はユーケミニ・ヨタと名乗った。今は彼女は、ドレスを真っ黒なものから真っ白なものに着替え、歴史と気品を感じさせる金縁で真っ赤なソファの中央に腰掛けている。

此方(こちら)の衣服もまた、自身の血で酷く固まった布から、黒の背広に替わっている。赤褐色の丸椅子に座って無地の黒本を開いているわけだが、今はもうそこからは注意が逸れていた。

気になるのは、さっきからずっと斜め上方の中空を見つめて呆けているユーケミニ女史である。

 

真顔でぴくりとも動かずに居る様を見てもその胸中を覗けるわけではなしに、忙しいのか暇なのか判断できない。ので、読書のついでに会話は後回しにしていたのだが、それにも一区切りつき顔を上げると、目に映るのは少し前に見たのと寸分違わぬ景色であった。……少し不気味なので生存確認も兼ねた会話を切り出す。

 

「えぇと、ユーケミニ、……さん」

言ってから思った。"お嬢様" とか言った方が良かったかな。……いや、そんな必要があるのかもよく分からないが。

 

するとユーケミニは此方に、ひどく緩慢に、ゆっくりと目線を寄越した。相変わらず無感情の(よう)で居るので鬱陶しがられてるかと心配にもなったが、良くも悪くも何も読み取れないのでこういった心配は内心に留めたまま無視することにした。

()こうと思っていた疑問を口にする。

 

「村を襲ってた理由が、知りたい……です」

自分の立ち位置が分からなくて言葉選びがわからん……。

 

正確には人を襲っていた理由が知りたい。僕は人間なので。ここ迄に見た現象を鑑みるに今の僕は人外らしいのだけれど、元は人間なので。

 

暫し固まったままのユーケミニに、答える気どころか聞く耳も今は無いようだと判断しかけたが、俯く動きに追従し眼前へと戻った視線と共に、彼女の言葉が発されたので考えを改めた。

 

「アレは」

少しの間の後、こちらに顔を向けつつ、言葉が続く。「趣味」

 

………趣味?

 

予想外の返答に、脳が咀嚼のための時間を必要とした。が、まあ、なるほど。趣味、ね……。

 

途端、僕の認識は体感温度指数10(防寒着必須)を記録した。これは所謂(いわゆる)『ぞっとした』というやつだ。

この回答は僕にとって、人間が主食だからとか、縄張りを荒らされたからとかよりも怖いのだ。人を殺めるという行いの理由(こんきょ)が、本能や合理から来るものではなく、求められていたりやむを得ないといったものでもない。それはつまり、彼女の気分一つで僕がまた被(しょく)者側になり()るということと同義に捉えられてしまう。

 

そんな僕の慄き度合いを知ってか知らずか、ユーケミニは少し肩身を縮こめて、微妙に上目遣いになって言葉を続けた。なにその可愛さ(モーション)

 

「人間を斬り刻むことに、ちょっとした愉しさを見出している」

だから "ただの趣味" だ、と。

 

いやまて、如何にもワタシスコシハンセイシテマス的な様相を呈して何を言っているんだこの()は。もしや人間に似ているのはガワだけか?そのちょっと寡黙ながら(ズレていつつ)も人間のそれのようなコミュニケーション能力は、か弱い人間に擬態して(むれ)に入り込むための能力の一端とかか……?

いや……。飽くまで彼女が表現したい感情は見た(ママ)のもので、しかし認識の齟齬…、見解の相違…、……価値観の違いがこの台詞を産み出したみたいな、()()()()()()のある可能性がある。

 

「……まあ人の趣味にとやかく言う事はしたくないんだけど、直接的に言えばつまり僕は自分が切り刻まれる事になるんじゃないかっていうのが心配で、……というのも僕はまだ人間を他種生物としては見れて———」

 

若干あせりつつ紡ぐ言葉が、何か弁解のような予防線張りまくりの形で口から溢れる。なんだろう、もしかして不信感以上に、焦りを抱いてるのかな。目の前で美少女(おんなのこ)が若干の萎縮を孕んだ上目遣い行使中なので。さっき擬態なんじゃと疑ったばかりだというのに。

と、挙動不審(キョド)っている内に産まれた脳内の空白地帯に、浮かびあがる発想がひとつ。これに藁にもすがる思いで飛びついた。

 

「———ただの趣味って、必須では無いから、……我慢できる?みたいな?……っていう、弁明?もしかして」

表現へたくそか。

 

するとユーケミニが若干、目を丸くしたように見えた。……彼女も意図している所が伝わらなさそうな気がしていたのだろうか。

 

「そう。ただの趣味だから、私の性質とか生態では、ない」

「———つまり、生存には必要で……」

「ない」

「抗えない衝動とか発作とかがあるわけでも」

「ない」

 

おぉ、おぉ。こくりこくりと仕切りに頷きながら同意を示すユーケミニに、抱いていた不信感や恐怖が解消されていく。……そして焦りは好感に変わっていく。何故って、頷く様子が見た目年齢相応に幼く見えて、愛らしいのだ。うーん可愛いは正義。

 

「じゃあ、切っても死なない僕を斬り刻んで遊ぶ、なんてつもりも———」

「…………」

 

…………。え、あっはい。

 

「最初はちょっと」

はい。

 

「……そのつもりだった」

………

 

「嫌なら、我慢する。でも、」

「できれば、ちょっとだけ付き合ってほしい……」

……チョットダケ?

 

「ちょっとだけ……」

…………

 

「…………」

……チョットダケナラ、……イイヨ

 

「……ありがと」

 

 

——

 

 

朱殷(しゅあん)の液体にペン先を浸し、これを紙面に走らせる。木目の走る赤褐色のテーブル上に構築されたワークスペースに、同じく赤褐色の木製の椅子に腰掛けて向かっていた。

「部屋は自由に使ってよい」と言われたので、勝手にインクとペンと紙を消耗している。ここは触らないでと示された一角を除けば、小物類まで含めて自由にしていいとのことだった。

 

書いているのはちょっとした備忘録だ。僕は自身の記憶力に対してできれば信頼を寄せたくないと思っているので、得た知識をこうして個人的にまとめるのが趣味であった。……とはいえ羊皮紙に書き連ねた所で、これをわざわざ持ち運ぶような気は起きないのだが。それでも書き纏める行為だけでも意味はある。はず。

 

さてそれより、このような行動を自然と選択していたことで気が付いた事がある。先程僕は自身の趣味を語ったが。覚えているのだ。こういった趣味を持つことも、この趣味の本来の形では、用いる道具は羊皮紙ではなかったということも。

正確には "知っている"と言うべきか。紙ではなく、電子的な手段を用いていたこれが趣味であったことは確実だと脳が言っている。しかし、実際にあの時何を綴っただとか、そういった実体験的記憶が1つも無い。

 

……電子的な手段、という語彙にもまた引っかかる。この語から連想するものはどれも、見た覚えのないものばかりだ。そもそも僕の持つ記憶は短い。数刻程前には今同室しているユーケミニに殺されて、生き返っている。覚えているのは前世までで、前々世のことに関しては思い出すことができない。

しかしまあ、一切覚えていないというわけでもない。前世の最初の記憶は惨劇と混乱であったが、この混乱に関して思い起こすとその源は "記憶の非連続性"。そしてこの時思い出していた多分前々世のものであろう記憶に関しては、振り返ることができる。

 

ペンを走らせそういったことを記していく。用いている言語はこれも、見たことはないが知っているものだ。ユーケミニに渡された黒い本に載っていた言語とは異なる。あの言語に関して知る限りでは "電子的" なんて語彙は無いし、なので此方の方が都合が良かった。

……いや、何かおかしい。今書いている言語はまあ、前々世に知ったものとして。黒本に載った言語を読めていたのは一体———。

 

 

突然、大きな物音が響いて思考が中断する。

大きな音、といっても元々この部屋は静かであったから、相対的に大きいというだけである。だけではあるが、あー、めっちゃびっくりした集中してたから……。何……?

 

もう一度鳴った。発源はどうやら、部屋の奥側にある扉。内側から叩かれているらしい。

一体何が——、あぁ、ユーケミニが持っていた手荷物(しょうねん)かぁ。

思い当たってユーケミニに目を向ければ、彼女は読んでいたらしい本を閉じ、扉の方へと席を立っていた。何をするのか気になる。ので、これに追従することにした。

 

ユーケミニがドアノブを回すと、ガチャリと音が鳴る。ロックでも解いたのだろうか。

開け放たれた扉、それとユーケミニの肩越しに覗くのは、恐怖に顔を引き攣らせた少年であった。

うーむ、"碌な目に合わないだろう" とか勝手に想像してたシーンを、これから目にする羽目になるのか。等と内心独り言つ内に、……目が合った。

 

「ト、トム(にぃ)……?」

 

少年が声を挙げる。僕に向けてだ。思いもよらなかった展開に面食らうが、これについて何か考えを纏める間もなく、一つの名前を、ふと脳が囁いた。

 

「……君、エリックか?」

 

トム兄。トーマスのことをよくそう呼ぶのは、エリック少年だ。

脳がそう囁く(知識がある)。そして理解した。

 

「トム兄、トム兄……!助、に、逃げよう!皆んな、殺さ———」

 

この少年の名前。そして何故か読めた黒本の言語。それらは、身体(トーマス)が持っていた知識だ。

成る程、記憶の非連続性(前世の混乱)の源は "憑依"……。

 

「あ……」ユーケミニが(こぼ)す。「大丈夫だった…?」

 

気を失った少年(エリック)を指しての台詞だった。彼女がそうしたのだろう。

 

「いや、問題無いよ」

 

身体は知り合いでも、中身はもう別物だ。僕からして、少年は既に他人であった。

それよりもユーケミニの目的の方が気になった。彼女は扉を開けてから、僕と少年が話す暫くの間は固まっていた。何か考え込んでいたらしいのだ。

 

「ユーケミニは、何を考えていたの?」

 

「ん。空腹なわけでも無いから、どうしようかなって……」

 

……やっぱり食料なんですね、人間。

 

「でも、まぁ」

 

折角だし飲んでおこう。そう言って、ユーケミニは少年に手を掛けた。

壁に寄りかかって気を失っている少年の片肩を掴み、顎を持ち上げて首筋に迫る。それを見て(ようや)く、ユーケミニが何なのか理解した。

 

あ、はーん。この()、吸血鬼だったのね。通りであの黒本にはちょくちょく、唐突に吸血鬼に関するTipsが挟まれてるのか。

成る程確かに、青白い肌に赤い瞳、そして整った容姿というのは正にイメージ通り。良かった。もっとグロい絵面になるかと身構えてた。

 

見ればどうやら、牙で噛み付くわけでも無いらしい。少年の首元につけられた小さな傷から、血液がひとりでに浮かび上がり、ユーケミニの口元へと運ばれている。どういった原理なのだろうか。

しかしこの吸血の様というのは、どこか魅惑的というか、扇情的な風がある。眼福というか、なんというか———。

 

 

などと考えつつ観察していると、ふと、視界に入る違和感があった。

 

黒い液体。少年の口元から つぅ と溢れている。漆黒とも言えるほどの色合いは、血、にしては黒過ぎる。ユーケミニの吸血の様子も気になりつつ、しかしこの奇妙な黒色が不気味に思えて、目が離せない。

そして、異常は直ぐだった。目前で。黒液中にいつの間にか白く浮かんだ模様が、(たちま)ち液中から浮かび上がり、()()()()()()()()()()転がり落ちていた。

 

———?

 

逡巡し、まず目を疑った。それは今現れた立体が、口元から流れる黒液中を、出現地点まで通過できる大きさであったとは到底思えなかったからだ。

落ちた立体を徐に拾い上げれば、それは恐らく歯であった。人間のもののように見える。

………。

 

「ユーケミニ」

 

彼女の注意をこれに向けようと声をかけて、……途中でちょっと自信を無くしたのが言い回しに反映された。

 

「……ここの人間は、身体から真っ黒な液体が出るのが普通だったりする?」

 

少しの間の後、ユーケミニは少年から顔を離した。口を開けたまま流し目気味に此方を見る様子から、彼女も疑問に思う程度の事象らしいと認識して良いのだろうか。口元から、紅い一筋が垂れている。少年の血は赤いようだ。

ゆっくりとした動きで、口元の血を拭い、再度少年を眺め、そして黒液を目にしてから彼女は答えた。

 

「そんなことは、ない」

 

言って、手を伸ばす。躊躇無く指で触れた。それが結構な不用心さに思えて、内心焦りつつ得体の知れなさを共有する。

 

「その黒いのから、何か沸いて出てきたんだ。人間の歯みたいな……」

 

上へと持ち上げられたユーケミニの指が、黒液の糸を引く。かなり長く伸びる。粘性が高い?いや、重力に引かれて淀みなく流れているようにも見える。

 

そのままユーケミニの指先を目で追っていると、指先は徐に少年の頭髪を鷲掴み、上に引いた。

ユーケミニが下から覗き込むようにしているのを見て、少年の首が断ち切られていることに気付く。いつの間に。

 

「それ、みせて」

 

言われて、"歯" を渡す。ユーケミニはそれを手の中で転がして暫く観察すると、徐に立ち上がって部屋を後にした。

彼女に続いて退室する。振り返って眺めた少年の顔には、死体らしく、別に何も浮かんではいなかった。

 

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